呪いの人影

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呪いの人影

 あれからずっと奇妙な人影に付き纏われています。正直なところ、ここでその話を書いていいものなのか、少し心配ではあります。けれど、怖くてたまらないので誰かに話を知ってもらいたかったんです。できれば最後まで読んでいただけたら幸いです。


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 それは私が都市伝説だとかホラーだとかに夢中になっていた頃のことです。気まぐれに自分でも何か怖い話を作ってみたいと思い、思いついた話をweb小説サイトに投稿したんです。今思えば、それが全ての始まりだったのかもしれません。


 せっかくだったら読んだ後にも恐怖が残るような話がいいと思って、内容はある呪われたweb小説の話にしました。その呪われた小説を読んだ人は、怪しい黒い人影が見えるようになり、次第に近づいてくる人影が本人の前にはっきりと姿を現した時、その人は影によって殺されてしまうのです。ただ、恐怖を引き立たせる為に、本人が影と対峙した時、その影は本人と全く同じ姿をしているという設定も加えました。つまり、ドッペルゲンガーに殺される、みたいな話です。


 私がweb小説サイトにその話を投稿して、少ししてからそれは始まりました。時々、遠くに人影が見えるようになったのです。初めの頃は、暗くてぼんやりとした影だったので、私が疲れているだけかと思っていました。しかし、見るたびに少しづつ影は近づき、さらには距離が近づくにつれて段々とはっきりとした人の形になっていったのです。

 私はきっと何かの間違いだろうと思っていました。だって呪いの小説は、自分が勝手に作ったフィクションです。それと同じような事が現実で起きるはずがありません。だから、私はきっと何かの偶然が重なっただけで、気のせいだろうと思い込もうとしました。しかし、時々見える黒い人影は段々と近くなっていきます。人影は私が目を向けると、すぐに逃げるように消えてしまいますが、漠然した不安は日に日に増していき、そしてついにその日が訪れてしまったのです。



 それは私が、アパートの部屋に入ろうとした時でした。鍵を開けて部屋に入ろうとすると、なぜか扉が途中までしか開きません。おかしいな、と思いながらいったん扉を閉めてもう一度開けると、問題無く中に入る事が出来ました。その時の私は、古いアパートだから扉の調子が悪かったのだと思いました。その証拠に、ドアチェーンは壊れたままぶら下がっています。しかし、この時の私は少し気が緩んでいたんだと思います。後から思うと、ドアが開かなかった段階で、奇妙に思って引き返していた方が良かったのかも知れません。

 部屋に入った私は、誰もいないはずの部屋の明かりがついている事に違和感を覚えました。しかし、それも束の間、私は遭遇してしまったのです。目の前に現れたは、私と全く同じ姿形をしていました。私は恐怖で震えて身動きが取れませんでした。私は小説の内容を知っていますから、このままだと殺されると思いました。しかし、逃げようにも背を向けて扉を開ける余裕はありませんでした。なぜなら、目の前にいる自分と同じ姿の男は包丁を手にして、呼吸を荒くしていたのです。瞳には狂気の色が見え、正常な状態には見えませんでした。


「うわぁーーーー!!!!」


 叫び声を上げながら襲いかかってくる男の腕を掴んで、私は必死に抵抗しました。私達は同じ姿をしていますから、力は拮抗しています。しかし、運が良かったのか、何か別の力が働いたのかは分かりませんが、何度か相手に蹴られたりはしたものの、私は相手から包丁を奪う事に成功したのです。

 すっかり興奮状態だった私は、倒れているの上に馬乗りになり、その胸に向かって包丁を振り下ろしました。


「うっ」


 苦しそう呻き声を上げた男は、かっと目を見開いて手を伸ばしてこようとします。私は恐怖し、男から包丁を抜くと、もう一度振り下ろしました。それから、私は何度も何度も男が動かなくなるまで包丁を刺しました。男からは赤黒い血が流れ、すっかり動かなくなりましたが、私の恐怖は消えません。私は自分の小説に、ドッペルゲンガーの倒し方なんて書いていませんでした。もし、目の前にぐったりと倒れている、得体の知れないなにかが本当に化け物なら、いつ復活してきてもおかしくありません。だから、私は部屋を飛び出し、闇夜の中を走って逃げました。



 これで終わればまだ良かったのですが、残念ながら私にかかった奇妙な呪いの話はまだ続きます。そして、ここから先は周囲の人物も巻き込んで、どんどんとおかしくなっていくのです。




 ドッペルゲンガーとの戦いを制しても、なお恐怖に苛まれていた私は明るいコンビニの前まで来て、ようやく足を止めました。乱れている呼吸を整えつつ、はっとして自分の体を見渡すと、不思議なことに血に赤く染まったはずのTシャツは元の白色に戻っています。


「よぉ、雄一ゆういち


 声をかけられた私が、驚いてビクッと体を震わせてから顔を上げると、そこには友人の健斗けんとの姿がありました。


「そんなに驚くことか?」


 健斗は私の反応を面白がるように、笑顔で近づいてきました。手に小さな白い袋を持っていたので、おそらくコンビニで夜食でも買っていたのでしょう。


「どうした? 酷い顔をしているけど、大丈夫か?」


 健斗は私の様子を不自然に感じたのか、心配そうに顔を覗き込んできました。私は友人の顔を見て少し安心したのでしょう。私の表情が少し和らいだのを見た健斗は、私の様子に少し不思議そうにしながらも、袋からアイスを取り出して食べ始めました。落ち着いてきた私が、何から説明したらいいのか考えていると、思い出したように健斗が話し出しました。


「そうそう、この前雄一が勧めてくれたホラー小説だけどさ、まだ途中までしか読んでないけど、結構面白いな」


 その言葉を聞いた瞬間、私は背筋が凍るような寒気を感じました。健斗が何の話をしているのか分からなかったのです。私にはホラー小説を健斗に勧めた覚えなどありませんでした。


「ほら、ドッペルゲンガーが出てくる呪いの小説の話だよ」


 きっと私の表情はすっかり強張っていたことでしょう。小心者の私がリアルの友人に自分が書いた小説の話をするはずがありません。それなのに何故、目の前のこの人物は小説の事を知っているのでしょうか。私は何か得体の知れない力によって、呪いの小説の影響が広がっているような気がして、恐怖に震えました。


 その次の瞬間でした。私は見たのです。健斗の背後に立つ黒い人影を。


 私はその場から逃げ出しました。走って逃げる私を最初は健斗も追いかけようとしたようでしたが、私は彼を振り切って走り続けて、気がつくと近所の公園まで辿り着いていました。


 ここまで来れば大丈夫だろうと足を止めた私がおそるおそる振り返ると、そこにはさっきの黒い人影が立っていました。


 私は恐怖で失神しかけましたが、なんとか意識を保ち、再び走り出しました。しかしどれだけ逃げても、黒い人影は私にピッタリと付いてきます。体力の限界を迎えた私は、諦めて立ち止まり黒い影と対峙しました。

 私は黒い影を睨みつけ、もう一度戦う心構えを持って向かい合いました。しかし、どれだけ待っても、その影は私に襲いかかる事は無く、じっと私から数メートル離れたところで立ったままです。私が歩くと、一定の距離を保ったまま付いてきます。私は奇妙に思いながらも、諦めて公園のベンチに腰掛けました。どうやら、この影に私を襲う気は無いようです。しかし、影を警戒し続けた私は、結局一睡もできないまま、その夜を公園で過ごしました。


 


 夜が明けて、周囲の景色が色づき始めた頃、ぼんやりとしていた私は我に返りました。鳥たちの早朝の挨拶は、昨日からの呪いと徹夜ですっかり消耗した私にとって少しうるさく感じました。振り返ると、黒い影は相変わらずそこに立っています。周囲が明るいから、形がより鮮明に見えましたが、どう見ても人の形をしていました。

 黒い影は結局、何も危害を加える様子がないので、私はとりあえず黒い影のことは置いておいて、これからどうするかを考える事にしました。自宅にはとても帰る気分にはなれないので、私は健斗の家に向かう事にしました。呪いの小説の存在を知っていた彼なら、現状について何か手がかりが得られると思ったのです。もちろん、彼が呪いの毒牙に既にかかっている可能性もありますが、このまま立ち止まっていても何も解決しません。だから、意を決して私は歩き出したのです。



 健斗の家までもう少しだという時、健斗がちょうど家から出てきました。ところが私が手を振りながら近づこうとすると、こちらを見た健斗は顔色を変えて一目散に逃げ出したのです。何故逃げたのか、私には理解できませんでした。しかし、何か知っているからこそ逃げるのだろうと、私は彼を追いかけました。待ち伏せしてみたりもしましたが、彼は私をみた途端に逃げ出すのです。それでも次第に距離は近づき、ある学校のグラウンドで五メートルくらいの距離で、私と彼の追いかけっこは終了しました。

 逃げるのを諦めた彼の手には、金属のバットが握られていました。

 彼の瞳には殺意が宿っていて、私はすぐに察しました。健斗はすっかりおかしくなってしまっています。普段の彼からは考えられないような変貌ぶりと、彼の狂気に満ちた瞳を見て、私は確信しました。この目の前にいる健斗も、健斗の姿を真似ただけの化け物なのだと。

 バットを持って襲い掛かってくる健斗に対して、前に雄一の姿をしたと戦っていた私は冷静でした。相手は、闇雲にバットを振り回すだけです。私は、彼の振り下ろしたバットが空を切って地面にぶつかった所で、バットを奪い取りました。そしての頭に向かって、思いっきりバットを振りました。手に衝撃が伝わり、彼は力なく地面に倒れました。


「お前が雄一を殺したのか?」


 地面に倒れた彼は、最後にそう呟きました。しかし、私には彼が何を言っているのか理解できませんでした。だって私は今こうして生きていますから。私は最後にもう一度彼の頭にバットを叩きつけて、完全に息の根を止めてからその場を立ち去りました。


 きっと昨日の会話の後、健斗は呪いの小説を最後まで読んでしまったのでしょう。そして、ドッペルゲンガーに成り代わられてしまった。今頃、本当の健斗は既に死んでしまっているだろうと、私は悲しみに暮れながら歩きました。身につけている青色のシャツを染めていた赤い返り血は、前回と同じようにすぐに消滅しました。ふと振り返ると、背後の黒い人影は二つに増えていて、私は気味の悪さを感じながら道を急いだのです。




 健斗のドッペルゲンガーを倒した私は、アパートの部屋に帰ろうとしていました。理由は、部屋のパソコンで一刻も早く投稿した小説を消そうと思ったからです。これまでの小説を読んだ人間が次々とドッペルゲンガーに襲われるというさまは、私が書いた小説にそっくりで、フィクションだったはずのあの小説が何かの拍子に本当に呪いの小説になってしまったのだとしか考えられませんでした。私が運良く生き残る事ができたのは、作者としての特権的な物なのだろうと思います。これ以上被害が広がる前に、小説を多数の人の目に触れるインターネット上から消さなくてはいけません。それが、作者としての義務だと私は思いました。

 しかし、最初に私のドッペルゲンガーと会ったあのアパートに戻ろうとすると、警察が道路を塞いでいました。そういえば、今朝からパトカーのサイレンの音が多かったように思います。警察の人は強情で、決して私を中に入れてくれようとはしませんでした。


 困って途方に暮れていた私でしたが、突然頭の中に閃くようにある人物の顔が浮かびました。健斗の恋人である美鈴みすずです。もし、健斗が彼女に小説の話をしていたら、彼女の身も危険です。彼女が呪いの小説を読む前に、止めなくてはいけません。それに、健斗の身に降りかかった悲劇についても伝えなくてはいけません。

 そう思った私は、美鈴の家まで急ぎました。美鈴の家の近くまで辿り着いた私は、遠目から家を出て周囲を警戒する様に見渡している美鈴の姿を見つけました。美鈴は私と目が合うと、急いで家の中に入ってしまいました。私は彼女の行動を不可解に思いながらも、美鈴の家の前まで走って行き、呼び鈴を鳴らしました。しかし、一向に美鈴は出てきません。心配になった私は、ドアを開けようとしましたが、鍵がかかっていて開きません。しかし私がもう一度、扉を開けようとすると、バキッという大きな音と共に扉が開いたのです。私は美鈴が心配だったので、急いで部屋に入りました。

 その瞬間、私の上から大きなレンガが降ってきました。私が気がついた時には既に遅く、私は重いレンガを頭に受けて、衝撃と痛みでクラクラとしばらく目を回しました。さらに、痛む頭を押さえながら、私がなんとか目を開けると、前方からは包丁が飛んできていて、無情にも私の腹部にグサリと刺さりました。私は容赦の無い攻撃に酷く苦痛を覚えながらも、前方に立っている女に目を向けました。

 美鈴は手にはもう一本の包丁を持ち、とてつもない憎悪のこもった目を私に向けてきました。美鈴もすっかり化け物に取って代わられてしまったと思い、私は間に合わなかった事をとても残念に思いました。腹部に刺さった包丁を強引に引き抜いて、私が一歩を踏み出すと、彼女の瞳に恐怖の色が浮かびました。

 私が一歩を踏み出すたびに、彼女の姿と私の姿は近づいて行きます。そして、私が手を伸ばせば届くほどに彼女に迫った時、彼女と私の姿形はすっかり同一の物になっていたのです。同じ姿ですから力は拮抗しますが、今回も私は難なく彼女を殺す事に成功しました。血を流して力無く倒れた彼女をその場に放置して、私は奥の部屋に向かって行きました。

 途中、壁にかけられた鏡に姿が映った頃には、私が浴びた返り血はすっかり消えていて、美鈴の綺麗な顔がこちらをじっと見つめ返してきました。


 部屋の奥に置いてあったパソコンの画面には、呪いの小説の最後のページが開いたままになっていて、私は可哀想に思いながら女の死体に目をやりました。

 その後、そのパソコンから自分のアカウントにログインして、私はやっと呪いの小説を削除しました。しかし、私はその小説につけられたPV数を見て、落胆しました。


 [PV4]


 残念ながら、もう一人だけ犠牲者がいるようです。私は背後に立つ三つの黒い人影を見ながら小さな溜息をつき、最後の一人の元へと向かいました。


 ●


 以上がこれまで私に降りかかった呪いの全てです。私が小説を削除してから新たなドッペルゲンガーは現れていないものの、四人分の黒い人影は今この瞬間も、依然として私の背後に立ったままです。この黒い人影の正体や、どうして小説が本当に呪いを持ってしまったのかは、私には分からないままです。できれば真相を明らかにして、心を軽くしたいものですが、今はこの場所に吐き出す事ができただけで私は満足です。




(追記)

 今更ですが、もしドッペルゲンガーが私を写した存在だったならば、最初に出会った時に恐怖や敵対心を抱かなければ殺し合わずに済んだのかも知れないと、今でもたまに思う事があります。

 けれど、もうきっと彼らに会うことは二度とないでしょう。この呪いの小説は私が削除したのですから、もう誰かに読まれることはないでしょうし。






(さらに追記)

 どうしたらいいでしょうか。小説は消したはずなのになぜか再投稿されていて、PV数も増えています。それと同時に、始末したドッペルゲンガーの数だけ私の背後の人影も増えて行くんです。

 今こうしている間にも、またPV数が増えました。またドッペルゲンガーを殺しに行かないと。 

 

 最後の最後でこんな慌ただしい終わり方になって申し訳ないです。ここまで読んでくれたがどうか無事で、幸多からん人生を生きられることを祈っております。それでは、さようなら。

 

 

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