締めのエピローグ(打ち切りエンド)

 週が明けて月曜日。制服のブレザーはダメになってしまったが、どうせ夏服への移行をしなければならないからちょうどいい。

 学校指定の半袖のワイシャツに袖を通して、手袋を付けて家を出た。


 土日は梅雨の名に恥じない程雨が降った。その名残で地面には水溜まりが出来ているし、まだ空もどんよりと曇っている。

 数日前までブレザーを着ていたからか、今日のジメジメとした蒸し暑い様な気候も、夏服になっただけでいつもよりは涼しく思えた。

 夏服に慣れて、さらに気温が上がればウンザリするほど暑く感じることだろう。その度にタクシーの運転手の様な白手袋をつけてるのが嫌になる。毎年夏が来る度に思う恒例行事みたいなもんだな。


 マンションを出ると、凛が立っていた。


「せーんぱい。おはよー! 朝からインターホンならないから来ないと思ったっしょ?」


「いやすまん。来る来ないどころか、そもそも朝からお前の事考えたりしない」


「考えろし! もう少し私に興味持っても良くない? この間はあんなにも情熱的に抱き締めてきた癖に」


「はぁ……。お前がブッサイクに泣くからだろ……。つかでなんで曇りで帽子被ってんだよ」


 凛は野球帽の様な物をめぶかに被っていた。制服で、しかも曇り空だというのにファッションモンスター凛がそんなアンバランスな事をするとは意外だな。


「ブサイクとか言うなし! まぁ帽子は察して? あんだけわんわん泣いたから目が未だにお見せできない感じなの。まぁそんなのは良いから早く学校行きましょうよ」


 凛はそう言って俺の袖を引いて歩き出した。

 

 この土日の間に、凛は舞奈に事情を説明したそうだ。何があったのか、何故相談しなかったのか、最初から最後まで全てを伝えたらしい。


 その結果舞奈は泣きながら激怒したそうだ。泣きながら激怒する舞奈と、泣きながら謝る凛、その結果が目の腫れが土日挟んでも引かなかった原因らしい。


「完全に幼稚園のガキじゃねーか」


「あはは、確かにそうかもー。ごべんで! い゛い゛よ! ってやってきたわ。あ、お昼ご飯コンビニで買っていい?」


 俺は好きにしろと答えてコンビニの外で待つ事にした。

 事件は解決した。それに対して凛はお礼を言いにきたし、仮ではあるが制服代の弁償という形で凛のご両親には伝わっている。後処理もこれで終わりだろう。

 ストーカー犯だった大村はもういないから、凛が付け回されることもない。だから俺が凛を送っていく必要ももうないのだ。


 俺は少しずつ以前の日常に戻り、凛と関わることも少なくなり、いずれは偶然会った時にさり気なく会釈する程度の関係へと落ち着くだろう。


「先輩おまたせー。ねえ見て、新商品のロシアンプチシュークリームだって! 面白そうだからお昼休みに稲葉も入れてやろうよ」


「何で一緒に食う前提なんだよ……」


 ため息をつく俺にはお構い無しに、凛はまた袖を掴んで歩き出した。凛はロシアンプチシュークリームの袋を見ながら歩いている。


「これ一個だけクリームが入ってない奴があるんだってさ。そこにお好みの何かを入れるらしい……。これ詐欺じゃね? 最初からなんか入れとけし。消費者庁仕事しろー!」


「お上に喧嘩売るとか怖いもの知らずか」


「怖いものからは先輩が護ってくれるからね!」


「いやもう護んねーよ」


「じゃあ先輩に護って貰えるように片時も離れませんね」


 凛はそう言って肩をぴとっとくっ付けて歩く。登校中の同じ学校の生徒からの視線が突き刺さる。


「だからくっつくな」


「気持ち悪くなったりする……?」


 言われてから考えると、胃のむかつきや不快感は感じられなかった。馴れ、なんだろうか。


「いや……。なってないな」


「じゃあ……これは?」


 凛はそういって袖から手を離し、触れる程度に弱々しく手を握ってきた。俺は驚きと反射で足を止めた。

 手袋越しとはいえ、誰かの手に触れることなんてほとんどないのだ。掌から伝わる熱がこそばゆいような違和感を与えるが、不安や恐怖、不快感などネガティブな気持ちが出ることはなかった。


「だい…………じょうぶ……みたいだな。なんでだ……?」


「わかりませんよそんなの。でも大丈夫なら良かったです。今度は私が先輩の悩みを解決しますよ。少しずつでいいので、人に触れることが怖くなくなるようにしていきませんか?」


 指を絡めるようにギュッと握り直した凛は少し不安そうな顔でそう言った。人に触れてあれだけ吐くのだから、アレルギーというよりは心因性の物だと察してはいるんだろう。


 蒸し暑いというのに、掌から伝わる他人の体温が何故か心地好く、心の奥が少しだけザワついた。

 根本的な原因は人に触れられないということではない。そもそも人では無い事が問題なのだ。凛にそれを打ち明けることは出来ないが、今はただ何も悩まずに人の温もりを感じていたかった。


「そうだな。どういう訳か凛に触れるのは平気らしい。さてはお前、人ならざる者か?」


「誰が妖怪だ誰が。これも愛のなせる技ですよ」


「ふん」


「だから鼻で笑うな鼻でー」


 軽口を叩きながらも手を離すことなく学校へ向かう。手を繋いだ所で、怪物は人にはなれないだろう。だけど今だけは、この瞬間だけは俺も一人の人間のように思えた。


 これから先、どうなって行くのかはわからないが少なくとも凛が手を離すまではそばにいたいと、そう思った。

 

END

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成り行きで女子を助けたら露骨にアピールされて困る~何故かハーレムっぽくなってるが多分気のせい~ 相馬 @soma-asahi

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