2章へ続く予定だったエピローグ(供養)
週が明けて月曜日。制服のブレザーはダメになってしまったが、どうせ夏服への移行をしなければならないからちょうどいい。
学校指定の半袖のワイシャツに袖を通して、手袋を付けて家を出た。
土日は梅雨の名に恥じない程雨が降った。その名残で地面には水溜まりが出来ているし、まだ空もどんよりと曇っている。
数日前までブレザーを着ていたからか、今日のジメジメとした蒸し暑い様な気候も、夏服になっただけでいつもよりは涼しく思えた。
夏服に慣れて、さらに気温が上がればウンザリするほど暑く感じることだろう。その度にタクシーの運転手の様な白手袋をつけてるのが嫌になる。毎年夏が来る度に思う恒例行事みたいなもんだな。
教室に入ると、クラスは静まり返りクラスメイトのほぼ全員がこちらを一斉に見た。
小学生の頃、糾弾された時の映像が頭をよぎって背中から嫌な汗が吹き出す。
「和泉お前もう来ても平気なのか!?」
ガタッと音を立てて席を立ち、稲葉が駆け寄ってくる。稲葉は俺の肩に手を伸ばしたが、掴むことはせずにそのまま手を下ろした。
「あ、ああ。大丈夫だが……。なんだ? この状況……」
「いやお前が事件に巻き込まれて大怪我したとか何とか噂になってたんだよ。先生も詳細は伏せるって教えてくれないし、レインも返事寄越さないどころか既読すらつかないしさぁ。マジで心配したぞ……。ってかその包帯……」
稲葉が左腕に巻かれた包帯を見て言葉を詰まらせた。本人も言っていた通り、その表情からは心配が透けて見えた。
「ああ、これがその怪我だ。別に大怪我じゃないが、現場を見てたヤツがいたのか? 見た目的には派手だったから大怪我に見えても仕方がないが」
「なんかそうらしい。部活帰りの生徒が血塗れのお前を見たってさ。その時女子が二人も現場にいたから痴情のもつれで刺されたんじゃないかって噂になってるぞ」
「アホくさ」
稲葉の横を通り抜けて自分の席に座る。未だにこっちを見てる連中もいるが無視だ。
事実無根の噂話をわざわざ否定するのも面倒くさい。それに否定してしまえば、じゃあ何の事件だったんだって話になるだろう。
そうなればどこかから凛がストーカーにあっていたって事が明るみに出てしまう可能性もある。面白半分で噂話をしたり、直接凛に聞きに行くバカみたいなヤツが出ないとも限らない。折角解決したんだ、掘り返す必要なんてない。
それなら俺の二股疑惑でもなんでも好きに話せばいいさ。
稲葉も自分の席に座り、こちらを見て小声で話しかける。
「取り敢えず無事でよかったけど、それならそれでレインくらい返せよなぁ」
「悪いな。こんなんなってるからどうしようもない。帰りに買い換えるか悩んでるところだ」
俺は画面が割れて何も映らなくなったスマホを見せる。警察が拾ってくれて返してくれた。あの時大村の顔目掛けて全力でぶん投げたスマホは当たり前だが壊れてしまった。画面は割れているし、隙間が出来て内部も見えている。ショップでデータの移行が出来ればいいんだが、それが出来ない場合ちょっと面倒だ。
「すっげーな。中まで見えちゃってるじゃん。普段見せないところまで自分から開いて見せるなんて、いやらしいスマホだな!」
「お前がな」
「残念だけど俺はスマホじゃないんだなぁこれが」
「……数日ぶりの稲葉は胃がもたれるわ」
「俺は揚げ物かな? 和泉揚げ物好きだろ?」
「……好き」
教室のどこかで「フヒッ」という思わず漏れたような笑い声が聞こえた。稲葉のやつ、舞奈の同類にわざと餌を与えやがったな……。
●
昼休みにもなると、クラスの連中も俺の事を気にしなくなった。さて飯を食おうとした所で、声を掛けられた。
「白石くーん。ちょっと話したい事あるから二人でお昼食べない?」
話しかけてきたのは俺同様に朝から注目の的だった西澤だ。声を掛けられるのは予想していたが、昼休みまるまる使うつもりとは思わなかった。
また騒がしくなった教室を後にして、西澤と特別教室棟の屋上へ向かった。
屋上は陽射しこそ無いものの、ムワッとした熱気が立ち込めていた。昼ごはんを食べるとなれば床に座ることになるが……地面も鳥の糞などが所々にあって綺麗な所じゃない。
仕方なく、屋上前の階段に少し離れて座った。
「話ってのは何があったかって事でいいのか?」
「そだね! 私達が離れた後に何がどうなったのかも知りたいし、それ以前に何であんな事になったのかも知りたいかなー」
「まぁ巻き込まれた訳だし、知りたくなるのも当然か」
西澤は凛が置かれていた状況についても知っているし、当事者とも言える。凛個人の事に深く触れなければ話してもいいだろう。
俺は知っている事もあるかも知れないが、と前置きをしてから事の経緯を説明した。
ストーカー被害、毎日送られてくる写真、付け回しにも規則性があった事、そして大村との接触。順番に説明するとそれなりの時間がかかってしまったが、西澤は口を挟むことなく一通り聞いていた。
「それでまぁナイフで襲われて、切られたって訳だな」
「そっかぁ……。でも大事に至らなくて良かったよ……」
「心配かけた事もそうだし、巻き込んで悪かったな」
「いいよ。焦ったけど私は怪我したわけじゃないし、守ってくれたしね!」
西澤はそんな冗談を言いながらウインクをした。美人はいちいち絵になるな。西澤は大きな胸を腕で支えるように腕を組み、うんうんと頷きながら続けた。
「でも、おかげで納得できたよ。前日に大村って犯人から接触があったから、白石くんは犯人だってわかったんだね」
「まぁな」
「能力を使って」
「…………何の話だ?」
思わず言葉に詰まる。いや、詰まってしまった。西澤が何をどう判断してそんな事を言ったのかはわからないが、冗談や当てずっぽうであればまだ誤魔化しは効くはずだ。
「フフッ。不意打ちだった? ギョッとした顔してたよ。白石くん」
「いやいや、そりゃビックリするだろ。ただでさえ暑い中手袋して、腕に包帯まで巻いてんのに、能力なんて言い出したら完全に厨二病じゃねーか」
「フフフッ。確かにね! 私は空間転移がいいかなぁ! 遅刻とかしないで済むし、旅行もし放題! 白石くんは何がいい?」
「俺はそうだなぁ……。気配を消すようなヤツかなぁ」
「あー白石くん好きそうだね。でもダーメ。白石くんは手で触れた相手の心を読めるんだから、二個目の能力はダメだよ」
「…………」
「おかしいと思ったんだー。あの日、凛ちゃんは『大村さんかな?』って疑問符つけて言っただけなのに、白石くんは即座に私達を逃がす決断したでしょ? 人影が立っているって気付いた時とか、近づいて来た時ならわかるけど、大村って名前を聞いて即座に逃げろって言い出した。私思ったんだよね、凛ちゃんは知らないのに白石くんは犯人知ってたんだなって。初めて接触した時に心読んだから白石くんは知ってて、その説明が出来なかったから凛ちゃんは知らなかった」
勘でも当てずっぽうでもカマ掛けでもない。完全に俺の力の事を知っている。そうでなければここまで正確に予想はできない。
西澤は心底楽しそうな笑みを浮かべながら俺を見ていた。
「そうでしょ? 白石和泉くん」
「……お前は誰だ」
「やだなぁ。西澤麗華だよ。クラスメイトの西澤麗華」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます