異世界ちゅートリある(後編)
ざわめきが広間に広がっている。複雑な色のステンドグラスから光が注ぎ、床には赤い絨緞が敷かれている。
「うわー、ほんとに王様っぽいじゃん。謁見の間ってやつ?」
ブッコローは足にロープを縛り付けられ、兵士に監視されている。ぐるぐる巻きからは解放されたものの、逃げられない状況は変わらない。
「そういやさっき、飛んで逃げればよかったな」
《ふだんぜんぜん飛ばないじゃないですか》
「その気になれば飛べるんだけど移動は東横線のほうが便利だからさァ」
虚空に向かってしゃべるブッコローを、立派なヒゲを生やした男が玉座から見下ろしていた。
「たしかに、『人の言葉をつぶやく怪物』という報告は本当だったようじゃな」
「はっ。今のところ、暴れてはいないようですが」
「うーむ、人を欺くための擬態かもしれん」
「黙って聞いてれば好き勝手言ってっ……!」
進み出ようとするブッコロー。だが足を縛り付けているロープが「ビーン!」と引っ張られてずっこけた。
「ならばおぬしはなんだというのだ」
「どう見てもかわいいミミズクちゃんでしょ」
「ミミズクはそんなに丸くないであろう」
「そこは言わない約束っ……!」
ざわざわざわざわ……。
王様の周囲で、何人もの家臣が囁き合っている。
「どう見てもミミズクではないのに、ミミズクと名乗っている……」
「嘘をついて人心を惑わす怪物ではないだろうか?」
「あの目……何を考えているかまったくわからん」
口々に好き勝手なことを言っている。興味半分、恐怖半分、というところだろうか。
《異世界の人って異常に信じ込みやすいか、異様に疑り深いかどっちかなんですよね》
「トリちゃん助けてくんないの?」
《単なる案内役なんで、そういうのはちょっと無理ですね》
「異世界には連れてこられるのにィ?」
他の人には聞こえない声と会話しているブッコローの様子に、王様の目は徐々に不信を帯びていった。
「害は出しておらんが、国の安全のためには置いておけん」
「つまりィ?」
王様はブッコローをびしっと指さした。
「国外追放だ!」
「追放って……すごい話になっちゃってきちゃったな」
《いいじゃないですか、追放。流行ってるんですよ》
「追放されるのが流行ってるってナニ?」
《主人公の価値を見抜けなかった人たちから追放されて、別の環境で主人公が大活躍するんですよ》
「へぇー……」
《いっぽう、追放した側はあとから主人公が必要だったことに気づくけど助けてもらおうとしてももう遅い、ざまぁみろと思うっていう》
「ざまぁみろと思って……それで?」
《あとは自由です》
「そっから先決まってないんだ」
🦉
ブッコローがトリと話している間にも、話はどんどん進んでいた。
「追放の宣言書を用意せよ!」
「はっ!」
ずらっと並んだ家臣達が、大急ぎで準備をする。四人がかりで筆記机を運び出し、立派な服を着た一人が座る。インク壺と羽根ペン、そして羊皮紙が机上に並べられる。
「先に用意しときゃいいのに……」
「この国では格式を重んじるのだ」
筆記の準備を眺めながら、王様が説明してくれた。
「しかし昔の筆記具だなァ……」
《異世界ってよく中世風って言われますからね。でもけっこう最近のファンタジーって近世とか近代に近いイメージの作品が多いですよね》
「いや細かい区分は分かんないけど」
「王の名において命じる……」
一同が眺めている前で、家臣が羽根ペンを羊皮紙の上に動かしていく。王様の宣言を書き写しているらしい。
「このオレンジ色の怪鳥を……」
「怪鳥って」
《鳥であることは認めてもらえてるんですね》
ブッコローがダベっているのも故なきことではない。
この世界では筆記用具の技術が未発達で、羽根ペンの先にインクをつけて書くことができるのはせいぜい十数文字。しかも、硬い羊皮紙に書き付けているとペン先が削れてくるので、書いている間にもナイフで形を整える必要があるのだ。
「国外追放とする」
と、それだけを書き綴るのにも、十分近くもかかるのだった。
「あとは国王が署名すれば追放の手続きは完了だ」
「ああそう……」
ブッコローはすっかり諦めの境地である。
「吸い取り砂を!」
筆記していた家臣が額の汗を拭いながら声をあげる。すると、控えていた部下が羊皮紙の上に白い粉を振りかけていく。
「吸い取り砂って?」
「乾く前に署名して、王の袖が汚れたらどうする! 羊皮紙に文字を書いたら、吸い取り砂をかけて乾かすのは当然ではないか」
家臣が叫ぶ。
「エッ……そんなもんコピー用紙にボールペンでささっと書けばいいじゃん」
「こぴぇよーし?」
「ばおろぺん?」
《この世界の人たちにそんな知識ないっすよ》
「あー。普段は飽きるほど見てるのに。ここにボールペンがあればなァ……」
と、願ったとき!
ぴかっとブッコローの翼の先が光る。
「うわっ! な、なんだ!」
気づくと、そこに一本のボールペンが握られていた。鳥の翼でどうやって握るんだろうということは気にすべきではない。
「うわっ、なめらかな書き味と濃い色合いのインクでおなじみのアク○ボールが出てきた」
《これは……チート能力ですよ!》
「ジェ○トストリームがよかったなァ」
《あんま商品名言わないでもらえます?》
「それより、これがチート能力ってどういうこと?」
《ブッコローさんは『有隣堂しか知らない世界』のMCだから、有隣堂から筆記用具を取り寄せられるんですよ、きっと》
「そんなことできるの?」
《
「じゃあ紙も出せるかな? はいっ!」
掛け声にあわせて、また翼が光る。今度はレポート用紙がひと綴りあらわれた。
「そ、それはなんだ。面妖な!」
「砂で乾かしてる時間がもったいないから筆記具を出したんですよ。ほら、使ってみて」
ぐいっと筆記官にペンと紙を押しつける。
「ほら書いて書いて!」
「こ……これは!」
レポート用紙にアク○ボールを走らせた書記官が驚愕の表情を浮かべた。
「なんというなめらかな書き心地……! まるで氷上を滑るかのようにすらすらと指が動く! しかも、このインクの発色……黒々として、美青年の髪のようだ!」
「喩えのクセが強いなァ」
「そのうえ、もうインクが乾いている……こ、こんなことがあり得るのか!?」
「まるで奇跡のような品だ。こ、このぼぉるぺんというのはどうやって手に入れたのだ?」
「有隣堂なら165円ですけど」
「円というのはよく分からないが、こんなすばらしいものがもっとあるのか?」
「思った以上の食いつき」
「こんなに速く文字を書ければ、執務にかかる時間が半分……いや3分の1になる! 戦争でも圧倒的に有利だ!」
王様もヒートアップしている。
「そんな大げさな……」
「いや、大げさなどではない。おぬし、こんな便利なモノをもっと出せるならぜひこの国に残ってほしい」
「でもさっき追放書書かれちゃったからなァ」
「これからはボールペンで書いた文書だけを正式とする! おぬしは神の使いに違いない!」
「エッ、そう? ほら、これなんか濡れた紙にも書けるよ」
「うそ、現場の作業員が雨のなかでチェックシートに印つける時にも使えるじゃん」
「王様、さっきと文明レベル変わってない?」
などと盛り上がっている時……
ピーーーーーーッ!
いきなり笛の音が鳴り響いた。
「うわっ……何!?」
《異世界体験、終わりです!》
トリがブッコローの脳内で叫んだ。
「えっ!? これからいろんな文房具でピンチを乗り越えて盛り上がってくところでしょ!?」
《短編で書かなきゃいけないんで、今回はここまでです》
「こんなところで終われないんじゃない?」
《短編なんて最後に(おわり)ってつければ終わりますよ》
スーッ……
ブッコローの体が足先から光りに包まれていく。
「中途半端で終わったら読者が納得しないでしょ」
《大丈夫ですよ、カクヨム読者は終わらない作品にも慣れてるんで》
「エッ……」
《最後まで書かれずに作品が終わることを『エターナる』とか言うんですよ》
「勉強になるなァ」
光が消えたとき、ブッコローの姿は異世界から消えていたのだった。
(おわり)
R.B.ブッコローの『異世界ちゅートリある』 五十貝ボタン @suimiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます