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「あなた、まだ寝ないの?」
ドアを少しだけ押し開け、こちらをのぞく妻の姿がシルエットで見えた。俺は手を振り、もうすぐ寝るよ、先におやすみ、と応えて居住まいを正した。
書斎を照らし出す灯りはPCのモニターだけで、そのせいか廊下から差し込む光が煩わしい。けれど気にしないふりをして、再び動画へと戻る。
YouTubeの動画では限界があった。検索エンジンで出てくる動画はチラホラあったが、肩透かしというか、ラベルと中身がちぐはぐなのも少なくなかった。
羊頭狗肉。
そういえば羊の頭をした
なんで気づかなかったんだろう、と俺はI2Pを起ちあげた。デスクの上のアメスピを手に取って振り出し、口で引き抜き火を着ける。
気づくと差し込んでいた光は無くなっていた。
モニタの明かりで紫煙がたゆたうのが見え、きっとテノヒラもこんな存在なのかもしれない、とその時の俺は考えていた。
横浜のチベットと呼ばれる場所にある、古びた一軒家。それが我が城だ。
親父が亡くなってから多少のリフォームはしたが、売りに出したとしても二束三文だろう。古民家であれば商売でも始めようという若夫婦に売れるかもしれないし、まだ築が浅い二世帯住宅でもあるのなら、欲しがる人も少なくないだろう。
チベットなどと揶揄されたり自虐したりもするが、住むには悪くない場所だ。
が、たとえ物好きが高額で買い取ろうと申し出たとしても、きっと俺はこの家を売ることはない。それは、ここが俺の生まれ育った家だから——ではない。
書斎からの出口の先にガレージがある。
ランクルと、バギーと、普段使い用のハスラー。普段使いはあくまで道具、といいながら「これカワイイ」と妻が一目惚れしたせいでジムニーから代替わりした。そもそもジムニーは昔から妻の評価が低かった。
『あなたはなんかあのでっかい車があるからいいでしょ』
そういわれると言い返せなかった。
バギーについては特に何もいってこないのはありがたかった。今回は、このバギーが主役だ。
リモコンでガレージを「開」にしてバギーに火を入れる。
実際にはチベットといわれるほど民家がないわけでもないし、我が庭の広さも微々たるものだが、夜中にガレージで何かをしたり、バギーでお散歩に出かけたりしても文句をいってくる隣人がいないというのは実にありがたい。
同じく横浜のスラムとかいわれるほうでは、狭い土地に家が密集しすぎて住みづらいことこのうえないだろう。
ガレージの外に出て、シャッターを「閉」にすると狭い私道へと飛び出した。
斜めがけした帆布バッグの中にはSONYの
いきなりテノヒラに遭えるなんてこともないだろう。今回は、最初に気づいたことの実験も兼ねている。最寄りのコンビニに寄って缶コーヒーと煙草を購入し、缶コーヒーをひと息に空けてから、AX700の電源を入れバッグにしまう。
どうせカメラを片手に運転したところでテノヒラに遭遇するとも限らないし、先に警察に見つかって叱られるのが関の山だろう。
あくまで電源が入っていることに意味がある。
缶をゴミ箱に捨てて、いよいよスタートだ、と思うと胸が躍った。
まだテノヒラが実在する何かか、それとも画像を通してしか認識できないナニカかの確証はない。
ダークウェブに上がっていた動画を観れば観るほど、未だ警察だ自衛隊だが動いたという話を聞かないのは、それが記録された何かでしか認識できないナニカだからなのではないか、という思いが強くなる。
けれど実際に人死には出ているし、地域防犯カメラには映っていないという現実があった。
——一晩、二晩流したところでそう簡単には遭えないだろうな。けれど。
なら三日でも四日でも一週間でも一ヶ月でも走り続ければいい。
テノヒラという、いきもの スロ男 @SSSS_Slotman
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