忘れ物

西しまこ

第1話

 子どもが帰って来ない。


 どこに行ったのだろう? 

 約束していた友だちの家からはもう帰ったとLINEがあった。私はキッズスマホの位置情報で居場所を確認する。――近くの公園にいるみたいだ。

 少し安心して、もう三十分待つことにする。

 夕方の六時を過ぎて、また不安になる。キッズスマホの位置情報を見る。やはり、公園にいる。


 私は公園に行くことにした。

 誰もいない公園が目に入り、心臓の鼓動が早くなる。どうして?

 見ると、ベンチに息子の携帯が置きっぱなしになっていた。自転車はない。

 どうしよう? 私はその公園から小学校への道を歩いた。


 さとる。

 どこにいるの?


 風がざあっと吹いて、木蓮の白い花びらが舞い散った。目の前で肉厚の木蓮の花びらが飛んでゆく。

 私は悟のキッズスマホを握り締めた。

 見知らぬ子どもたちが自転車に乗って、どこかへ急ぐ。


 さとる。

 どうしよう? 

 心臓が早鐘を打つ。

 

 震える手で夫に電話するけれど、出ない。LINEをしようと思ったけれど、手が震えてうまく打てない。「さとるかえってこない」全部平仮名になってしまった。しばらく待っても既読にはならない。どうしよう?


 どうしよう? 

 どうしたらいいの?

 木蓮の白い花びらが、また一枚左右に揺れながら落ちた。ひらひらひら。

 

 警察に電話? 

 それとも、もっと探してから? 

 どうしよう?


 わたしは小学校から、大回りして悟が行きそうなところを歩く。よく遊びに行く友だちの家の近くを通り、悟の自転車がないか確認する。

 ――自転車、ない。家の中から、家族団欒の声が聞こえてくる。


 さとる。

 どこにいるの?


 わたしは思いついて、家に戻ることにした。

 もしかして帰っているかもしれない。

 自転車置き場に自転車はない。玄関の前で待っている姿もない。

 わたしは震える手で玄関の鍵を開けた。――靴もない。




 ――あれ? テレビの音がする。

 リビングに行くと、悟がテレビを見ていた。


「悟!」

「ママ」

 悟はのんきにゲームしながらテレビを見ていた。

「どこから入ったの?」

「あそこのガラス戸、鍵、開いてたよ」

 悟は庭に面した窓を指さした。

 そうだ。慌てていて。

「ねえ、自転車は?」

「んー、どこで忘れたんだろう? 学校かも」

「靴は?」

「庭」

 見ると、靴があっちとこっちに転がっていた。


「はい」

 私は悟にキッズスマホを渡した。

「あ! どこにあったの?」

「公園のベンチだよ」

「なんでそんなところにあったんだろう?」

「忘れたからだよ」


 帰ってくるのを忘れないでよかった。

 私は悟の頭を撫でた。




   了



一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。

☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れ物 西しまこ @nishi-shima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ