ベルフラワーの灯りが消えて

西しまこ

第1話

 ベルフラワーに光を灯した。やわらかな暖かさが部屋に広がる。


「きれいだね」とヒースが言った。

「うん」と僕は答えた。ベルフラワーが仄かな紫色の光で辺りを満たしていた。

「ねえ、ヒース。お茶、飲む? カモミールの」

「うん、飲むよ。ありがとう」

 僕は竈に手をかざし炎を作った。そうして小さな片手鍋でお湯を沸かし、ポットにお湯を注ぐ。カモミールの優しい香りが漂う。


「傷はどう?」

「ん、だいぶいい。ピアニーの薬草と魔法のおかげかな」

 僕は嬉しくなった。でも同時に胸がちくりと痛んだ。このひとは傷が治ったら、ここを出ていくんだ。この、虹の結界に包まれた平和で自由な森を。


 僕はヒースの前にカモミールティを置いた。

 ヒースはお茶をおいしそうに飲んだ。

 独りでも平気だと思っていたのに。僕はあなたをずっとここに隠しておきたい。

 僕はそんな気持ちを隠して、ヒースとお茶を飲む。カモミールが僕のこころも落ち着かせてくれるといい。僕は僕の気持ちを一番隠しておかなくてはいけないと思っている。

 ベルフラワーの仄かな紫の光とカモミールの香りがやさしい夜の空間を作り出していた。


「ヒースって荒野に自生する、紫色の花だよね」

「そうなんだ?」

「うん。僕の名前のピアニーは牡丹の花ことで、ピアニー・パープルって、赤みの紫のことなんだよ。ベルフラワーも紫だから。……だから、僕のこと、覚えていてね」

「ピアニー?」

「傷が治ったら、行くんでしょう? 白馬といっしょに。虹の向こうに」


 だめだ。涙がこぼれてしまった。隠しておくはずだったのに。でももう、独りはさみしくて。


「ピアニー」

 僕は気づいたら、ヒースの腕の中にいた。僕はヒースにしがみつく。

 ヒース。

「……行かないよ」

「でも」

「行かないよ、俺はずっとここにいるよ。――君がいいと言うなら。だってここは君の自由の森だから、ピアニー」

「いてよ。ここにいて、ずっと」


 僕の結界で護られた自由の森。僕は最後の魔法使い。外の世界から隔絶されたここで、ずっと独りで暮らしてきた。ここには争いはない、ただ静かな時間が流れているだけ。

 そこに白馬に乗ってやって来た、「孤独」という花言葉の花の名前を、名に持つあなた。

 もう独りじゃなくていいかな? 僕もあなたも。


 ベルフラワーの灯りが消えて、紫の夜の闇が、やさしく僕たちを包み込んだ――




   了



☆関連したお話☆

「森の中の家」https://kakuyomu.jp/works/16817330653163269371

「虹の向こう側へ」https://kakuyomu.jp/works/16817330653710184262

「今日の天気はダイヤモンド」https://kakuyomu.jp/works/16817330653758101275

「星のささやき」https://kakuyomu.jp/works/16817330653799444498

時系列は「虹の向こう側へ」→「今日の天気はダイヤモンド」→

→「星のささやき」→……→「森の中の家」→「ベルフラワーの灯りが消えて」


一話完結です。

星で評価していただけると嬉しいです。

☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベルフラワーの灯りが消えて 西しまこ @nishi-shima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ