精霊使いのガーレイ

るるる

精霊使いのガーレイ

ガーレイが、鄙びた村はずれに立ち、節から光が入るような板戸をがらりと開けると、竈が一つある誰もいない土間があった。


外の小鳥の長閑なさえずりを聞き、山間の小川を渡る風が、新緑の香と、季節の花々の香りを載せて、土間にそっと吹き込むと、長らく使っていなかった伏せた竈にかけてあった藁のむしろ埃をさらった。埃に光が差し込んで、きらきらと舞い上がる。


約束の場所は、ガーレイにとっては懐かしさを感じるような、と言っても、こういったところで暮らしたことはないのだが、人の消えた村は、まだ自然に溶け込む前の、かつて人がいた時の笑い声や、轍の音を聞かせてくれるような場所だった。


土間に舞う光を見て、手の中のサイコロを見る。ころりと転がる小さな四角い石は、何度やっても、赤い一つの丸を見せる。


「山神の土地」

とつぶやいて手の平のサイコロをコロコロさせるが、やはり赤い丸を見せて石は止まる。

「まあ、ここらいったいがそうだから、間違いようがないのだが。にしても、この広大な土地を指示するとは」

軽いため息をついて、山々の広がる山岳地帯を思った。


とはいえ、視線を上げると、土間の向こうにある6メートル四方程の板張りの空間を見る。今日の宿はここになるか、と探すのは後かとあきらめ半分に見渡した。


板の上には降り積もった砂埃があり、一瞬ためらっては見たモノの、ブーツのまま二段ほどの踏み段を超えて、板の間に踏み込んだ。


長い濃茶のストールの裾を体に巻き付けて、土間からの明かりを頼りに見回すと、板で閉じている窓を見つける。数歩で近寄り、片手で開けると、ブランとした止め棒が見え、ガラスのない棒柵だけの窓を開けた。むせるような緑の香りが吹き込み、陽の光にきらめく板敷の間には、静かに座る老人がいた。


まるで、ずっとそこに座っていたかのような姿で、丸茣蓙の上で厚みのある白い絹の衣を着て長い袖を床に広げるようにし、光の中で浮き上がるようにして座っていた。


ガーレイは、板の窓から振り向いて、今の今まで誰もいなかったはずなのに、いて当然という顔で、ストールを開いてブーツのままその場で胡坐をかいて腰かけた。


そして、そのまま流れるような所作で、両手を膝の前に出し、こぶしを床につけるようにして頭を下げて、

「お運びくださりまして、感謝の申し上げようもございませぬ」

と言って、身じろぎ一つしないで動きを止めた。


白い衣の老人は、白く長い髭をほっそりとした手で撫でながら、ガーレイの姿を眺めて、それから土間越しに、板戸を開けた外を見た。真っ白い光が見えるだけで、時折、揺れる木々の緑が見えるが、ちらりちらりと見えるばかりで、何もない。


「山を守る民の願いとして、聞こうかの」

穏やかな老人の声だった。が、ガーレイの耳に入ったのは、どこか遠くで聞こえる風の音か鐘の音でもあるかのような、静かな声だった。ガーレイは顔を伏せ、礼を尽くした姿のまま、

「この冬を乗り切るだけの食料を手に入れたく。その為に、われらができる事は何なりと。どうぞご明示ください」

老人は笑ったようだった。声でもなく、動きでもなく、気配がはっはっはと動いたように見えたのだが、実際にガーレイが顔を上げてみていたとしても、動いた様子は見えなかっただろう。しかし、笑っている、というのは気づいたようで、

「お気に障りましたら申し訳ござりませぬ」

というと、老人は、

「山を守る民の願いじゃ、見返りはいらぬ」

そう言って、それから、

「人の欲には応えぬ」

と告げ、ガーレイがさらに深く頭を下げると、ぽつりと、

「鳥と野菜。菜は三品」

とつぶやいた。と、その瞬間、冷たい山の風が板の間に流れ込み、砂ぼこりが巻き上がり、ガーレイは伏せた顔のまま袖で口をふさぐのだった。


それからしばらく、ガーレイは頭を下げたままでいた。


外で、鳥のさえずりの声が戻り、窓の向こうで葉が風にそよいでさらさらとなる音がし始めると、ゆっくりとガーレイは胡坐の姿のまま頭を上げた。


額を冷たい汗が流れ、うつぶせていた顔の下には水たまりができる程になっていたのだが、緊張は消え、ほっとした顔で、何もない光があるだけのすすけた板敷の間を見つめていた。老人がいた気配はもちろん、丸茣蓙も何もなかった。


「三品も、か。山を守る民、の矜持を保っていた者がどれほどいたかが、飢饉の分かれ目になる、というところか。それは、主上の悩むところとなりそうだ」

そういって、大きく息を吸って、埃を吸ったのか、ちょっとせき込んでから、ゆっくりと膝を立てて立ち上がる。


ガーレイは、板の間で踊る光の中で、手にしたサイコロを見て、ころりと手の中で転がした。出た目は6。「これ以上の僥倖はなし、という所か」とつぶやいて、肩を回してコリをほぐした。


それから、板窓を閉め、小屋を閉め、小屋の外に立つと、ゆっくりと頭を下げて会釈をして、澄み上がるような青空を見上げた。そして、もう一度、ガーレイが視線を下げると、目の前にあった鄙びた小屋は消えていた。


レイヤール王国の奇跡の年、と言われる大飢饉と不思議な山の恵みが合わせてもたらされたその年、王国を治める主上は、山神への供物として美しい絹と岩棚での賑やかな楽の音をささげたという。


それは、山使いとも言われる精霊使いのガーレイの功績であったのだが、知っているのは主上と一部のモノのみだったという。

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精霊使いのガーレイ るるる @rururu20171015

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