第3話

皆が揃っていた小学生時代の中でリーダーシップがあった人は? と聞かれると僕は迷わず桜木さんの名前を挙げるだろう。いつも自分のやりたいことに僕達を引っ張ってくれていたし、悲しいときは寄り添ってくれた。……本人はやりたいことやってただけだろうけど。


 ただ、最も影響力があった人は? と聞かれると言葉に詰まる。もちろん、僕や友達グループのメンバーは桜木さんに影響を受けていた。皆でやる遊びや会話は彼女の趣味がきっかけのモノがほとんどだった。


 それ以外の人なら、突然桜木さんがやってみたいと言い出した特殊ルールの鬼ごっこやお絵かき連想ゲームはいつも決まって僕が遊びやすいようにルールを決めたり、メンバーを集めたりしていた。


 とはいえ、最も影響力があった人は桜木さんでも僕でもない。


 雛川真冬。妖精のような儚い愛らしさを持ちながらも、芯があり自分の意見を持ち、尚且つ強かだった彼女。


 僕たちはずっと、彼女の選択に影響されていた。



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「…………何か私に御用、でしょうか」


 こてん、と可愛らしく顔を傾けながら僕に問う。


「……あぁ、いや。この筆箱、落ちてたからさ。雛川さんの?」


 内心の動揺を取り繕いながら本題を切り出す。


 ……き、気まずい。


 今すぐ帰りたい気持ちと、背筋に氷を入れられたかのような緊張感で、身体が凍りつく。蛇に睨まれた蛙なんて言葉があるけど、今の俺はまさに雪の精に凍らされるフキノトウがいいところだろう。


 笑えないなぁ


 心なしか震えてきた右手に筆箱を乗せて、そっと雛川さんに差し出す。早く受け取って欲しい。一瞬が永遠にも感じる。


「……ありがとうございます。秀君」


 彼女は細い声で呟くと、僕の手のひらを両手で包んだ。


 手のひらを両手で包んだ!?!?!? 


 そのままがっちりと筆箱を僕の手ごとロックすると、ギリギリと力を入れてくる。って痛い痛い痛い! 相変わらず力強いな! 


「その……名前。前まで真冬って呼んでくれてたのに」


「待って、先離っ……離して欲しいな!! 手無くなっちゃうからさ!」


「……私、待ってたんですよ……? ずっと、ずっと」


「おっけー話しようだから離して欲しいな!!」


「そうやって、また私を捨てるんですね」


「語弊ある! ここ部室棟! 僕の手折れる!」


 すると、手のひらに込められていた力が抜ける。やっとだ……

 安心したのも束の間。雛川さんはその白く細く柔らかい指をそっと僕の手に這わせると、指の一本一本の形を確かめるようになぞりだした。


 ピピピ! エチチ警察だ! やめろ! って混乱してる場合じゃねぇ!! 


「それは、二人っきりで話したいってこと……ですか?」


「雛川さん!? 言葉に反してインモラルな雰囲気出さないで!?」


「真冬です」


 雛川さんはを見せて、そういった。


「あなたは、私を真冬と。そう呼ばなきゃだめ」


「いや……でも……」


 流石にもうあの頃と関係が変わっている。未だに親しく呼び続けるのは、抵抗がある。


「じゃないと折ります」


「指を!?」


 さっきから絡めてきた指は脅しってことかよ!? 昔から見た目に反して意志が強い彼女のことだ。やりかねない。……殺気もあるし。


「首です」


「なお悪いわ!!!」


 むしろ殺す気だっただと……!? 


「……ふふ」


「人の命を握るのそんなに楽しいかなぁ!?」


「……人を好きなように出来る、楽しくない訳ないじゃないですか」


「少し見ない間に随分ロックになったね!?」


「冗談です」


 ふふふ、と上品に笑い揉み合いで少し乱れた衣服を丁寧に払って整えながら雛川さんは二歩下がった。



「私だって、意地悪したくなるときだってあります」


「前からこのテンションじゃね……?」


 そう、この少女は可愛らしい見た目に反して存外と強かなのである。庇護欲をそそられる白く細い身体、神秘的に長く伸ばした透き通る髪、身体の一つ一つのパーツが小さく妖精のような印象を受けるがほどよく膨らんだ胸元。


 "くっ……料理バトル漫画のせいでちょっと体重が……! "なんて呟くこともある桜木さんと比べ……いや、やめておこう。桜木さんも十分スレンダーな身体付きだが、雛川さんとはベクトルが違う。桜木さんがThe 健全な女子! って感じだとすると雛川さんは少し心配になる。まさに人形然とした少女なのだ。


 そのくせ、公務員か県議員か詳しいことは忘れてしまったが随分と上品な家庭で"強くあれ"と育てられたお陰か、その容姿も立場も使って結構腹黒いことも出来ちゃう恐ろしい女。


 中学時代のあれこれを除いたとしても、無意識に他人をコントロールしようとするその癖だけは昔から好きになれなかった。



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 まだ、僕たちが小学生だった頃にこんな一幕があった。


 昼休みになると、決まって僕たちは机を寄せあい今日何をするかを話し合う。ノートにペンを走らせ漫画? イラスト? を書きながら器用にこっちに話を振る桜木さんを中心に、僕らは会話を広げてた。


「どうするー? 外行っちゃう? 今日はボール当て鬼ごっこしたい!!」


「桜木さんも好きだねぇ」


 基本インドアな僕たちだったけど、一時期はブームが来ていたのか外で遊ぶこともない訳ではなかった。


「いいじゃん! んじゃ行くか!」


 僕らの中では一際アクティブだった若林優作君はそれに乗り気で


「そ、そっか」


 運動が特段苦手という訳でもないけど、雛川真冬はそれをよく嫌がる素振りがあった。


「よーし! わたし鬼やりたいな! 横峯君ゲットだよ!」


「待って! もしかして僕モンスター扱いされてる!?」


 このルールが好きな理由ってそういう!? 


「お前なんか強そうだもんな! 掴まえとくか!」


 若林くんまで……! 僕の人権は一体…………


「いいよ、仕方ない。でも掴まえられると思うなよっ!」


 くっく……僕にはなんだからな。対人スポーツで勝てるつもりなら100年早いわっ


「…………それは、ダメだよ」


 そんな楽しい雰囲気の中、スッと冷気が差し込んだ。


「秀人くんは、誰のものでもないよ……? …………ねぇ? わ、わたしダメだと思う。ひどいこと、だよ。秀人くんも辛いよね?」




 確かにムッとくるところはあったけど、いつものじゃれあいの範疇だしそんな感じのやり取りを僕はちゃんと楽しんでいた。この場以外のところなら雛川さんだっていつもは一緒に笑って遊びに行ってた。そんなことはみんな承知で、他の子たちにこんなやり合いをするわけでもない、仲がいいからのいつものやり取り。


 そんなこと、他の誰かならともかく雛川さんが知らないはずがないのに。


 彼女はその一言で、全員に罪悪感を植え付けた。恐らく先生や他の人がこの話を聞いたなら雛川真冬に一理あると感じるかもしれない。悪いのは桜木さんや若林くんで、僕は被害者。雛川さんはそんな僕を庇ったか弱い優しい女の子。


 そう、見えるように動いたんだ。


 きっと今日は気が乗らなかったんだろう、──今当時を思い返すと桜木さんの言葉に嫉妬の気持ちがあったのか。いずれにしろ定かではないが、雛川真冬にはたくさんのいいところの外に決定的に僕と相容れないところがあった。


 その言葉を発するときに見える悪意。


 自分の嫌なことを屁理屈で他者を悪者にする。そんな彼女の強かさを、僕は尊敬し、嫌っていた。


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「じ、じゃあ、用は済んだから」



 さっと筆箱を押し付けるようにすると、僕は走ってその場を後にする。彼女が嫌いな訳じゃない。話す時間も楽しいと思える。でも、中学時代のあれこれがあってから僕は彼女の悪いところだけを見るようになってしまった。僕は駆ける。部室棟を。彼女を悪者だと考えて、自分の責任から目を背けた事実に目を摘むって。








「…………また、お話、できたな。今度こそ振り向かせて見せますから、覚悟しておいて下さいね。横峯君」

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隣の席の桜木さんが僕を異世界転生させてくれない @Yonaga-Lear

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