第9話 ライブの準備③

「だからしないって」


「ふ~ん、ならいいですけど」


 少し疑っている表情。

 よくわからないけれど、まだ信用はされてはいないらしい。


「それで、神田さんはどうしてここに?」


 俺のことは神田さんと呼ぶことにしたらしい。

 なんだか久々に呼ばれた気がする。 

 学校とかでは宏樹の方が通りがいいからだろう。

 まあそんなことはさておいて、とりあえず質問に答える。


「ああただ単に時間が暇だったから散歩がてらに俺の部屋でも探しに来ただけだ」


「ほうスタッフルームですか…………なるほど」


「なんなら案内してくれないか?」


「え? 私がですか!?」


「ああ、ダメか?」


「嫌ですよ。なんだかよこしまな気持ちを感じます」


「そんなことねぇから! ていうか、ゴキブリから守ってやっただろ。それくらいはいいんじゃないのか?」


「ちょっと…………あの名前出さないでくださいよ。汚らわしい!」


「出すだけでダメなの!?」


 本気で睨んでくる。元が弱いせいか全く圧は感じなかった。

 どっちかといえば可愛い。

 なんだか小動物みたいだった。

 人気が出るのもうなずける。


 それにしてもこいつの警戒心には驚きが隠せない。

 女子はみんなこうなのだろうか。


「はぁ…………仕方ないですね。案内しますよ。お礼ですからね」


「お、マジか。助かるぜ」


 ということで案内してもらえることになった。 

 一ノ瀬と一緒に歩き始める。


「そういえば一ノ瀬は歳はいくつなんだ?」


「私は15です。高校1年生です」


「やっぱり一個下か」


「はい、私以外は年上なので少し肩身が狭いんですよね。先輩しかいなくて」


 なんとなくそう思っていたが、当たっていたらしい。


「神田さんみたいなのは先輩って感じがしませんけど、みんなオーラがヤバいんですよね。特に姫花先輩なんて…………もう」


「あーなんかわかるな、それ。ツンツンしてる感じだよな。…………って、なんで俺にはないんだよ!」


「単純に華がないんですよね。なんだかモブキャラって感じで」


「誰がモブだ」


「ふふ、冗談です。そんなこと1ミリたりとも思ってませんから安心してください」


 にこやかな笑顔を見せる。

 これが華があるってことなのだろう。

 この子は自分のオーラがないって思っているのだろうが十分にある。

 やはり一流のアイドルだ。侮れない。


「そうこうしているうちに着きましたよ。ここがスタッフルームです」


「着いたか」


 壁にスタップルームと書かれた部屋が見える。

 到着したようだ。

 大体の場所もわかるので、今度からも間違えないだろう。


「じゃあ私はこれで。休憩してきます」


「ああ、本番頑張れよ」


「なんですか、わざわざ応援してくるなんて。変な考えでもあるんですかね」


「違うわ。普通にスタッフとしての応援だよ」


「まあそういうことにしておきます。では」


 そういうと一ノ瀬は去って行った。

 何気ないことだったが、ゆういぎな時間だった。

 暇つぶしのくせに有名アイドルときちんと話してしまった。

 良太とかにいえば、ずるい!とか言われそうなレベル。


「ま、いっか。とりあえずマネージャーとして仕事をしないとな。姫花からはなにも言われていないし、自分で見つけないと」


 なにもしなかったら姫花には無能ともてはやされそうだ。

 それだけはごめんだ。

 俺はここに覚悟を持ってきている。

 まずは芸能の現場をじっくりと見てみたいのだ。

 部屋に向き合う。

 

 スタッフルームは5個の部屋にわかれていた。

 番号とともに名前一覧も貼ってある。

 神田と書かれた名前を探してみると5個目の部屋にあった。

 下には数人の名前も書いてある。


「この部屋か。なんだか入るのが怖い…………けど、行くか」


 緊張しながらも俺は部屋のドアを開けて入ってみる。

 なかには数人ほどいた。

 キョロキョロとさまよっていると、目の前にいた女性が話しかけてくれる。

 

「もしかして君が…………神田宏樹君かな?」


「あ、はい。俺が神田宏樹です」


 その女性は茶髪で耳にはピアスがハマっていた。

 ザ大人の女性って感じだった。

 

「私は西城紗枝のマネージャー、名倉沙也加よ。同じマネージャー同士仲良くしましょうね」


「西城さんの…………」


「その感じあったことがあるようね。よかったわ」


 手を出される。

 よくわからないけれど俺も手を差し出しておいた。

 握手をする。


 西城さんのマネージャーは意外ときちんとしているようだ。

 本人の方は宇宙人だが。


「それで宏樹君。仕事の内容は聞いている?」


「いや…………聞いてません」


 恥ずかしい。

 普通はここに来る前に聞いておくべきなのだろう。

 でも仕方ないのだ。姫花以外に聞く相手がいないのだ。

 姫花は当然のごとく教えてはくれないし。

 

「そう、なら私が説明するわね」


「お願いします」


 心配していたが、どうやら教えてくれるらしい。

 安心した。


「まあ、そんなかしこまらなくてもいいのよ基本的に私たちがする仕事はないわ」


「え、ないんですか!?」


「そりゃそうよ。私たちはマネージャーだもの。ちゃんした仕事の方は会社が手配してくれるわ。私たちがするのはリハーサルのサポートだったり、不備があった場合の連絡。後はアイドル達のケアね」


「そんなことでいいんですか」


「そうよ。強いてもう一つ上げるとしたら応援することくらいね」


「なるほど…………」


 思っていたよりも仕事は少なかった。

 てっきり机を運んだり、電子機器とかの準備とかの力仕事でもさせられるかと思ったが、そんなことはなかった。

 応援ぐらいが仕事なんて生易しい。

 そんなことを思っていると、

 

「まあでもあなたは別ね。新しくマネージャーとして入ったのだから…………これを覚えなさい」

 

「え」


 近くにある机に重たそうな本が置かれる。

 文庫本よりも圧みがある本だった。

 周りのスタッフは一瞬驚きながらもすぐにそれから目を逸らす。


「これは私たちのグループ『エターナル』の応援100選よ」


「…………」


 なんだか嫌な予感がした。

 俺のなかの直観がマズイと言っている。


「今からリハーサルが始まる10時までの約2時間。宏樹君はこれを暗記しなさい」


「暗記!? 無理ですって!」


「なに泣き言いってるのよ。マネージャーは一番アイドルに近い存在。これくらいできないようじゃマネージャーとは認めないわ!」


「あ、あ…………」


「つべこべ言わず、覚えなさい」


 俺はここで理解する。 

 西城紗枝のマネージャーなのだ。

 普通に考えればわかる。なにもないはずがない。

 

「嘘だろ…………」


 俺はそこで絶句した。


 

 


 

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国民的アイドルの幼馴染は俺だけに毒舌を吐く シア07 @sia1007

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