第8話 ライブの準備②
「はぁ…………なんだか始まる前に疲れちゃったわ」
気だるそうに姫花はため息をつく。
「あの子も別に悪い子じゃないんだけどね。ちょっとだけあの高いテンションが私とは合わないのよ」
「そうなのか。割とお前とは馬が合いそうだったけど」
「そりゃそうでしょ。同じアイドルグループの所属よ。…………もしかして舐めてるの? あんた相手でも私は容赦しないわよ!」
「なんでキレてんだよ! お前がいいだしたんだろ!?」
理不尽。不条理だ。
「単にあの子の光が強すぎるだけよ。別に私が嫌いとかじゃないわ。馬が合うのなんて当たり前だし」
姫花が他人のことを褒めるなんて珍しい。
こいつはいつも自分中心の発言ばかりだ。
だからあの西城紗枝というアイドルは少なからず姫花並に凄いアイドルなのだろう。
「まあいいわ。とりあえず部屋に行くわよ」
そういって早々と歩き出す。
俺もそれについて行った。
--------------------
「ここが私の休憩場」
ということで姫花の部屋にやってきた。
ドアの前には小島姫花さんと書かれてある紙が貼ってあった。
思っていたよりも広く、化粧道具や飲食系もそろってある。
トイレとかまではついていないが、ほぼすべてのことがこの部屋だけで補える。
部屋の壁には大きな紙が貼ってある。
そこには今日の予定表が書かれてあった。
10時からリハーサル。13時から本番が開始らしい。
ちなみに11時半から人が入ってくるらしくその間に準備をする必要があるようだ。
「もちろんだけど、あんたのは私と違って個室じゃないわ。他のスタッフと一緒ね」
「まあなんとなくそんなことだろうと思ってた。で、どこにあるんだよ?」
「ん、知らないわ。自分で探しなさい」
どうでも良さそうにそう告げられる。
「辛らつだな! こういうところ初めてなんだから少しは遠慮してくれよ」
「私の仕事じゃないわ。ていうかどちらかっていったらマネージャーのあんたが私を案内する立場なんじゃないの」
「無茶言うなよ。お前がここに来いとしか言われてないから仕事の詳細だの全くわかってないんだよ!」
「察する能力が低いわね。私のマネージャーならもっと想像力豊かでいるべきでしょ」
「無茶苦茶だ…………」
これでこそ姫って感じ。
言葉も出ない。
「ってことで、これから私はメイクするから。部屋でも探してきなさい」
「え?」
「あ、私以外のアイドルにあったらきちんと挨拶はしてよね。私のマネージャー節度もない変な人って思われたら私の印象も悪くなるから。じゃ」
気が付いたら部屋から追い出されていた。
ばたんと強くドアが閉められる。
俺は深くため息をついた。
そして一言。
「俺の扱い雑過ぎだろ!?」
マネージャーになると決めて次の日はこれだ。
昨日までの完璧なるやる気を返してほしい。
「仕方ない。言われた通り俺の部屋でも見つけに行くか」
リハーサルの開始は10時。
それまでは暇だ。
のんびり歩きながら部屋でも見つけて時間を潰すことにする。
すると、
「きゃああああああああああああ!」
「ひ、悲鳴!?」
甲高い声が聞こえてきた。
ヤバいことが起こったかもしれないと俺の体がサイレンを鳴らしていた。
すぐに俺は声の方向に向かって走って行く。
「大丈夫か!」
近くに行ってみると女の子が地面に腰をつけていた。
ビクビクとしながら俺の方へ振り返った。
ふわふわとした感じの子だった。体をずっと縮こませて、ずっと怯えている様子。
なんだか弱弱しくて守ってあげたいような子だ。直観だが俺よりも年下だろう。
とりあえず状況を確認するために声をかける。
「なにがあったんだ?」
「あ、あれですよ。あれ!」
「…………?」
体を震わせながらあるところに指を差す。
その先には、
「なんだよ。ただの虫じゃねぇか! 脅かしやがって…………」
小さく素早く動く虫がいた。
ゴキブリだ。
俺はそれを見て一安心する。
「ただの虫じゃないですよ。ゴキブリですよ! ゴキブリ! 名前を出すだけで恐ろしい…………」
「それくらいであんな声出すな。不審者でも来たのかと思ってビビったぞ」
「それは…………ごめんなさいですけど」
女子だから虫に敏感なのは仕方がないだろう。
まああの悲鳴を何度も何度も言うのは勘弁してほしいが。
「うわ! 動き出しましたよ! 助けて~!」
「だから声を上げるなって! …………わかったよ」
俺は素手でゴキブリを捕まえる。
死なないくらいに優しく拳を握った。
「うぇ…………素手でゴキブリを取ったんですか…………」
あからさまに嫌そうな表情を向けられる。
「おい引いた顔をするな!」
「その手を近づけないで!」
「逃がそうとしてるだけだって! ていうか、お前が嫌そうにするからやってるんだぞ」
「それはありがたいと思ってますよ。本当に心から…………でもやっぱり気持ち悪い!」
「正直な子だなあ」
俺はすぐそばにあった窓をあけて手から奴を解き放つ。
何の後遺症もなく野生へ帰って行った。
「ああいうのは逃がしたらダメなんですよ。また卵を産んで増え続けるじゃないですか」
「むしろそっちの方がいいだろ。たしかゴキブリはバクテリアと同じで死骸とかを分解してくれる」
「急にいらない雑学教えてこないでください。今度からバクテリアも苦手範囲になるじゃないですか」
「似てるってだけでダメなのかよ! ていうか、ゴキブリはどうあがいてもダメなんだな!」
「見た目がダメですから!」
しかも理由が理にかなっていない。
女子の大半が同じ理由だろうからなんともいえない。
「まあなんとかなったのでいいとします。…………じゃあ私この後練習があるのでいきますね」
「へぇ練習ね…………え、練習!?」
そこでぴんと来る。
「じゃあまさかあんた」
「はい、ご想像の通り。私は『エターナル』所属のアイドルタレント一ノ瀬美咲です! よろしくお願いします!」
「この子が…………」
姫花、西城さんに続くアイドルらしい。
可愛らしくニコニコしながらそう宣言した。
「そういえばあなたはいったい何者なんです? 現場で初めて見ましたけど…………もしかして新人さんですか?」
「新人といえばそうなんだけど。俺は小島姫花の新しいマネージャー。神田宏樹だよ」
「姫花先輩の新しいマネージャー!? しかも男!? もしかして先輩の…………彼氏さん?」
「違うわ。誰があんなツンツン女…………じゃなかった普通に学校の友達です」
姫花に言われたことを思いだす。
節度がないと思われたらいけないんだった。
ここでの俺の立ち位置は姫花のただのマネージャー。
それ以上でもそれ以下でもない。
姫花の印象を下げるのはあまり良くないだろう。
「ふ~んなんだか怪しいですね。姫花先輩を傷つけたらただじゃおきませんからね!」
弱弱しく俺に指を差してくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます