第7話 ライブの準備①
「…………新宿に到着!」
電車から降りて言う。
朝、5時半過ぎ。俺は新宿駅にいた。
「うわ…………やっぱ眠すぎ。朝6時は早いって…………」
あくびが出てくる。
それもそうだ。今日の起床時間は4時ピッタリ。
そこら辺の会社員よりも早い。
ただでさえ起きるのが苦手な俺からしたら本当にキツイ苦行だった。
アラームを20個ぐらいつけたおかげでなんとかなった。
やはり質より量! いくら音がデカいからって起きれるわけじゃない。
それが今日何故か学んだことだった。
「とりあえず姫花と合流かな。どこにいるのか…………聞いてみるか」
歩きながらスマートフォンを取り出す。
昨日手に入れた姫花の番号が映し出されていた。
これで4人目。女子は初めてだ。
「これでいいだろ」
『もう新宿に着いた』
適当に文章を書いて送信ボタンを押す。
すると一瞬で返信が返ってきた。
会話する。
『もう着いたの!?』
『うん。で、どこに行けばいい』
『具体的にどこにいるのよ』
『わからん』
『なにか目印になるものはない? ていうかつく前に連絡よこせ馬鹿』
「相変わらず要らんこと言う奴だな…………それにしても目印か」
周辺を確認する。
真っ先に目についたカレー屋さんの前にいると返信しておいた。
すぐに向こうからもメールが来る。
『はいはい、あそこね。一歩も動かずそこで待ってなさい。あと少しで電車つくから』
『てか、思いつく目印がおっさん臭い』
わざわざ2文で送ってくる。
「うるさいわ! さっきから一言余計なんだって! …………あ、すいません」
叫んだせいで周りから変な目で見られた。
その視界に耐え切れず、謝罪する。
ここは大都会の新宿。
朝早くても人は大勢いる。騒いではいけない。
周りに迷惑だ。
はぁ……とため息をついて少し待っていると、
「ごめん。待った?」
かわいらしい衣装に身バレ防止のサングラスを装着した姫花がやってくる。
手には小さなハンドバックを持っている。
ずいぶん優しい表情で話しかけてきた。
学校での姫花とおんなじ感じ。
だが、今の俺にはそんなことどうでもよかった。
「やっと来たか。遅いわ!」
さっきの仕返しとしていつもより強い口調で返しておく。
そういうと姫花の表情が一変してムカッとした顔になる。
「あんたね…………そこは、全然待ってないよ。今来たところって嘘でも言うのが正解でしょ。気が利かないわね。だからあんたはモテないのよ」
「俺はそんな使いふるされた定番のネタなんてやりたかねぇんだよ。それにお前に気をつかう気はさらさらないね。お前が遅れたのは事実だし」
「誰が想像できるのよ。あんたみたいなやつが時間の30分前にくるなんて」
「俺を甘く見過ぎだ。本気にもなれば4時でも3時でも2時でも来れるわ」
「そういってどうせ目覚まし時計でも無限にセットしてただけでしょ」
「なんでわかるんだよ!?」
「なに、適当に言ったことがホントだったの。あんたってほんとつくづく甘い男ね」
「うぅ…………うぜぇ」
ふん、と鼻で笑われる。
一本負かされた気がする。
なんだか悔しい。
「…………まあいいわ。ともかくこれで合流出来たし、早速ライブ会場に向かいましょう」
そのまま姫花が歩き出す。
なにせ人が多い。
はぐれないよう細心の注意を払いつつ姫花の後をついて行く。
「ていうか、場所新宿なんだな」
「なに、それが悪い?」
「そうじゃねぇよ。お前の知名度なら武道館とかもっと凄いところでやるのかと思って」
「あのね…………あんたアイドル舐め過ぎよ!」
「は!?」
想像していなかった一言で驚く。
「いくら私の知名度だからってそうやすやすと武道館とかさいたまスーパーアリーナとかでライブできるわけじゃないの。そんなビックイベント年に1回か2回ぐらいよ」
「そ、そうなのか…………」
「そうよ!」
熱心に解説された。
本気でアイドルのことを考えているのが伝わってきた。
「とにかく今日のライブはよくも悪くも中堅のライブ。それでも本気でやるのがプロよ。だから新人のマネージャーだからって私は手を抜いたりしないから」
「それはわかってる。俺だって本気でやるわ。お前も頑張ってやれよ」
「ふ、言われなくても私は完璧よ」
「メンタル強すぎだろ!」
ライブとかって少なからず緊張するはずなんだけれど、姫花はそれを一切見せてこない。
メンタルのありかたが違う。
流石だった。
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「ここがライブ会場!?」
想像していたよりも大きかった。
緊張で心臓の鼓動がさらに速くなる。
俺はどうやらこんなところで踊るアイドルの世話をするらしい。
「最高キャパ数が1万人らしいわ」
「1万人!? ヤバすぎだろ…………」
「驚いてる暇はないわよ。さっさとついてきなさい」
「わ、わかってるよ」
なかに入っていく。
数えきれないほどの部屋にわかれていてとにかく広かった。
「あんたね…………いくらなんでも驚きすぎでしょ。演技臭い」
「お前と違って純粋な心を持ってるんだよ! 別にいいだろ驚くぐらい」
「私は嫌よ。隣でいちいち驚かれたら鬱陶しいし」
「あ、姫花ちゃんだ!」
そんなことをしていると走ってくる人がいた。
可愛らしい笑顔で、明るい子だった。
顔も整っていて美少女だ。
姫花は一瞬で態度を変えて、人前でのモードになる。
「紗枝ちゃん。もう来てたんだ」
「うん、リハーサルの前に自分で合わせの練習してたんだ。…………で、そちらは?」
「ん、私の新しいマネージャー。名前は…………えっとなんだっけ」
白々しく俺の方を向いてくる。
わざとやっているらしくベロを小さく出してきた。
仕方なく挨拶をしておく。
「か、神田宏樹です。不束者ですがよろしくお願いします」
「ああご丁寧にどうも。私は西城紗枝。紗枝でも紗枝ちゃんでもいいよ」
「まあ西城さんで」
「もう、恥ずかしがり屋なんだから!」
西城さんは優しく俺の肩を叩いてくる。
陽キャすぎる。
俺みたいなモテない男子は一瞬、勘違いをしてしまいそうになるから止めて欲しい。
「もう紗枝。あんまり私のマネージャーにちょっかいかけないでよ」
「ごめんごめん。ちょっかいかけたつもりはないんだ。ただの挨拶だよ。そんなに嫉妬しないで」
「し、嫉妬!? そんなのしてないわよ!」
姫花の顔がほんのり赤くなる。
「またまた…………本音を言え!」
「ちょ、紗枝!?」
姫花の脇腹を西城さんがくすぐりだす。
俺にあれだけ冷たい態度をとる姫花がくすぐったそうに笑っていた。
「ちょっともうやめてよ紗枝!」
「ごめんごめん。まあいいじゃない。私たちの仲でしょ、あんなことやこんなこともしてるんだから」
「え!?」
「変な勘違いされるようなことは言わないで! してないから私!」
「ふっふっふ恥ずかしがり屋なんだから~」
あの姫花がやられている。
その光景がおかしくて、なんだか怖かった。
「おっと流石に時間を取りすぎたみたいだよ。早く練習に戻らないと! じゃ、邪魔者の私はいなくなるのであとは二人でご自由に!」
西城さんはそのまま走って消え去って行った。
急に現れ、急に消えて行った。
「なんなんだ…………あの人」
「歩く厄災ね…………」
「だな」
ここだけは意見が一致した。
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