第6話 新生マネージャー誕生

 曲に合わせて完璧といっていいほどの精度で踊り続ける。

 動きがキレキレで見ていて心地いい。

 これが現役アイドル小島姫花の力らしい。


「…………すげぇ」


 その言葉に尽きていた。

 姫花の動きすべてが今の俺にとって異次元に見えた。 

 さっきの映像とは全く違う。別人のようだった。


「おお…………」


 途中で姫花がウインクをした。

 かわいく決まった。ファンサって奴だろう。

 アイドルのファンになったことが一度もない俺だがなる理由の一端は理解できた。


 そしてラストスパート。

 曲も盛り上がりを見せ、ダンスにも磨きがかかる。

 キレッキレに踊り最後にポーズ。

 見事に踊り切った。

 

「どうだった?」


 息を整えて言う。

 疲れている様子もほとんど見せない。

 体力も相当あるようだ。

 

「お前…………凄いな」


「…………ふん、当たり前よ」


 褒めると顔が赤らむ。

 あれだけ馬鹿にしたように言うくせに、誉め言葉には弱いらしい。


「って、感想なんか聞いてるわけじゃないのよ。私の思いが伝わったかってことよ」


「そりゃまあ伝わったよ。あれだけ一生懸命ならな」


「…………それならいいけど」


 どれだけ努力したのかが伝わってきた。

 このレベルになるにはどれだけの練習を積んだのだろう。

 それも学校に通いながら。

 アイドルの仕事だってある。

 はかり知れない。

 

 俺とは違う。

 のうのうと夢を諦めて、なにもしなかった俺とは違う。


 姫花にダンスの才能はなかった。

 それはあの映像が証明している。

 だが、彼女は成しあがった。夢を叶えてしまったのだ。


 顔だとかの才能があったとしても運だけじゃ絶対にこんな風にはなれない。

 それは俺も知っている。

 必死こいてなりたいと願い鍛練を続けたからこそこうなったのだ。

 そう思うと体が熱くなってくる。


「よし決めた。――俺がなってやるよ。姫花のマネージャーに」


 そう宣言する。


「……ほ、本当にいいの? まだ間に合うわよ」


「ああ、構わない。俺がやるっていったらやる。男に二言はない」


 もう少しだけアイドルとしての姫花を見てみたいと思ってしまった。

 どこか姫花の手の上で踊らされているようでしゃくだけれど、純粋にそう思ってしまった俺の負けだ。

 完敗だった。


「ふぅ…………これで契約は成立ってことね。一応言っておくけど、今回だけでもいいから。もしあんたがまだ続けたいって言うならもっとやってもいいけど」


「わかってる。とりあえず試しにやってみるだけだ。ただお前を見たいだけだしな」


「え…………そ、そう」


「なんでお前驚いてんだよ。別に驚く要素ないだろ」


「なんでもないわよ。この馬鹿宏樹!」


「心配しただけなのに!?」


 女心はやっぱり理解できない。

 いつ俺は地雷を踏んでしまったのだろう。 

 

「まあいいや…………じゃあ、あんたが私のマネージャーになったことだし、今日は解散にしましょうか」


「え、……もう!? 話すこととかもっとあるんじゃないのか!?」


「仕方ないでしょ。私にはこれから予定があるのよ。大事な大事な予定! 本番は明日なのよ」


「あーそれもそうか」

 

 普通に考えたら前日はリハーサルが鉄板だろう。

 それをサボっているのだ。 

 少しでも練習していたいはずだ。


「ほら、わかったらさっさと帰ってよ。明日の6時、新宿駅に集合にするから必ず来てよね。遅刻は厳禁よ」


「わかってるって。そんなへまはしねぇよ」


「あとこれ。私の番号。なにか問題が起きたらこれで連絡して」


 一切れの紙を渡される。

 書かれていることから最初から渡す気だったのだろう。

 こうなることも予想済みだったらしい。


「じゃ、またね」


「はいよ」


 俺はそういって家を出る。

 外を見ればまだ昼。流石に早く来すぎてしまったらしい。


「さてと…………昼寝でもするか」


 マネージャーになってみたけれど、なにをやったりすればいいのかは全くわかっていない。

 とりあえず明日になったら確認すればいいだろう。

 今はとにかく帰って寝たかった。

 明日は早起きしなければならない。ちゃんと体調を整えておきたい。


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「はぁ…………なんとかなった」


 私、小島姫花はそう吐き捨てて、ベッドにダイブした。


「うぅ…………気持ちいい」


 私はお気に入りの人形を抱きしめながら体を休める。

 疲労が酷い。体が重かった。


 それもいた仕方ない。今日は彼を久々に自分の部屋に招いたのだ。

 よくもまあ、あの精神でいられたと思う。

 一瞬でも気が抜けたら気絶してたんじゃないかと思うシーンがいくつかあった。

 素直に私は私を称賛したい。


「全くもう。…………宏樹が私のこと褒めたりするから…………不意打ちだって」


 あんな褒めるとは思わなかった。

 恥ずかしい。 

 顔赤くなかっただろうか。もしバレたりでもしたら――いや、そんな仮定的なことを考えるのはやめよう。

 いくら考えたところで答えは出ない。私の昔からの悪い癖だ。


「でもよかった。なんとか計画は順調ね」


 私はベッドからおきてパソコンの画面をつける。

 パスコードを入れると重要な書類だとかソフトが映りこむ。

 そのなかで私はとあるファイルを開いた。

 そこにでかでかとタイトルが映りこむ。


 ――神田宏樹変革計画書。


 下にはびっしりと文字が書かれてあった。

 そして、1章の内容をすべて消し保存。

 これで任務は完了だ。


「まずは第一段階クリアーっと。このまま行けば……本当に……成功できるかもしれない……」


 

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