半機半竜

 GUAAAAAAAAAAッッッ‼


 突如として静かな森の奥から、地響きのような咆哮が聞こえた。


「なんや!」


 ユウカの甲高い叫びを聞くまでもなく一行パーティーは感じていた。大きく揺れる木々の向こう。鳥たちが飛び立っていくその中心。空気の濁りを。どす黒いオーラを。


「ありえへん!飛竜ワイバーンやと!?」


 その姿を認めた。視線が釘付けされたように凝視してしまう。その怪物を。


 蛇の胴体に蝙蝠の翼、鰐の足、蜥蜴の頭。翼の先に延びた鋭い爪、頭蓋より伸びる何本もの大きな角。


 亜竜とも呼ばれ、正統な竜に一歩及ばないとされるこの存在。だが、それでも竜は竜だ。威容を堂々と遺憾なく示していた。


「いや、変だな。あの配管に、装甲は……!」


 そうだ。この飛竜はおかしい。


 体躯のあちこちを黒光りする金属製の配管が走り、パッチワークのように体表を覆う鋼鉄の装甲。


 そして口と鼻と全身に走る配管から漏れ出る鮮血交じりの赤い蒸気。


 巨大な傷のように開いた赤錆びた鉄板に腐敗した肉の胸襟から脈動する筋肉と心臓が見えた。


 悲痛な響きが楽団となって奏でているその身体。


 その最も注目すべき点は片方の翼だ。ほぼすべてが合金板の骨格とぼろぼろの生地で翼を形成している。垣間見える生体筋肉と機械のモーターとゴムの駆動力連絡部の複合体コンプレックス


 細部の理屈の詰めは不可能であろうが、機械と体細胞の連結によって、ピアノ線で吊り下げられた人形のように生き永らえているという仮初の説明、一応の説明だけを可能にしている。


「さしずめ半機半竜と言ったところかッ!」


 タクミは叫んだ。


「だが、自然現象というわけではないな。何者かの介入の結果だ。飛竜を瀕死にさせ無理矢理、糊付けするように機械化したんだ。ひどいことをするやつがいたもんだ!」


「タクミ! のんきに説明している場合やないねん! こいつをどう対処すんねん!」


 ユウカは大斧をこの機械飛竜メカ・ワイバーンに向けて構えている。


「ユウカはヘイトを集めろ、カノンはユウカに強化バフを、キイは俺の後ろで待機だ!」


 大斧持ちの少女は、こっちや! と叫び生身の翼の方へとその武器を振り下ろす。


 生身である方の翼を攻撃されたこの竜は悲鳴とも激昂ともとれる甲高い雄叫びをあげた。悶えるように翼を振り回しユウカを払いのける。強烈な一撃な受けて空中と弾き飛ばされた。


───【無限文庫】所蔵、『誰でもできる近接格闘術』より引用![防御の基本、受け身のやり方]!


 強烈な一撃な受けて空中と弾き飛ばされるだが、引用された防御術が彼女に付加バフされる。軽やかな動きで攻撃のエネルギーを受け流し、態勢を整え、二本の足と大斧の刃を両腕で地面に突き立てながら着地する。


「助かる! タクミ、任せたで!」


───【筋讃美曲マッスル・アンセム五重奏クインテット】!


 ユウカとメカワイバーンの間にタクミが入り込み『転変能力スキル』の発動を宣言する。


  はちきれんばかりにその右腕は膨れ上がり、今に切れるんじゃないかと覚悟してしまう赤々とした血管が見えた。


 内部で疼いている巨大なエネルギーは空間すらも捻じ曲げているかのように感じさせられる。一歩、二歩、スキップするかのように近付き。そして放たれる一撃。それは強く、重く、そして速い。


 風が吹いた。それは衝撃波で、そのことが彼の拳速は音を超えていることが理解できた。 


 半機半竜の胴体に攻撃はめり込み、竜の口から赤黒い血が飛び出た。いくつかの金属の破片、肉片も飛び散った。


 咆哮のような悲鳴のように鳴く。拳撃を受けて倒れると思えた。

 が、立っている。持ち堪えている。


「おい! なんや、あれ‼」


 ユウカの驚き声に反応するまでもなく一行は驚愕の表情に変わらざるをえなかった。


 攻撃を受けて、抉れた腹が、開いた腹が治っていく。まるで空気を入れられて膨らむ風船のように。


再生能力リジェネ持ちなんかッ‼」


「しかも完全に回復していないッ。手負いの獣であり続けるように調整させられているんだ。こいつを作った野郎はとんだ悪趣味な人間のようだな」


 タクミは動かなくなった腕を押さえて、下がりながら冷静に分析する。


「どうするん!? 逃げるんか? 闘うんか?」


「逃げるのはないな。この森を探索する生徒の多くはこいつに対処できない。今ここで倒すしかないだろう」


 タクミの答えにカノンが付け加えるように疑義を呈す。


「こういうタイプの敵には再生速度を上回るスピードで攻撃しなければいけません。この竜の場合は一瞬で全身を滅却する必要があると思います」


 タクミの顔は苦虫を潰していた。


 数瞬の逡巡のあと、どうしようもないな、とため息をもらす。そして指令を出す。


「ユウカ、攻撃をしなくてもいいが竜の視線を逸らせ。カノン、俺に付加バフだ。パワーじゃなくてスピードの上げるやつを」


 ぼやくように呟く。


「これじゃあまた、ドクのところに世話になるな……」


 それでも確実に迅速に構える、準備を行う。



「ああ、OKだ!」

「わかりました!」


 指示された二人も応えて動き出す。

 タクミは深く息を吸い。宣言する。


 ────【筋讃美……


「待ってくださいッ‼」


 中断を促す声。キイのものだった。


「わたしが無力化してみせます!」


 突如、タクミの前に現れたキイ。


「きょ……ッ!」


 キイの後頭部を見つめながらタクミは能力発動を何とか止める。


「なんだッ‼」


「島に来て、あなたたちの戦闘を見て、分かったことがあります」


 この白い可憐な少女はゆっくりと歩いた。その白いワンピース姿は、命も落とすのではないかと思える戦場と言えるこの場所には合致せず、幻想の光景を創り出した。


 気圧けおされたのか、驚きなのか、はたまた乙女の可憐さのなせる業なのか、この機械の竜すらも、視線を少女に固定され、動きを止めた。


 そして、少女の手は竜の開いた胸郭を構成する合金板に触れた時。


 『転変能力スキル』が発動した。


 ────〈白華憐界〉《世界よかわいくあれ》……


 世界が歪む。崩れる。要素がより小さな要素へと分解、還元されていき、そして再度合流し、事象を構築させていく。『転変』という現象。法則の書き換え。自己宇宙エゴの押し付け。


 機械の竜は渦巻状に流れる白い煙に覆われた。


 そしてその煙が晴れると、残っていたのはぬいぐるみのようなだった。


 正確には、小さくなった機械の竜の『転変』した、いやされた姿だった。


 荒れた乾燥した爬虫類の鱗はフェルト生地の重ね合わせとして表現されて、むき出しであった機械部分は金属光沢の出せるインクで彩色されたプラスチックに変換されていた。重厚で威厳あるその体構造はデフォルメされ、錆び褪せたその身体色は原色の彩度の高いものへと塗り替えられた。


 このぬいぐるみと化した半機半竜はそれでも命を失っておらず、生まれたばかりの小動物のように手を、足を、尾を動かした。


 それをキイは年長の姉が、生まれたばかりの妹にするように取り上げた。


 ボタンに変わったその竜の目をのぞきつつ、言った。


「メカ・ワイバーン、略してメワ。あなたの名前はメワちゃんですよ」


 その竜。かわいらしい竜のぬいぐるみの様な生き物は、鳴いた。


 ぎゅわあっ!と。


 そしてキイは抱きしめた。少女の全力で。




 キイ以外の三人が理解の及ばない光景に言葉を失っているとき、木々の葉が揺れた。


「なんてことだ。素晴らしい……‼ 珍しいデータが取れたことを感謝する」


 拍手しながら出てきたのは白衣を着た背の低い少女だった。遅れてメイド服を着た背の高い若い女も表れた。


 白衣の少女は一行の中で一番背の低いキイと同じくらい、いやそれよりも数センチ低い背丈で、大きな丸眼鏡をかけている。その眼鏡をよく見ると反転した文字と画像がうっすらと横方向に走っている。ARグラスであるんだろう。


 タクミは気づく。


「お前がこの竜を機械化したのか?」


「そうだ」


「いったい何のために」


「もちろん、『転変事象』の研究のためにだよ。正確には異獣のサイバネティクス化による物理法則との兼ね合いがどのように起こっているかという実験だがね」


 タクミは激高した。


「お前がやったことは、入ったばかりの生徒を傷つけ、もしかしたら殺す可能性だってあったんだぞ!」


「それは、この森に入ったという時点である程度の危険を引き受けたことではないか。傷つき、死にたくなければ少しの危険性であれこの森に入るべきでない」


「それは詭弁だ」


「詭弁? まあそうだとも言えるか。しかし、どちらにしても科学の発展は犠牲はつきものだ。もしこの森で犠牲者が出た場合、それを礎に科学は進歩していけるだろう」


「なんだと」


 タクミはマッドサイエンティストの少女に近づいてさらに詰問しようとした。


 そこで後ろに立っていたメイドが出てきて、タクミの前に立つ。その女の身長はタクミと同程度、つまり180センチ近くある。その無表情の顔をじっと覗くとあることに気づいた。


「ロボットなのか」

「そうですね。わたくしはマスターに創られたアンドロイドです」

「ちょっと、君ら、関係ない話をしないでいただきたいね」


 口をすぼめながらマスターと呼ばれた白衣の少女が口をはさむ。


「とにかくこの実験で死者は出なかったし、めったに得られないデータもとれた。誰にとっても万々歳の結果と思えるがね」

「だから、もし……ッ!」

「もし? しかし実際に被害者は出ていないのだよ?」


 タクミの顔は茹でダコのごとく赤くなり、歯を強く噛みしめ口角は上がりきっている。ユウカはそれに応えているのか、やったれやったれ!とやいやい罵り騒いでいる。


「そうだな。確かに可能性は否定できない。ならばその仮説には証明を。誰にも否定できない形で白日の下にさらそうではないか」


 は? という顔をタクミがした。


「だから、『決闘』だよ。君の力と私の被造物、つまりこいつなのだが……」


 白衣の少女はメイド姿の女を親指でさした。


「こいつには戦闘に耐えうるボディと多くの格闘家の戦闘技術データを詰め込んでいる。私の作品の中では抜群の戦闘力を自負しているね。これと戦って君が勝てば、私の作品によって被害者が出るということはありえないということになる」


 タクミは目の前の少女が言っていることを何一つ理解できない。


「だからね、タクミ殿。『決闘』することで見せてほしいのだ。その〈力〉を。まあこのままじゃ貴殿にはこのオファーを受ける理由にはならないな。なら私はこのをやめることを約束しよう。貴殿の勝利の暁にはね」


 では五日後、『決闘場』で! 詳細は追って伝えよう! と叫ぶように言うと、頼むとメイド少女に言づけた。素早くこのメイドは少女を抱える──お嬢様だっこにすると走り出して、唖然とこの事態を見守るしかなかった四人パーティーの元から走り去っていった。



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チェンジ・バトル・アカデミー @daisonkyu

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