第36話 決戦後半

 トム・カーマンの拳が目前に迫る。このままでは、吉斗の顔面に命中するだろう。

 だが、吉斗は諦めてはいなかった。

「ふっ!」

 トム・カーマンの拳を何とか躱しつつ、そのまま横に転がる。そして立ち上がってトム・カーマンの横を通り過ぎると同時に、あるものをポケットから取り出す。

 それは試験管であった。中には液体が入っており、栓がしてあった。

 吉斗は試験管の栓を外して、中の液体をトム・カーマンの顔面にぶっかけたのである。

「ワプッ!」

 突然かつ想定していなかった攻撃で、トム・カーマンは思わずその液体を口に含んでしまう。雑に口から液体を吐き、顔面を腕で拭うトム・カーマン。

「な、何を……!」

「どうだ? この戦いの必勝アイテムだ。お味はいかが?」

「最悪デスね……! 今まで味わったことない屈辱の味がしマス……!」

 吉斗の攻撃で、トム・カーマンの逆鱗に触れてしまったようだ。

「アナタには無残な死を与えます……! アナタのような人間は、神の国には要らナイ……!」

 そういってトム・カーマンは手で頭をがっちり掴むと、何か強く念じている。

 その時、どこからともなく犬、イノシシ、シカ、その他多数の動物が四方八方から迫ってくる。

「彼らは神の国に選ばれた優秀な使徒デス。これでアナタの命を刈り取りマス!」

 そんな言葉を聞かずに、吉斗は動物たちに攻撃する。

 イノシシの突進を避け、犬の噛みつきを蹴りでキャンセルし、シカの頭突きを受け止める。シカの角を持って振り回し、動物たちを寄せ付けない。

 シカをハンマー投げの要領で飛ばすものの、それでも動物たちは迫ってくる。特に汎用性に長けた犬の集団は、それだけで脅威である。

「ハハハハ! どうデスか、ワタシの使徒は! これで本当にジ・エンドにしまショウ!」

 そういってトム・カーマンはより強く念じる。

 動物たちは苦しみつつも、トム・カーマンの命令通りに動く。

 はずだった。

 突如として動物たちの動きが止まる。

「ン? 何をしているんデス? 早く彼を殺しなサイ」

 その瞬間、トム・カーマンは異変を感じる。

「な、何だコノ感覚は……? ま、まさか、『神の息吹』を摂取したワタシが、気持ち悪いのか……!?」

 息が荒くなり、片膝をついてしまうトム・カーマン。そしてそのまま、嘔吐してしまう。

「あ、相沢吉斗……! ワタシに一体何を……!?」

 息が上がった状態で、トム・カーマンは問う。

「俺がいつも食べているネギニラ草をすりつぶして希釈した液体をぶっかけた。遅効性だと思ったんだが、案外効くな」

「なんだ、そのふざけた名前の草は……! ワタシは『神の息吹』の被験者第一号デス……! どこぞの雑草とも知らぬ物になぞ負けまセン!」

 そういってトム・カーマンはポケットから何か錠剤を取り出し、それを飲み込んだ。

「ウォォォ……!」

 トム・カーマンの肉体がさらに盛り上がる。それに合わせるように、動物たちもゆっくりとだが動き出す。

「相沢吉斗……、今終わらせてあげマス……」

 トム・カーマンがゆっくりと一歩を踏み出したときであった。

 彼の体は地に伏す。

「……は?」

 彼は今の状況を理解していないようだ。肉体の様々な場所から血が噴き出し、筋肉は急速に縮小していく。

「こ、これは……?」

「これがネギニラ草の本当の力だ」

 トム・カーマンの目の前まで吉斗が歩み寄る。

「正確にはネギニラ草に付着している細菌の効果だ。この細菌は人間に寄生する種類らしい。普通なら特に影響を与えることはないが、体内に合成麻薬がある時に働き出す。細菌が麻薬を分解して、中毒状態から解放するらしい。ゴンさんが確認したから間違いない」

 遠くで見ていたゴンが頷く。

「そ、そんな都合の良い事があっていいわけがありまセン……! それに、『神の息吹』は完璧なはずデス……!」

「この世に完璧なんてものはないんだよ。特に自然界ではな」

 吉斗はトム・カーマンの前にやってくると、しゃがみこんで彼の顔を見る。

「どんな状況であっても適応する。それが生命体というものだ。お前の雑な想像なんかに負けない」

「くっ……」

 トム・カーマンの体から大量の血液が流れ、筋肉はほとんどなくなる。体を支える筋肉すらもなくなっただろう。

「ワタシは、こんなところで、負けるの、デスか……?」

「あぁ、お前の負けだ」

 吉斗は立ち上がり、こう言う。

「だが、お前のしたことは忘れない。そしてこの世界で生きる。『グリムリーパー』と共存する世界を生き抜いて、お前の罪を未来永劫言い伝えてやる」

「そんなこと、ワタシが、許さ、な……い……」

 トム・カーマンの息が絶える。人類最大の敵は、今ここで死んだのだ。

「吉斗……!」

 亜紀がレミの肩を借りながら、吉斗の元にやってくる。

「……本当にこれで良かったの?」

「これ以外の選択があるとは思えないけどね」

 そういって出口のほうに向かって歩く。

「汚染された世界はもとに戻らない。コーヒーとミルクが混ざったようにね。でも、そんな世界でも生きてくことは出来る。人間も、動物も、そんなに弱い存在じゃないからね」

 そう言った吉斗は、トム・カーマンのほうを見る。

 彼は弱い存在だったのだろう。だからこんな世界にした。そのツケが回ってきたのだろう。

 吉とはそれ以上のことは考えないようにした。

 今は、この世界で生きることを考えるべきだ。

「じゃ、帰ろうか」

 こうして、吉斗たちは帰路につくのであった。

 新しい世界の、自分たちの家へ。

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薬物地球 紫 和春 @purple45

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