第35話 決戦前編

 長野市役所。その庁舎の中に、トム・カーマンと亜紀はいた。

「さぁ、食事の時間デス。今日は焼きそばというものを作ってみまシタ」

 そういって出来立ての焼きそばをペットボトルの水を机に置く。

 亜紀は、とある柱と縄で繋がれており、移動範囲が制限されていた。

 椅子に座るものの、目の前の焼きそばに手をつけようとしない。代わりに未開封のペットボトルであることを確認して、水を飲んだ。

「また食べないつもりデスか? 若いうちのダイエットは体に良くないデスよ?」

「別にダイエットしてる訳じゃない」

「アナタがここに監禁されてもう1週間デスが、結局水しか飲みませんでしたネ」

「当然でしょ。食べ物に何が入ってるのか分からないじゃない」

「ワタシは聖人でありますので、そんな卑劣な事はしまセン。もう少し信用して欲しいデスね」

 そういってトム・カーマンは焼きそばを下げ、亜紀の代わりと言わんばかりに焼きそばを食べる。

「こんなにおいしいのに……。これがモッタイナイってヤツですか」

 1分程度で食べきってしまう。

「それに、アナタの体の中にはすでに『グリムリーパー』が存在していマス。今更『グリムリーパー』の過剰摂取オーバードーズくらい、なんともないでショウ?」

「それじゃあ人じゃなくなる。そんなの、私自身が許さないし、許せない」

「ウーン、困ったものデスね……。そもそもワタシのことを信用していないのデスか?」

「当然よ。何も信用出来ない」

「ボーイフレンドの彼の事もデスか?」

「それは……」

「まぁ、いいでショウ。ワタシから言えることは一つデス。アナタも『グリムリーパー』を摂取して、神の国の一員となりまショウ」

「……嫌」

「そうデスか……」

 そういってトム・カーマンは監視カメラの映像を見る。

 まだ遠くにいるようだが、誰かが近づいてくる様子が分かるだろう。

「やっと来ましたか。迎えにいきまショウ」

 監視カメラの映像通り、その人物は吉斗であった。

 後ろにはレミとゴンもいる。

 長野市役所の前に立つと、そこにトム・カーマンが現れた。

「お待ちしてまシタ」

「戦う前に、亜紀を返してもらう」

「彼女はまだ拘束していマス。まずは決戦の場へ行ってから、お連れしマス。ワタシについてきてくだサイ」

 吉斗は数秒考えた後、トム・カーマンの指示通りについていく。

 その道中、吉斗はトム・カーマンに質問する。

「亜紀は無事なんだろうな?」

「当然デス。ワタシは聖人ですから、彼女を傷つけるような真似はしまセン。ただ、何かを警戒して食事は一切しまセンでした。おそらく、『グリムリーパー』を警戒していたのでショウ」

「本当に手を出してないんだな?」

「当たり前デス。ワタシは再臨したイエス・キリストなのデスよ? 人々を救うことが目的デス」

 そんな話をしているうちに、庁舎の裏側に出る。そこには、建設現場で見られるようなプレハブ小屋が一つ建っていた。扉がやたら大きいのは、トム・カーマンのような人間が出入りするのを前提にしているのだろうか。

 トム・カーマンが中に入り、吉斗たちのことを招き入れる。

「何も罠はありまセンよ」

 吉斗はちょっと警戒しながら、プレハブ小屋へと入る。続けてレミとゴンも入った。

 全員が入ったのを確認すると、トム・カーマンは小屋の隅にあった台を操作する。

 すると、ガコンと小屋全体が揺れた後、床そのものが下に向かってゆっくりと降下しだす。

 5分ほど揺られていると、とある場所に到着する。そこは地下ながらも、巨大な空間を有していた。

「こちらへどうぞ」

 トム・カーマンが先頭に立って案内する。これまたしばらく薄暗い場所を歩くと、突如目の前にスポットライトが照らされる。

 そこには、椅子に座っている亜紀の姿があった。

「亜紀!」

「吉斗!」

 亜紀は椅子から立ち上がると、吉斗のもとに駆け寄り、そのまま吉斗のことを抱きしめる。

「亜紀、何か変なことはされてないか?」

「うん、だいじょう……」

 その時、亜紀が膝から崩れ落ちる。

「亜紀!」

「ごめん……。この1週間、ちゃんとご飯食べてなかったから……」

「とにかく安静にしてて。レミさん」

「ちゃんと見守ります」

 吉斗は亜紀をレミに預け、トム・カーマンと対峙する。

「準備はいいデスか?」

「いつでも問題ない。お前の事なんかぶっ飛ばしてやる」

「おー! いいデスね、その闘志! 非常に力強く感じマス」

 そういってトム・カーマンは、右手を上げてパチンと指を鳴らす。

 すると、薄暗かった空間が真昼のように明るくなった。

「では、ダンスバトルしまショウ」

 トム・カーマンは、右足を思い切り下げて前傾姿勢になる。

 それを見た吉斗は、ファイティングポーズを取った。

 トム・カーマンの巨体が一瞬沈むと、次の瞬間には吉斗との距離を縮める。その移動はまるで、縮地を使っているようであった。そのまま右の拳を振るう。

 常人なら反応出来ない速度でも、吉斗は反応出来る。振るわれた右フックを躱すように、一度後方に下がって受け止める。

 それでもトム・カーマンのパンチは重い。吉斗は受け止めきれない勢いを、そのまま後方に下がるエネルギーに変換する。

 しかしまだトム・カーマンは迫ってくる。今度は両手での連続ジャブだ。吉斗は少しずつ下がりながら体を動かして回避する。

 そして吉斗は一瞬体を下げると、下からアッパーをかます。トム・カーマンはそれをバク転で回避した。

「なかなかやりマスね。でもワタシの本気を引き出すほどの実力ではないデス」

「なら、こっちから行く」

 吉斗は身を屈めて、思いっきりジャンプする。そしてそのまま踵落としをする。

 トム・カーマンは両腕でガードする。ダメージは全く受けてないようにも見える。

 吉斗は、トム・カーマンの両腕を蹴って彼の後ろに瞬時に移動すると、そのまま反動で背中に蹴りを入れる。

 だがそれも、まるで鋼のような筋肉によって防がれた。

 そこでトム・カーマンが体をひねって腕を鞭のように振るう。その攻撃が吉斗の脇腹にわずかに当たり、吉斗は弾き飛ばされてしまう。

 何とか姿勢を立て直そうとする吉斗だが、そこにトム・カーマンが急激に接近した。

 そしてそのまま殴り殴られの攻防戦になる。

 トム・カーマンの攻撃は激しく、柱や壁に大きな穴とヒビを入れる程だ。

 何とか攻撃を躱している吉斗だが、防御中心になり、どんどん劣勢になってくる。

「どうしまシタか!? もう攻撃は終わりデスか!?」

 自分が優勢であることを認知したのか、トム・カーマンは煽ってくる。これに乗ってしまっては、相手の思うつぼだ。吉斗はガン無視を決める。

 だが、劣勢であることには間違いない。とにかく態勢を立て直さなければならないだろう。

 一瞬居場所を把握するために、周辺を確認した時だった。

「そこッ!」

 トム・カーマンの重い一撃を食らってしまう。そのまま地面を転がる吉斗。

 止まったときには、頭上にはトム・カーマンの拳があった。

「ここでジ・エンド、デス」

 そういって拳が降り降ろされた。

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