でら暑い

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

「八丁味噌」「VR」「ドカチン」

「ヒャーリャート一つ頼むわ」

 親父がボリボリとどこかをきながら言ってきたので金は、と聞くとテーブルの上に財布があるだろなんぞとのたまう。なので遠慮なく札を抜き取って、釣りでアイスでも買おうと考えた。

 グラスを外して外へ出る。

 暑い。とにかく暑い。どえりゃあ暑い。でら参った。

 コンビニへ行くまでの間にも太陽はギラギラと輝き、逃げ場もないまま、よたよたと街をいく。——と、扇子せんすをパタパタとさせながら有希子がおみえになって、あっちゃーん、なんて呑気のんきな声をあげた。

「あっちゃーんじゃにゃーで。なにしとん?」

「でら暑いもんで味噌煮込み食べてきた」

「なんで!?」

「心頭滅却すれば疎にして漏らさずって」

 たまに有希子はよくわからないことをいう。まあ暑いときほど熱いお茶を飲め的なことだろう、きっと。

「あっちゃんは?」

「おつかい。一緒にいくまい?」

「なに? どこ行くの? コメダ?」

「おつかいっていうとるがね。ハイライト買いに行くだけ」

「ハイライト!」びっくりしたように有希子はいい、それからふうっと息を吐いた。何故か憐れむ目を向けて、

「つまらん。味噌カツでも食べにいくとき誘ってくれたまえ。ほんじゃあねー」

「ちょー! 八丁味噌の権化め!」

 暑い。でら暑い。アスファルトがちんちんに焼け、ドカチンのおにーさんもへばって溶けている。そういえば民生が暑い夏の歌を歌ってて、やっぱり出だしは「工事中」だったなあなどと考える。本当に暑いとドカチンも止まる。溶ける。動けないのかもしれない。


 近所のコンビニではなく、どうしてここまで来たのか。昔ながらの煙草屋。はあはあと舌を出しながら誰もいない窓口に立ち、おばちゃーん、と声をかけようとして気づいた。

 抜き取ったはずの札はなく、小銭もなく、財布の中にはカードしかなかった。



 どうしようもない親父。ろくに働きもせず偉そうにして、いつも母さんを泣かせていた——いや、母さんは泣きはしなかった、いつも歯を食いしばって、それでいてこちらを見るときは柔和にゅうわな眼で微笑んでいた記憶しかない——なのに、どうして?


 アイスを食べながら玄関を開け、そして誰もいない居間へと戻る。


 ジリジリジリとノイズにしか聴こえない蝉の声を聞きながら、あたしは卓袱台ちゃぶだいのVRグラスを手に取る。かけようか、かけまいか逡巡してから、やっぱりかけるのをやめる。

 そうして買ってきたハイライトを仏壇に供え、線香も炊かずにかねを鳴らす。

 でら暑い。

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