笑う門には福来る

西木 草成

同時接続数 2名

「それでは、面白かったらチャンネル登録、高評価をお願いしますっ! はい、では今日も乙サイコロー」


 配信のバックモニターで流れている自分の疲れた表情に辟易としながら、明はパソコンの画面に表示された配信停止ボタンを押す。ふと隣を見れば、同じように疲れた表情をした相方の博樹がこちらをなんとも言い難い表情で見ていた。


 明と博樹はコンビの芸人だった。中学時代からの友人関係で、田舎でクラスの連中相手に漫才を披露していたのが芸人を志すきっかけだった。クラスでの漫才の披露はやがて文化祭の目玉にもなり、実際多くの人を笑わせてきた。


 これならいける。


 俺たちはプロを目指せる。


 そう言い出したのは明だった。高校卒業後の進路はもちろんお笑い芸人。コンビを組んでいた直樹も一緒に夢を追って東京へと旅立った。


 だが、面白いだけのやつなんてのはそこらじゅうにいた。


 自分たちのやるお笑いなんて掃いて埋もれるほど平凡だった。


 周りに負けないために、掃き溜めのようにたくさんのネタを作り出した。余った時間をバイトで埋めて、それでもここで終わってたまるかと必死に東京という土地にしがみついて生きてきた。


 そんな折、バイトの金で手に入れたパソコンを使ってYoutuberをやろうと直樹が言い出した。人気のにの字もなかった二人だったが、ネットの海に少し身を出せば目に留まる人もいるのではないかというのが直樹の主張だった。彼の考えは確かに理解できた、少しでも多くの人の目に留まれば少しはこの停滞した日々を抜け出せるのではないかと考えていた。


 初めは、自分の持ちネタを投稿するだけの日々が続いた。編集など一切していない何の面白みのない画面。だが、そんな画面でも名ばかりの登録者が少しづつ増えてゆくのが徐々に楽しみになっていた。

 

 だが、所詮はただそれだけ。一銭にもならないことの繰り返しであることには何ら変わりはない。金がないから派手さもない、バイトがあるから時間は限られている。なら企画力で勝負をするしかない、そこで二人が考えたのがサイコロゲームだった。


 サイコロゲームのルールはいたって単純。一から六の目のサイコロを振り、あらかじめ書かれたお題をクリアしてゆくもの、たったそれだけのことである。しかし、その単純さが少しだけウケたのか生放送の動画で初めて同時接続が二桁にいった企画である。


 だが、それも一回だけのこと。結局一時は伸びたものの、再び再生回数が伸び悩む日々が続いた。


 最近でも、同じ企画の繰り返しで面白みが一切なくなり、自分自身でも全く面白さが欠けていることは目に見えていた。


「いいかげんこの企画やめねぇ? いくらやってもつまんないだけだし。それに変わり映えのないことやってたって意味ないって」


「……」


 直樹の言葉を無視し、明はパソコンの前で立ち上がるとそのままキッチンへと向かう。キッチンの端には分別のされていないゴミ袋が散乱しており、そこから発した臭いに少しだけ顔を歪ませる。


 浄水器の水をヤカンに溜めたあと隣のコンロに火をかけしばらく待つ明。


「なぁ……、流石に。そろそろしんどくないか……?」


 博樹の言葉に一瞬だけ反応をする明。だが、彼の方を振り返ろうとはしない、あくまで視線の先は火にかけられたヤカンだけを見ている。


 彼の言っていることは理解できる。いや、彼のいうことは正しかった。


 東京という土地で、自らをセールスする日々。


 周りで芽を出している奴もいれば、そうでない奴の姿をたくさん見ている。そして、そうでないやつはみんな田舎に帰っていっている。明とて例外ではない。いつまでも夢を追い続けることができるわけがない、実際親からは田舎に帰って職につけと口をすっぱくして言われている。


 だが、それでも。明は諦めることができない。


 その理由がある。


 ズボンにしまっていたぐちゃぐちゃのセブンスターを取り出し火をつける。吐き出した煙は大きな音を立てて回る換気扇に吸い込まれて消えていった。


「……青森に行けば。まだ笑ってくれる人。いっぱいいると思うぜ? 何も東京でやる必要はないじゃないか。でかい夢、背負っていけるほど。俺たちは強くなかったんだよ」


「……」


「……なぁ。やっぱり、青森に……っ」


 セブンスターの箱を握りしめる。勢いよく振り返り、涙で滲んだ目で明は握りしめたそれを勢いよく。


 誰もいない部屋に向かって投げつけた。


 飛び散ったタバコ、


 空虚な部屋に響く換気扇の音とやかましいヤカンの音。


 膝から崩れ落ちて両手で顔を覆いながら、そこから流れる涙を床に目一杯染み込ませる。


「お前が……、お前が。それを言うのは違うだろ……っ。ヒロ……っ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。視線の先にあったのは、本棚の上で明と博樹の二人で撮った居酒屋での満面の笑みを浮かべている写真。


 そして、その隣置かれた位牌。


 博樹は白血病だった。

 

 今から半年前。バイト先で突然鼻血を出して倒れた彼が病院に運び込まれて検査を受けた時にはすでに手の施しようがないほどだった。突然のことで何が目の前で起こっているのか、終始明には理解することができなかった。


 だが病院のベットの上で、見る影もないほどに痩せ細った博樹が最後に言った言葉だけは今でも胸の中に残っている。


『……俺の人生のオオトリ、お前に任せた。向こうにまで響くくらい、大笑いさせてやれ』


 唯一無二の親友であり相方から頼まれた最後の願い。それは、あいつのいる場所にまで響くくらいに客を大笑いさせること。


 その約束を守るまで、たとえ死んでも芸人を辞めることはできない。


 あの時一緒に見た夢を終わらさないために、今を必死に足掻いて生きている。だから、今こんなところで泣いているわけにはいかないのだ。


 けど、


 だけど、


 それでも、


 あまりにも現実は非情で、誰も振り返ってくれなくて。こんな面白い奴がいるのに、こんなにも一生懸命にやってる奴がいるのに。誰も気に留めることはない。


 悔しい。


 悔しい。


 悔しい。


「……俺。もう……無理だよ……ヒロ……。お前のいない世界じゃ、何も楽しくないんだ……」


 博樹の好きだったセブンスターをゆっくりと拾い集めながら、それを大事に抱えながら不安に押し潰されないように立ち上がる。散らかった二人の部屋は足の踏み場がないほどにものが散乱している。


 だが、そのどれもが彼と過ごしてきた記憶でもあった。


 ふと、地面から目を離し表を上げる。


 壁に貼られているのは、今まで自分たちが書き続けてきた笑いのネタ。いつでも自分たちのネタを目に入れておいていつでも確認できるようにと二人で考えた凡人なりの工夫だった。


 その張り紙の中の墨で書かれた一枚に思わず明は手が伸びる。


「……客よりも……まずは。自分が笑顔でいろ……笑わないやつのそばで、笑う奴は誰もいない」


 最近は忙しくて全く目に入ってこなかった壁の張り紙。その中の一枚を思わず読み上げる。それは、明と博樹がコンビを組んだ中学生時代からずっと掲げてきた目標だった。


 自分は、今笑えているだろうか。


 笑わないやつに、誰かを笑わせることができるのか。


 ふと、誰かに頭を殴られたような気がした。それは、人を叱って殴るようで。つまんないボケをかましたときにツッコむ相方のようで。


 笑わせることを任したやつが、泣いてるんじゃねぇよ。って、ツッコまれたような気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はい、今日の企画はですねぇっ! 闇鍋ですっ!」


 明は再びパソコンの前に座ってYoutubeの生配信をしていた。手元には土鍋があり、そばにはお題の書かれた一枚の紙、そこには鍋に入る具材がたくさん書かれていた。


「いつもおんなじサイコロじゃつまんないですからねっ。今日はこちらっ、アマゾンで手に入れた二十面あるサイコロで闇鍋をして行きたいと思いますっ!」


 笑顔でやれているだろうか。


 綺麗になった部屋を背景に、バックモニターで自分の顔を確認しながら配信を行なっている。同時接続人数は十二人とここ数ヶ月で一番の人数である。


「それじゃ、早速サイコロを……っ? ん? なんだこりゃ、いやいや。これ、普通すぎるっしょっ!」


 明が指差したのは十二番目の食材である『野菜』である。


 自分でボケとツッコミをしながら、マジックを取り出し『野菜』と書かれた欄を消し、そこに『ハリボーグミ』と書き加える。


「それでは、今日はこの具材でやっていきたいと思います。面白かったらチャンネル登録よろしくっ!」


 満面の笑みでグーサインを出す明。


 オオトリまではまだ遠いとは思う。


 笑わない奴のところに笑う奴は来ない。


 だからせめて、笑顔で走り抜いていこう。


 ヒロ、お前のいない世界を、走り抜いていくよ。

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