エピローグ
その後――ある日の放課後の事だ。
鞄を肩に掛け、いつものように昇降口を出た所で鋭い日差しに気づいた。
まだ暑さが程よく残っていた。冬服にするには早かったかなと思いながらも俺は歩を進めた。
秋晴れの下、グラウンドでは丁度陸上部と野球部が練習を始めており、賑やかな掛け声が行き交っている。
その喧騒を後ろに聞きながら、俺は校門へと向かう。
「先輩!」
不意に声がしたので振り返ると、息せきながら走ってくる唯衣の姿。
その格好はいつも体育館で見ていたバスケ部の練習着姿だった。
どうやら開放されている体育館横の出入り口から出てきたようで、遠く館内からはバスケ部のドリブルのバウンド音が絶え間なく聞こえてくる。
「どうしたの。練習は?」
「あれからずっと見ていなかったので」
そう言って唯衣は律儀にも深々と頭を下げる。
「私のせいです! 私がボール増やしちゃったから」
まだ下校途中の生徒達が歩いているので気まずくなる。
俺は周りの視線に耐えられなくなって唯衣の顔を無理やり上げさせる。
「違うって」
「おまけに先輩追試地獄だったんですよね? 私のせいで迷惑までかけちゃって」
両手で俺に顔を押さえられながら、唯衣は今にも泣きだしそうな声を上げる。周りを歩いていく生徒達の視線がいよいよ痛くなり始める。
これじゃ俺が下級生をいじめているみたいじゃないか。
「だあああああっ。もう分かったから! 君が練習してるのを邪魔した俺だって悪いんだよ。今回の騒動はお互い様だって」
そう言って唯衣を最大限フォローしようと必死になる。
実際、俺のせいで唯衣が練習に集中出来なかったのも問題はある。
彼女が俺のくだらない執着に付き合っていなければこうまで大ごとにならずに済んだのだ。
特殊な梯子台車で天井のボール全てを撤去するのは相当な費用がかかっただろう。だが、彼女は俺と共に叱責を受けたのだった。
彼女が一言、巻き添えを喰らったとでも言えば、俺は全ての罪を被るつもりだった。
しかし、唯衣はあくまでも自身も共犯だったと小森に訴え続けていた。
「分かりました」
ようやく顔を上げる唯衣。眼の奥に見えていた罪悪感の涙は既に乾ききっている。
「じゃあ、もうこれっきりだな」
「私は先輩の友情に動かされただけです」
もうこれ以上関わるな。俺はそう伝えたかったのだが、唯衣はこれ以上無いお人好し全開な笑みを浮かべた。
「先輩の話を聞いて、絶対手助けしたいって思ったんですっ。だから、気に病まないで下さい」
「分かった。分かったからあんまり大きな声出さないで……恥ずかしいから」
「ハッ」
ようやく気付いたのか、唯衣は咄嗟に口元を押さえる。
元々運動部で声出ししているせいか、周囲の生徒に丸聞こえの声で唯衣は話していたのだ。
「ジュースでも何でも奢ってやるから。だから……それでチャラだ。これ以上俺に関わると、君まで内申を下げられるよ」
そもそも体育館のあのやり取り以外で俺と唯衣に接点は無いのだ。
「なら」
「……?」
しかし、唯衣は視線を俺から逸らさない。大きな瞳はじっと俺を見つめ続けていた。
「今度の試合、見に来てください」
「え?」
「秋の新人戦です。一応レギュラーで出れる事が決まったので!」
それを言うために、唯衣はわざわざ俺を見つけるなり体育館から出向いてきたのだと言う。
「先輩が適当なとこに立っていればスリーポイントも緊張せずに打てそうなので」
くすくすと口許を隠しながら、唯衣の笑いが零れる。手元から伸びる彼女の長い指先にはテーピングが巻かれていた。
俺は夕空を見上げた。ちぎれ雲が東から西へと急速に動いていく。
それと同時に、俺の中にずっとつかえていたモヤモヤも晴れた気がした。
「分かったよ。行くからスリーポイントも必ず決めろよ」
「任せてください!」
俺はこの可愛らしい後輩の頭を撫でて、別れを告げた。
遠く離れても、懐いた猫のように唯衣はこちらを見つめていた。
「本当しょうがないけど……」
バカげた出来事を通じて出来た、奇妙な腐れ縁だった。
だが……
「孝、ありがとな」
俺と唯衣の絆を繋いでくれたのは親友の孝でもあった。孝がもしあの場所にボールを挟めなければ、こんな事にはならなかったはずだ。
俺は彼が残していった絆をしっかりと握り締めようと、強く思った。
友との約束は体育館の天井に。 サンダーさん @DJ-cco-houjitea35
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