サイドストーリー 覚醒

御厨省吾が妻の由利子と結婚したのは、両親がセッティングした見合いだった。

 仕事が楽しくて身を固めるつもりはなかった。それに省吾の容姿と財力という甘い砂糖に群がってくる女たちと、適当にセックスをして遊んでいるほうが楽だった。

 しかし異業種交流会で由利子を、夫婦揃って見初めたために省吾は断れなかった。だから見合い当日も、仕事同様な気構えで約束のホテルに向かった。

 高級ホテルに入っている、ランチでさえも五千円以上はする中華料理店の個室。一流ホテルで働く人間の気持ちのいい案内を受けて、予約していた部屋に案内される。

 省吾は、一流とされる場所に出向くのが好きだった。恭しく頭を下げて、執事がいたらこんな感じだろうかと思わせる、佇まいと言葉使い。実に気持ちがいい。

「お連れ様が、先にお待ちでございます」

 案内係がノックをしてから重厚な扉を開けた向こうには、省吾の両親が座っているだけだった。

「何だ。まだ、相手は来てないの?」

 省吾は、空いている母の隣に勢いよく座った。

「省吾。いつお見えになるかわからんだから」

 淡い藤色の着物を身にまとった母の冨美子は、寄り道して帰ってきた子供を叱るみたいな顔をしている。

「省吾。今回の娘さんは、本当にいいぞ。あんな子が義理でも娘になってくれたらと、私と母さんの意見が一致した人なんだ」

「ふうん。その女は美人なの?」

「美人だぞ。なあ? 母さん」父、良隆の隣にいる冨美子に話を振る。

「ええ。とっても綺麗な女性よ。省吾はまだ結婚なんて早いと思っているでしょうけど、あなたみたいな子は、早く結婚して身を固めたほうがいいのよ」

「でもまだ、仕事も一人前ではないし、やっぱりまだ結婚は早いと思うけど」「高校生、いや中学生の頃から散々、遊んできたでしょ?」

 省吾がびっくりして冨美子の顔を見た時、視界に良隆の顔も入ってきた。二人とも省吾の女遊びを全て知っていたんだと、初めて知った。

 省吾自身、両親の前では優等生を演じてきて隠していたから、二人が知っていた事実にはかなり驚かせられた。

 何かを言おうとした時、部屋にノック音が響いた。

「お連れ様をご案内いたしました」

 濃い紺色のスーツに水色のネクタイの男性と、薄い水色に菖蒲の絵柄が入った着物の姿の年配の夫婦が入ってきた。どう見ても省吾の両親より一〇歳は上だ。

 最後に女性が入ってきたが、省吾はこの日、生まれて初めて目を奪われる体験をした。

 クリーム色のワンピースに、細めのベルトでウエストを締めていて、豊満な胸が強調されている。スカートの下からはスラット伸びた白い足。

 魅力的なのは身体だけではない。顔が省吾の的の中心を射抜いた。ぷっくりした血色のいい口元と大きくも小さくもない目元が一番、省吾の好みだった。

「今日はどうもお忙しいなか、このようなセッティングをして頂きまして」と先方の父親が話している途中で、良隆が言葉を遮った。この場の流れから感じたのは、どうやら御厨家が先方よりは立場が上だということだ。

「久住さん。そんな硬い挨拶はいいですから。さあ、お座りになってください」耳に言葉が入ってくるけど、理解をしないまま、でも身体が呼応して省吾も着席する。ただただ省吾は、目の前の自分の妻になる女性に目を奪われていた。

「省吾、こちらが久住由利子くずみゆりこさんだ」

 良隆に紹介された省吾は、思わず授業で当てられた生徒みたいに立ち上がって、自己紹介をした。

「御厨省吾、二五歳です」

 由利子の身体が、省吾の急な大きな声の自己紹介で、小さく跳ねた。でもすぐに表情を崩して、柔らかい笑みを浮かべた。

 見合いをしてから、時間さえできれば由利子をデートに誘った。もちろん今までの女たちとを全て整理をした。

 由利子も省吾を気に入ってくれているのは、伝わってきていた。そして見合いをしてから三ヶ月後に、省吾は由利子にプロポーズをした。



 結婚をして一年も経たないうちに、由利子が妊娠した。省吾の両親も久住家も大喜びだった。

 ただ生まれてきた娘を見た省吾は、眉を顰めた。どう見ても、生まれてきた娘の色素が薄かったからだ。

「色の薄い子だわ。何かの病気とかかしら」

 由利子が今にも泣きそうな声をだした。一瞬、浮気でもして出来た子供かと頭を過ぎったが、由利子の性格上それはないと声を聞いて省吾は我に返った。

「一度、検査をしてもらおうか」

 由利子を安心させるためにも、省吾はすぐに看護婦を呼びに行った。

「すみません。御厨ですが、うちの子供、色素がかなり薄くないですか? 何かの病気とかではないですか?」

 ナースステーションに身を乗り出す格好で、そこにいた看護師に話しかけた。「いえ? 元気な娘さんで何の異常もありませんよ? 今は色素が薄くても、成長するに従って濃くなってくるんで心配ないですよ。たまにいるんですよ。娘さんみたいな赤ちゃん。大丈夫ですよ」と看護師が、省吾の心配と正反対の呑気な間延びした声で返してきた。

「あら?省吾。何かあったの?」

 振り向くと、冨美子と由利子の母、聡美が揃って立っていた。

「いや、子供の色素が薄いんだ。だから心配で」

 女親二人は示し合わせてみたいに顔を見やっている。

「とにかく病室にいきましょうか。ねえ? 久住さん」と冨美子が主導権を握って病室に向かう。聡美も「そうですねえ」と嬉しそうな顔をしていた。

 省吾は二人の後ろに従いて病室に戻った。

「由利子さん。こんにちは。あら、何て可愛い赤ちゃん! ねえ聡美さん」

「本当に! まさか話していたことが本当になるなんて」

 由利子も省吾も、二人の言葉の意味が分からなかった。

「お母さん」

 冨美子と聡子が同時に由利子を見る。確かに、冨美子も結婚をしたから義理の母になるから反応するのは当たり前だった。

「省吾さんにも相談したんですけど、色が……色素が薄いと思いませんか?」

 由利子が、不安げに二人の母親に訴える。

 省吾は母親二人を、後ろから眺めていた。二人が顔を見合って、意味ありげに笑ったあと、冨美子が小さなベッドに寝かされている娘を抱き上げると、聡子が隣に並んで覗き込みながら指で頬を触り始めた。

「聡子さんと待ち合わせて病院に来たんだけど、うちの御厨も久住家にも面白い共通点があるのが分かったの。ねえ? 聡子さん」

 冨美子は楽しいのと嬉しいのが混ざった顔をして、顔にシワを多く作っている。

「由利子、それに省吾さん。二人の赤ちゃんね、覚醒遺伝よ多分。お互いのご先祖様に、外国の血が混ざっているのよ。冨美子さんと家のことについて話していて、今お互いに知ったところなの。だから来る途中、ご先祖様の血が出たら凄いわねって話してたから、本当にそうなるなんてねえ」

 冨美子も聡子も、仲のいい中学生二人組みたいに「ね?」と言い合っている。

「俺、初めて聞いた」省吾が声を出すと、由利子も「私も」と声を出した。

 冨美子が「だって、私も初めて言ったんだもの」と口に出すと「私もよ」と聡子が続く。

「それで、名前は決めたの?」

 冨美子が抱いていた娘を聡子に預けて、二人に聞いてくる。二人の母親越しに、由利子と目が合った。

 お腹の子供が女の子と分かっていたから、二人で決めた由布子という名前があった。しかしこのまま成長したら、見た目と名前がアンバランスな気がする。

 由利子も同じなのか、眉が少し八の字なった顔になっていた。

「はい、パパに抱っこしてもらいましょうねえ」と聡子が娘を押し付けるみたいに、抱かせてきた。

 省吾はとにかく落とさないように、でも潰さないように抱きかかえた。

 生まれたばかりなのに長い睫毛。光の加減で金色に見える髪。白人に近い色白の皮膚。その癖に唇が血を吸ったみたいに血色が良くて赤い。

 自分と由利子の子供のはずなのに、他人の、それも外国人の子供を抱いているみたいだった。

 娘の瞼がゆっくりと開く。瞳の色が黒でも茶色でもない、緑がかった色をした中に、省吾が閉じ込められている。

「マリア」娘の瞳から目を離せずにいた省吾の口から零れ出た。まるで赤ん坊が省吾の口を借りて、自分の名前を名乗ったみたいだった。



 マリアは元気に、そして子供にはそぐわない美しさを備えて成長した。

 休みの日に出掛けると、誰もが振り返る美少女。由利子も省吾も人の羨望の眼差しが快感になっていた。同時に、美しさも成長する娘のマリアから、父親である省吾自身も釘付けになっていた。

 ある日、コンビニの帰りにマリアが同じくらいの男児と歩いているのを目にした。

 二人は笑い合いながら並んで歩いていたが、一緒にいる男児に省吾「俺のモノに、汚い手で触るな!」と叫びそうになった。

 省吾は自分の心の叫びに戸惑った。マリアはモノではないし、大事に育ててきた自慢の美しい娘だ。それなのにたかが同級生の子供相手に、仄かな殺意が過ぎった。

 子供は成長すれば親の手を離れていくのは理屈では分かっている。恋愛をして男に抱かれるのも男女になれば当たり前で、由利子と出会うまで省吾自身も散々、女とセックスを楽しんできた。

 でも、マリアが他の男に汚されると思うと、絶叫してありとあらゆる物を壊したい衝動に駆られる。

 光に透けると金色に輝く髪。雪みたいに白く、滑らかな肌に赤い唇。何より翡翠を思わせる美しい瞳。

 省吾はふと、今までどうやってマリアと過ごしてきたを考えた。

 本当に娘と思って接してきたつもりだったが、どこかで自分だけのマリアだと思っていた。

 由利子と話すよりマリア。全ての順位はマリアが一番で二番が由利子。

 実は、マリアが生まれたあと、由利子とはセックスをしていなかった。最初は、産んだあと由利子が怖いと言ってできなかったのもあるが、何となくお互いに欲情しなくなっていた。

 それでも男である省吾がある程度発散させる時は、マリアが成長したらどんな風になるのか想像していた。

 あくまでも自分の中ではマリアを元に想像した女のつもりだったが、今思えば、マリアに欲情している自分を誤魔化していたのかもしれない。

 そうだ。俺はマリアを娘ではなくて、女として見ているんだと省吾は悟った。そして自分好みの女に育てていると自覚した。まるで光源氏だ。

 なら誰かの手で汚される前に、父親である自分が汚せばいいし、マリアの初めては全て自分にしたい。マリアはパパっ子だし、嫌がらないだろう。

 省吾は新しい自分に生まれ変わった気分になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女とオトコ 安土朝顔🌹 @akatuki2430

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ