エピローグ
「それじゃみんな、今日はありがとう! またねー!」
それに応える子供たちの「バイバーイ」を背に、ミサキは舞台袖にはけた。
少し離れた控室まで歩きながら、軽く深呼吸。身体は汗ばんでいる。
控室代わりの白い簡易テントに、幕を腕で押しずらしながら入る。
テントの中は風が通らず、力なく首を振る扇風機が、その熱気を余計かき回しているだけに感じる。
長机の周りにある、折り畳み椅子の一つに腰を下ろす。
ふと、ミサキは一年前の出来事を思い出した。
唐突に我々を襲った未曽有の危機。
改めて思い返してみても、実感がわかず、地続きの現実とは感じられなかった。
だが、結果として危機は去り、地球は救われ、今の私たちが存在する。一人の尊い犠牲によって。
それは、とても不思議な感覚だ。
「あっちぃ」
そう呟きながら、着ぐるみがテントへ入ってくる。
「おつかれさま」
ミサキが朗らかに声をかける。
着ぐるみは、自分の頭部を両手でもぎ取るように外し、かわりに汗で髪の濡れたヒビトの顔が現れた。
「夏の着ぐるみは拷問だろ。下手したら死ぬぞ」
その頭からは、湯気が上がる。
そんなヒビトに、足元のクーラーボックスから取り出したペットボトルを、笑顔のミサキが渡した。
◆
結局、室長が不在となった「スプーン対策特別室」は呆気なく解散となり、ヒビトとミサキは、現庁舎の「特殊現象安全啓蒙室」という謎の部署への異動となった。現状、二人きりの。
モロはその腕を買われ、「調査研究室」のマトバに引き抜かれた。その重要な仕事は充実しているらしい。
ヒビトにも「特殊現象捜査二課」のカタオカから、
「上に掛け合ってやろうか?」
と声が掛かったが、丁重にお断りした。しばらく胃もたれするような出来事はゴメンだ。
旧庁舎も、近いうちに取り壊される計画が進行しているらしい。これは当然のことのように思える。
肝心の元「スプーン対策特別室」室長に関しては、庁内の暗黙の了解として、その話に触れることがタブーとされている。その理由は、知ってるだけで色々あったし、他にも知らない色々があるからだろう。
そうして、一年が過ぎて行った。
◆
「イベントの予定って、まだ入ってたっけ?」
「来週もあるよ」
「マジかよ。勘弁してくれー」
ヒビトは、前のめりに机へ突っ伏した。額が冷たくて気持ちが良い。
蝉の声が聞こえる。
「一年か……」
「そうだね」
ミサキは突っ伏した後頭部に目を向ける。ヒビトも同じようなことを思い出しているようだった。
「何か変わったようで、結局、何も変わってないな」
相変わらず「スプーン」は発生していないが、その可能性が完全になくなったわけではなく、退けた地球外生命体もまだ宇宙のどこかに存在しているのだろう。
「そう……でも、何が起きても動じない、強靭なメンタルは身についたよ」
ヒビトが顔を上げると、ミサキは誇らしげに胸を張りそこに手を置いていた。
「なんだよ、それ」
吹き出すヒビトに、ミサキもつられて笑う。
和やかな空気が流れている。
「そうだ。今度またモロさん誘って、飲みに行こうぜ」
「それいいね。オッケー。じゃあ、見かけたら声掛けとくね」
「お願いします」
三人でどういう話になるのだろう。
昔話に花を咲かせるのだろうか。それもきっと楽しい一時となるはずだ。
ただ、ヒビトは思っていた。これから先の話もしたい。
そう思っていた。
SPOON ≪スプーン対策特別室≫ カタハラ @katahara
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