4月 命が散る刻

「そろそろかな。」


腕時計を見ながら、僕はそう呟く。

今日は優との遊園地デートの日。


僕は開園より少し早めの時間に到着して、優を待っている所だ。


月はもう4月に入っていて、やはり先月にはすでに満開だった桜は、花が散って殆どが緑色に色を変えつつあった。


「やっほー、おまたせ。」


背後から声が響く。

振り返ると、そこには私服姿の優が居た。


なんだか今日の優は少し落ち着いていて、私服姿も相まって僕は少しばかりドキッとしてしまう。


「どうしたの?」


不思議そうに顔を覗き込む優。


「いやいや、たいしたことじゃないんだ。進級しても優の身長は伸びそうにないなって思っただけで。」


途端、優がポカポカと僕の胸を叩く


「コラー!今日も今日とて身長弄りはやめなさいっ。」


と、ここで僕は違和感に気付く。

元々優の攻撃は可愛い効果音をつけたくなるくらい軽いものなのだが……。


「優、なんか今日少し元気ないか?」


それでもいつもより怒り方が弱い気がする。

背後から声をかける時も、いつもの大きな声ではなく落ち着いた声だった。


少しばかり、いつものエネルギーが無い気がするのだ。


「なっ…なーに言ってんの!!私はいつも通り元気だよ!」


そう言って笑う姿はいつもの優、だが少しばかり焦った返答に違和感を感じた。


「ほら、そんな事よりそろそろ開園の時間だよ、観覧車とかメリーゴーランドとか乗り遅れちゃうよ!」


気になる所ではあったが、優に流されるまま、僕は遊園地に入ってゆくのだった。





そこから、僕達は遊園地を満喫していた


「日和〜!写真撮ってー、ぶい!」


メリーゴーランドに乗りながらVサインをこちらに送る優。

その様子が子供のようで微笑ましい気持ちになりながら写真に収める。


帰ったら家宝にでもしようか。


「よし日和、次は一緒に乗ろうよ。」


少し恥ずかしい気持ちもあったが、僕は首を縦に振る。


「おう。」


順番が来て、2人ピッタリとくっつく形でメリーゴーランドに乗る。


「えへへ、日和とピッタリだね。」


恥ずかしげもなくそんな事を言う優に僕は頬を赤らめる。


「お前なぁ……どうしてそういう事を普通に言えるんだよ。」


優は笑顔で答える。


「美神家は愛を正直に伝える家系ですから!」


そんな会話をしていたら、メリーゴーランドの時間は終了する。


メリーゴーランドから降りた後僕はふと思った。

このまま彼女に照れされられたまま終わるのも癪だな。


「優、ちょっと行きたい場所があるんだけど良いか?」


そう言って、僕は優をある場所に連れていく…。





「ひっ……日和。」


震えた声が隣から聞こえる。

僕たちの視線の先にあるのは…


「私の目が疲れてるのかな、私から見たらお化け屋敷に見えるんだけど…。」


そう、僕の仕返しはこれ。

優の苦手なお化け屋敷に入ることだ。


「ひっ日和…!お化け屋敷は別に入る必要ないんじゃ無いかなっ!」


何とか対抗しようとする優。

だが、メリーゴーランドであそこまで恥ずかし目に合わせられたのだ。


少しくらいこっちも仕返したっていいだろう。


「ダメだ、そろそろホラーくらい克服してもらうぞ。」


優の手を引っ張り、お化け屋敷に入っていく。

中に入ると案の定真っ暗で、不気味なBGMが流れていた。


「ひひひひ日和!絶対離れちゃダメだよ!?絶対だよ!?」


優が僕の腕をガッシリと掴む。


「大丈夫大丈夫、別に逃げたりしないって。」


しかしこの震え具合は本当に可愛いものである。


などと、僕が思っていると…。

幽霊役の人がうめき声を出しながら飛び出してきた。


瞬間…


「ひぎゃぁぁぁぁ!!」


可愛らしい悲鳴が木霊するのだった…。





「はぁ……お化け屋敷は2度とごめんだよ。」


お化け屋敷から脱出した後、優はぐったりとベンチに座り込んでいた。


「そうか?僕は優の反応が見れて楽しかったよ。」


その言葉に、優はムッと頬を膨らませる。


「むー…日和のいじわる。」


優のホラー嫌いはやはり相応なようだ。


「良いよ!こうなったら次は日和の苦手なジェットコースターね!」


思わず苦い顔をしてしまう


「待て待て、僕は優の為を思ってだな…」


僕はジェットコースターが大の苦手なのだ。

ここは何とかして誤魔化さなくては…!


「今回は誤魔化されないよ、私も苦手頑張ったんだから、日和だって苦手を克服してもらうよ!」


…ダメそうである。

誤魔化そうとする思考まで見抜かれてはお手上げだ。


「分かったよ…。」


まぁ仕方ないか、と思いながら降参宣言をする。


「素直でよろしい、それじゃあジェットコースター3周はするからね!」


そう言って…優が思い切りよく立ち上がる。


「さてさて、日和の悲鳴がたの」


その…瞬間だった。


「あ……れ。」


優が1歩目を踏み出した瞬間、力なく優が倒れたのだ。


「優……!?」


慌てて僕は優の身体を支える。


「優…!?どうしたんだよ…!?」


優からの返答は無い、気を失っているようだ。


「クッソ…なんで気付けなかったんだよ。」


気付くべきだった、今日最初に元気がなかったと感じた時に。


いや後悔をしてる暇は無い。


焦る気持ちを抑えながら、僕は救急車を呼ぶのだった…。






優は、街にある小さな病院に搬送された。

幸い大事には至らず数時間程で優の意識は戻った。


優が起きる頃には外はもうすっかり暗くなっていて、病室に来た先生から診察室に来るように言われた。


そして…今は診察室。

先生を待っているところだった。


「ごめんね、折角のデートだったのに。」


謝る優。


「気にしなくていいよ、優が大事に至らなければそれで何よりだよ。」


僕がそう言うと…


「大事か……そう……だね。」


優が返答を濁した。

返答を濁した様子を見て、僕はかなり嫌な想像をしてしまう。


もしかして、優は何かの病気なんじゃ…?


いや、大丈夫。

きっと疲れすぎただけだろう。

自分で自分の想像を否定する……。


そうしているうちに先生が来て、対面に座る。


「それじゃ、僕は外で待ってて」


言い終わる前に看護師さんが僕の肩を抑える。


「いいえ、日和さん。今日は貴方もここで聞いていてください。」


その真剣な表情に、僕は首を縦に振るしか無かった。


「わっ…わかりました。」


先生が神妙な面持ちのまま口を開く。


「美神さん、もう…よろしいですね?」


優が首を振る。


「はい…もう充分、我儘は聞いていただけましたから。」


なんだ…?一体なんの話を…


「添田日和さん、落ち着いて聞いてください。あなたの恋人、美神優さんは……」


──────ステージ5の末期ガンです。


「えっ…?」


理解する間もなく、先生は言葉を続ける。


「優さんが末期ガンだと診断されたのは昨年の春の事でした、その時点でこちら側としては入院して欲しいところでしたが」


続けるように優が口を開く


「私が言ったんだ…。隠し通せるうちは通院だけにしてくださいって。なるべく日常生活を送らせて下さいって頼んだの。」


頭が真っ白になる……。

なんだ……?今起こっている事が受け入れられない。


何が起こってるって言うんだ?

末期ガン?ステージ5?去年から…?


「なんで…なんでその時言ってくれなかったんだよ…!」


少し悲しそうな笑みを見せながら優が答える。


「だってそんなことしたら、日和は入院しろって言うでしょ?少しでも生き残る可能性にかけて。ほとんど無い可能性にね。」


優が首を横に振る。


「でも、それは私にとっては違うかなと思った。私はそんな可能性に掛けるよりもの、残された時間を大事にしたかったの。残された時間を…日和と今まで通り過ごそうって。」


先生が口を開く。


「我々もその彼女の意思を尊重しました、ですがこれ以上はダメです。入院に移らせて頂きます。」


その言葉に、優はどこか満足げに答える。


「はい、充分わがままを聞いて貰ったので、もう私は大丈夫です。それより先生、入院したとして私の残りの寿命はどのくらいですか?」


先生は少し間を置いたあと…ゆっくりと答えた。


「美神優さん…貴方の寿命は…」


──────持って1ヶ月です。


「1ヶ月……?」


ただ呆然と…僕はそう返す事しか出来なかった。


それとは違い優は…全てを受け入れた様子に見えた。


「1ヶ月ですか、分かりました。日和、1ヶ月だって、毎日通ってくれると嬉しいな!」


そう言って笑う優…。

その顔を見て、僕はこれ以上…やり場のない感情を抑えることが出来なかった


「んで…なんでそんな簡単に受け入れてるんだよ!!なんで言ってくれなかった、なんで1年も隠してた、僕はそんな事いきなり言われて全然納得できてない!!」


叫ぶ、やり場の無い感情を。


「なぁ先生、どうにかならないんですか!?希望は…希望は無いんですか!?」


医者は首を横に振る……。

絶望…頭にその二文字が過り、力なく椅子に座る。


余命1ヶ月…もう助からない、たったそれだけがここにある事実だった。


「嘘だって…嘘だって言ってくれよ優…。なぁ…来年も…20歳まで毎年桜を見に行く約束なんだろ? これじゃ……約束も守れないじゃないか。」


優は申し訳なさそうに謝る


「ごめんね、日和。」


優が死ぬ…。

小さい時から一緒にいた幼なじみ。ずっと一緒でこれからも一緒だったはずの優が死ぬ。

嫌だ……そんなの絶対に嫌だ!


絶対に受け入れられない、でも余命宣告という事実はそこにあって…もう僕にできることなんて…何にも。


来年の桜は…1人で……


「桜……?」


瞬間、思い出す。

優と毎年見に行っていた桜の事を。


願いが叶う桜、桜の花びらの最後のひとつ散るが散る瞬間に願えば願いが叶う桜。


もう……あれしかない!


「日和?どこ行くの!?」


静止も聞かずに、僕は勢いよく診察室を飛び出すのだった。






あの桜の木から病院までは、走るにはそこそこ長い距離がある。


でも、それでも僕は走っていた。

あの桜の木の最後の花びらが散る瞬間に間に合わせる為に。


こんな言い伝えに賭けるなんて馬鹿げてるだろうか。願えば命が助かるだなんて、きっと馬鹿げてるだろう。


でも、僕にはもうこれしかない。

絶対に失いたくない、あの子だけは…あの子だけは命に替えても失いたくない。


だから…どんな神頼みだって、胡散臭い言い伝えだって、あの子が助かるためなら全力でやる。


絶対に……優は死なせない!


そうして…あの桜の木へとたどり着く。

やはり、この桜の木も例に漏れず殆どが緑に彩られていた。


これ程大きな桜の木だ、最後のひとつを見つけるなんて無理にも程がある。


だが…それでも、やるしかない。

優の為に、優ともう一度この桜を見に来るために。


風が吹いた。

最後の花びらが散るかもしれない、急いで跪いて手を合わせる。


「願いの桜よ……お願いします。あの子にもう一度春を下さい。」


願う、最愛の人の命を


「あの子の命を…たすて下さい。それだけあれば…僕はもう何もいらないから…。」


だから…だから…


「もう一度あの子に春を下さい…!!」


その叫びは、風と共に夜空へと消えて行く。

立ち上がり、力なく丘をおりながら僕は呟く。


「お願いだ…お願いだから…」


──────願いを叶えてくれ。






日和の姿を桜の木の上から見ていた少女が1人いた。

切実に願う彼の姿を。


彼が去った後、彼女は桜の木から飛び降り、夜空を眺める。

そして一言、こう呟く。


「あーあ、願ちゃったかぁ。変わらないなぁ。軽率に願っちゃダメだって言ったのに。これは全く…」


──────どうなることかな。


一言呟いたその言葉は、夜空へと消えて行くのだった…。

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桜が散る刻 お粥さんつ! @kayuyomu

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