歩いたご遺体

丁山 因

歩いたご遺体

 ある頃から毎月15日の23時ちょうどに、Aさんが勤務する警察署へ通報が入るようになった。

 担当者が出ると、か細い老人の声で「サガワミヨコをコロしたのはイクタセイジです」とだけ告げて切れる。

 通報してくるのは山奥にあるダムの展望台付近に設置された公衆電話からで、人家からは10㎞以上も離れており、車でもなければ深夜に行ける場所ではない。

 サガワミヨコとイクタセイジについて調べても、事件関係者はおろか戸籍上にも該当する人物は見当たらなかった。

 それでも毎月15日には電話がかかってくる。

 そんなことが半年ほど続いた。

 単なるイタズラ電話と割り切ってしまえば済む話だが、内容が殺人にかかわるということもあって、本腰を入れて捜査することになった。

 まず最初に通報者の特定、そのために公衆電話への張り込みが実施された。

 15日、例の公衆電話が見える場所にパトカーを待機させ、二人の警察官が見張っていたが、23時を過ぎても誰も現れない。

 見張っていた警察官は通報者が自分たちに気付いて諦めたのかと思ったが、警察署にはその日もあの公衆電話から通報があったという。

 その報告を受けた上層部は捜査を打ち切り、それから15日23時の電話は一切無視することになった。


 Aさん曰く、15日23時の通報は自分が移動するまで毎月続いていたとか。

 それ以降どうなったかは知らないとのこと。


 警察官は人の生死にかかわる仕事なので、人知を越えた不可思議な現象に遭いやすいらしい。

 Aさんよるとこの手の話はザラではないが、それほど珍しいものではないそう。


 Aさんが警察を退官されてからしばらくして、息子さんと酒を飲みながらこんな話をしたそうだ。

「でもよ、俺も一度だけ震え上がった事があるよ……」

 Aさんは息子さんに警察怪談をひとしきり語った後、ぼつりとつぶやいた。

「なんだよ親父、どんなことがあったんだ?」

 息子さんはAさんのグラスに酒を注ぎながら水を向ける。

「もうずいぶん前のことだが、お前○○線脱線事故って知ってるよな」

 ○○線脱線事故とは100名以上の死傷者を出し、全国に衝撃を与えた大惨事だ。

「もちろん。──当時は親父も大変だったんだろ、ひと月以上も家に帰ってこなくてさ、俺もお袋と一緒に着替え届けに行ったよな」

「大変な事故でな、現場はもう地獄だった……。そこら中で叫び声が聞こえるし、ご遺体も次々と出て来るしでな……」

「……うん。親父、家に帰ってきてもしばらく夜はうなされてたな」

「事故のあった日な、警察も消防も病院も手一杯で、生きてる人の救助と手当が最優先だったから、たくさんのご遺体をどうしようって話になったんだ。野ざらしには出来ないし検死もしないといけないから、すべて県警本部に運ぶことは決まっていた」

 そこまで言うとAさんはコップに残った酒を一気に干した。

「ま、そうは言っても本部にだって限界はある。一度に何十ものご遺体を収容することは出来ない。それで、現場近くの所轄署にご遺体を振り分けることにしたんだ」

「親父のいた署でも預かったのか?」

「11体のご遺体を預かることになった。ただ、署の安置室にすべて収容することは出来ないから、7体だけ道場に安置することにしたんだ」

 大抵の警察署には柔剣道や逮捕術の訓練を行う道場が設置されている。

 事故当時Aさんが勤務する警察署にも、柔道の試合場二面分ほどの道場があった。

「一晩だけってことで、納体袋に入ったご遺体を7つ道場に置いたんだ。その夜にな……」

「犠牲者の幽霊が出たのか?」

「いや、そんな単純な話じゃ無い。──ちょうどその日は当直でな、事故以外の通報にも対処しないといけないから、朝まで待機することになってたんだよ。もっとも署内は事故対応で大忙しだったから、署員がひっきりなしに出入りしてたし、いつもの当直と違ってずいぶんと騒がしかった」

「じゃあ、親父は事故現場にはいなかったんだ」

「当直が始まるまではいたんだけどな。いくら大きな事故だからって警察がそれだけにかかりっきりってわけにもいかないから俺は一旦外れたんだ」

「まあ、確かにそうだね」

「当直の待機中はな、署内を巡回するって仕事もあるんだよ。それで真夜中、署内を巡回して道場の前も通った時……」

 そこまで言うとAさん当時を思い出したのか小刻みに震えだした。

「道場の中からガチャガチャって扉を開けようとする音がしたんだよ……。道場にはご遺体しか無いのに」

「それで、扉を開けたのか?」

「さすがにそんな度胸はねえ。他の当直が待機している所まですっ飛んでいって報告したよ」

「それでどうしたの?」

「当直の係長が『あー、そーゆーことならね、朝まで道場には近づかないように』って指示出して終わり」

「それだけ? 誰かが閉じこめられてたって可能性は無いの? ……にしても震え上がった話にしてはあっさりすぎじゃね?」

「道場の扉は内鍵だから中にいても自力で開けられるんだよ。それに、震え上がったのは朝になってからだ」

「えっ、続きあんの?」

「朝になって道場の扉を開けたらな、扉近くに納体袋から出たご遺体が一体倒れてたんだ。袋から扉まで血の付いた足跡があったから、たぶん自分で歩いたんだと思う」

「それってひょっとして、亡くなったと思ってたのに生きていたってこと?」

「そんなことはあり得ない。100%絶対に無い!」

「なんで断言できるんだよ?」

「だって倒れてたご遺体は首から下だけだったんだぜ」

 首から上は納体袋の中に残っていたそうだ。

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