04 スーパーの出口で「あ、片栗粉」って言うバイト。

 がちゃり、とレンタル会議室のドアを開け、私は今回取材する二人を招き入れた。


 今回取材に応じてくれたのは、中年の女性Aさんと、そして驚くことに女子高生のBさんだった。


 「ありがとうございます、今日はよろしくお願いします」

「いえいえ」

中年の女性の方は人懐っこそうに手を振るが、女子高生の方は緊張した面持ちだった。私は緊張をほぐせるよう、できるだけ柔らかな声色を心掛けた。

「しかしあれなんですね、お二方はお知り合いですか」

「いいえ」

中年の女性は首を振る。一方、女子高生は固くなりながらも、こう答えた。

「私、知ってました。もしかして同じ仕事なのかなって」

「えっ、そうなの」

「はい。でも、こんなちょっと変わったお仕事だから、気軽に声をかけるのも違うのかなって」

「あはは、確かに変な仕事だもんねえ」

女性が豪快に歯を見せて笑い、女子高生の方ははにかみながら苦笑した。


 私は取材メモを確認した。

「えーと、お二人の仕事は……スーパーや百貨店の食品売場の出口で、『あ、片栗粉』って言うお仕事だとうかがっていますが」

「そうね」

女性はうなずいたものの、

「あ、片栗粉だけではないです」

女子高生が訂正した。私は「ありがとうございます」と応えて、ボールペンをカチリと鳴らした。

「片栗粉以外、と言いますと」

「その時々によって色々です。大抵は片栗粉ですけど、ソースの時もありますし、粉チーズとか」

「あ、アタシみりんだったことある」

「みりん、あたしもあります」

女子高生ははにかむように笑った。女性も応えて笑う。

「あるよね、あとは……」

「味噌もありました」

「あるね!」

二人の軽やかなやり取りに、私は何度も頷いた。

「基本的に調味料なんですね。確かに、日常でよく使うものばかりですね」

「やっぱりね、買い忘れること多いのよ。なんとなく家にあるつもりでね、でもホラ家に帰ると無くってね」

「はあなるほど」


 私は改めて女子高生Bさんの方に向き直った。

「失礼ですがBさんは、かなりお若く見えます。食品売場で生活食品を買っているというのは比較的目立つのでは?」

「あんたそれ差別と偏見よォ」

女性にビシリと言われ、私は頭を下げた。

「失礼しました」

いいんですよ、とえくぼをつくって、女子高生は話し始めた。

「はい、だから私はケータイを使ってます」

「ケータイ?」

「お母さんと電話をするフリをします。お使い、っていう設定で」

「あぁーなるほど」


 「お二人とも、仕事のやりがいはどうでしょう?」

「まあぼちぼちねぇ。別に人の命救ってるわけじゃないし。アタシは元々若い頃劇団員なんかやってたクチだからさ、軽い演技の仕事って言われてやってみてるけど……劇場でお客さん相手にするのとは、やっぱなーんか違うよねェ」

「はぁなるほど……」

その時、「あの」と女子高生のBさんがおずおず手をあげた。

「でも私が『みりん買い忘れた』って言うと、回りの人が『あ、自分も』って売場に戻るのを見ると、ああ何気ないことだけどアタシ、誰かの役にたてたのかなってちょっと嬉しくおもいます」

そう話すBさんの声は、文字通り弾んでいる。芯の強さ、人のよさがうかがえる声色だった。そんなBさんを見て、Aさんもウンウンと頷く。

「確かに、それはいいところよネ」

「最初はホントに恥ずかしかったですけどね」

「あはは、人前でいきなり声出そうとするのって、慣れないと難しいからね」

「でも学校で、先生から挨拶がハッキリしてるって褒められるようになりました。私このバイトを始めて、ちょっと分かったんです。先生に挨拶をする時だって、そういう台詞なんだって思えば恥ずかしくないんだって」

「なるほど」


 「本日は、貴重なお話ありがとうございました」

「いいえ」

私は帰っていく二人を見送る。二人とも、軽く会釈をしてレンタル会議室を出て行く。


 ドアが閉まる間際、Aさんが突然、あっ、と声をあげた。

「そうだそうだ、今日の9時からのドラマの予約してないんだわ」


 その声を聞いて、私はふと心がざわめくのを感じた。


 ――あれ? そのドラマ、私もちゃんと予約しただろうか?

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架空のすきまで働く皆さん 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo

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