さけぐら/相談室と印象的な客
―― 「キーンコーンカーンコーン」 昼休みを告げる鐘が鳴った、目の前の書類から顔を上げて、一息つく。午後の部は…1人、しかも放課後、大分時間がある、処理の終わった書類を職員室に一旦持ってってから、少し休憩しよう、今日聞いた話も濃いものが多かったから。
職員室に行くと、空気が少々ピリついていた、どうやらまたあの悪ガキ3人組がなにかやらかしたらしい、ホントに懲りない人達だ、この間も相談室に凸ってきたんだよなあ… 返り討ちにしてやったけど、口で、
もう少し余裕があったらあいつらの相手もできるんだけど… 如何せん私も多忙だし、疲れがたまってるからなあ …次凸ってきたら少し話聞いてみようかな。
「キーンコーンカーンコーン」…遅まきながら掃除の終わりを告げる鐘が鳴った、いつの間にやら16時10分、大分時間があるとか言った3時間前の自分を恨みたい、まさか生活指導担当の先生が来客の相手で手が離せなくて、私があいつらの相手をすることになるとは… 確かに「少し話聞いてみようかな」とは言ったが今じゃないんだよなあ… 午後の部の相談客が来るのは16時20分、あと10分でどれだけ疲れを癒せるか·· それが問題だ。お茶でも飲もう…
──〈10分後〉
ガラガラガラッ、「失礼します」「あ、どうぞ入ってぇ そこ座っていいよ」「はい··」「1年3組大森ゆりさんでいいかな? 気分はどう?」「あ、良いです…」「良かった、それじゃあ、相談したいことについて話してくれるかな、ゆっくりでいいよ」「あ、はい·· 実は、その…なんと言うか··、最近、幻覚が視えるんです」「へぇ、幻覚?何が視えるの?」「えっと…奥が真っ暗の洞窟とか薄暗い森とかです、一番多いのが、暗くて、木とかの大きさが凄くでっかい森です、えっと…『トロールの森』みたいなやつです」「ああ、なるほど…、トロールの森…そういうのが見えるときって、どんな感じ?気持ちとか、体調とか」「えっと…、体調は少しめまいがする程度です、気持ちは…正直言って、少し、怖いです、体の感覚一瞬なくなるし、ところ構わず急に出てくるし… 視界、完全に幻覚に染まるので…」「ああ、なるほどねぇ·· 1日に何回も視える感じ?」「そうです」「1日何回ぐらい視える?」「おおくて5回以上少ない日で3回程度です」「階段登ってる時とかに視えるやつ?」「そうです!この間、まさに階段登ってる時に視えて、階段から落ちかけたんです!」「あっちゃ~ それは災難だったね、もうもろ日常生活に影響出てる感じ?」「う~ん、そうですね···出てます」「何か、どうして幻覚が視えるようになったのかとか、心当たりある?」「う~ん、ストレスはかなり感じてますけど、それはいつものことですし…」「いつから視えるようになったの?」「今年から…学校始まってからです」「そうか…それまでは視えなかった?」「あ、小5・小6の時と幼稚園年長から小1の時に少し視えていたような気がします」「なるほど…結構よく視えてるねぇ、うん、分かった、次来る時までに何なのか調べておくよ、他に相談したいことってある?」「特に…」「次はいつにする?」「今日と同じで…」「水曜の午後16時20分から?」「えっと…金曜の同じ時間って、空いてますか?」「一応空いてるね、ただ…ごめん、こっちの都合で10分早く来てもらう必要があるんだけど、大丈夫そう?」「大丈夫です」「 了解、忘れないようにメモとかほしい?」「大丈夫です、ありがとうございます」「いえいえ」「では··えっと··」「失礼しました」「気を付けてね~」 ガラガラガラッ
──ふう·· 幻覚ねぇ···とりあえず何の症状なのか候補を絞り込んどかないと…チェックリストから…
症状:幻覚、(見えているものが)幻覚だという自覚があるか:ある、頻度:頻繁、その他の症状:無し···、あった、『シャルル・ボネ症候群』視力が急激に低下する高齢者に多いとあるけど…、「全ての年齢層で影響を受ける可能性がある」のね、他の可能性としては…『不思議の国のアリス症候群』があるのか、って「病因として報告が多いEBウイルスが、日本では子供のころにほとんどの人が感染するものであるためか、子供のころ一過性のこの症状を体験した人は比較的多い」…「幼稚園年長から小1の時に少し視えていた」幻覚ってこれのことか?少なくとも視える幻覚の内容が違うから、今の症状はこちらではなさそうね…、となると『シャルル・ボネ症候群』の可能性が高いか…あの子の視力聞き忘れたのは失敗だなあ···次の相談の時に聞いとこう…、まあ相談室は悩みを聞いてストレスを和らげるための場所であって、精神科の医療施設ではないし、この辺のことは追い追い調べていくとしよう…。
<『シャルル・ボネ症候群』>
略称:CBS、別名:開放性幻視
著しい視力低下をした人が経験する複雑幻視。鮮明な反復幻視で、特徴としては、人や物などの非常に詳細な表現で構成される(複雑幻視)、患者が、その幻視が現実のものではないことを認識している(偽幻覚)、視覚にのみであり、聴覚、嗅覚、味覚などの他の感覚には発生しない、など。
幻覚は通常、目を開けているときに現れ、視線が移動すると消えてゆく。CBSの発生には、感覚遮断が関与していると広く主張されている。活動していない時に幻覚が現れやすくなるほか、CBSを患っている人の大多数は、幻視の持続時間は数分で、1日または1週間に何度も繰り返すと説明している。
ーー「失礼しました」ガラガラガラッ···。ふぅ、言いたいこと全部言えたからかな、少し胸が軽くなった感じがする。あの幻覚が一体何なのか、それがわかると思うと安心する、今日だけでもう5回は視えた。カウンセラーさんと話してるときにも視えた、目線を動かしたらすぐに消えたから良かったけど、ほんと勘弁してほしい。さてと、今日は部活もないし、早く帰ろう。
ーー〈帰宅して3時間後…〉
モグモグモグ···夕飯を食べてるときだった、目の前が急に巨大樹が沢山生えた薄暗い森になった、驚きのあまりお茶碗を落としかけてしまい、そのおかげで視界が元に戻った、マジでやめてほしい···ショックのあまり動悸が激しくなって、家族からも心配そうな目で見られた。私が幻覚のことを家族に相談してないのは、過剰に心配されて病院沙汰とかになるのが嫌···というより面倒くさいから、だけど普通に1日5回位視えるようになって、流石にキツくなってきたから相談室に相談した次第。ちなみにこれが人生初の相談室。···と、ご飯をもぐもぐしながら謎に自分のことを振り返った後は、いつものように残りの1日を過ごして、眠った。···湯船に浸かってるときに幻覚が視えて、溺れかけたことは記憶から消そう…そんなことはなかった、Are you OK?
ーー〈翌朝〉
バッ!…まるでバネじかけか何かのように勢いよく飛び起きた、息が乱れてる···ここ最近はあの幻覚を夢に見るようになってしまった、おかげで早起きが出来るようになったのは怪我の功名と言うべき…かな?。登校中に信号待ちをしていたとき、本日1発目の幻覚が視えた、おかげで青信号を逃してしまった…許さねえ、一生恨んでやる。
ハァ···、2時間目が終わって早2分、今朝だけでもう3回も見てしまった、今日は多い日だな···。だが!しかし!明後日にはこの症状が何なのかがわかるのだ!多分!3日間、頑張るぞー、お〜っ·····ハァ…
ーー〈3日後〉
ガラガラガラッ「失礼します」「あ、どうぞ入ってぇ そこ座っていいよ」「はい‥」「前回来たときから3日たったけど、調子はどう?」「あまり良くないです…今日だけでもう6回は視えました」「ほお…、なるほどねぇ…」「あの···それでこれって、なんの症状なんでしょうか···」「あ、えっとねぇ‥その前にちょっと聞いてもいいかな」「はい‥」「大森さんって、視力いくつ?」「両目とも0.2です、裸眼で、」「0.2ね··えっとねぇ‥こっちで色々調べてみたんだけど…、これが1番近いんじゃないかな?」「…『シャルル・ボネ症候群』ですか···ちょっとじっくり読んでいいですか?」「いいよ〜」·····ふむふむ、「『著しい視力低下をした人が経験する複雑幻視』」と···確かにこれに似てる気がする···ふむふむ、この本なんか面白いな…「あの···この本借りることってできますか···?」「えっ、あ、いいよ〜‥私がマーカーとか付箋とか色々付けちゃってるけど大丈夫?」「大丈夫です、ありがとうございます」「いえいえ〜〜、ところで『シャルル・ボネ症候群』については分かった?」「はい、一応…、視線を動かすと幻覚って消えるんですね、どおりで…」「ふふふ、身に覚えでもあった?」「はい、ありまくりです」「へぇ〜どの辺に覚えがあるの?」「幻覚の頻度とか、内容とか、視線を動かすと消えるところとか、持続時間のとことかです」「なるほど〜、その辺に覚えがあるのか…他に気になったとことかある?」「う〜ん··特にないです」「そっか、じゃあ、ここ見てくれる?」「はい」「『シャルル・ボネ症候群』の治療方法についてなんだけど」「あ、『自分の症状が精神疾患なのではなく、その症状がCBSであるということを知ること、CBSに対する理解を深めることは、幻視に対処する能力を向上させることができるため、これまでのところ、最も患者を安心させることが出来る治療法である』って書いてありますね」「そうそう、それから、ここも見てくれるかな」「あ、『ストレスを感じる出来事が、患者の幻視体験やCBSの感情体験の性質を変化(気にならないものから気になるものへ)させる可能性がある』ってとこですよね、···『ストレスを感じる』··」「そう、そういうことだね」「じゃあ、しばらくここに来たほうが良さそうですね」「ハハハハハ、ここに来るのがストレス解消になるのならね」「なります」「ハハハハハ、じゃあ、じゃんじゃんここに来なよ、予約の有無は外のカレンダーに書いてあるはずだから」「「はず」···?」「あ、たまに更新し忘れるの」「チョッ、だめじゃん」「大丈夫大丈夫、予約入ってるときはマグネット貼っておくようにしてるから」「二重ロック…」「ハハハ、言えてるー」「···この本読むのもストレス解消になるかな…」「なると思うよ〜興味のあることとか、好きなことに夢中になるのはいいストレス解消方だから」「はあ〜…なるほど〜」···「…そろそろ帰ります‥」「りょ〜か〜い、つぎはいつにする?」「じゃあ、来週の月曜日の同じ時間で」「分かった、メモ必要?」「大丈夫です」「了解、気をつけてね〜」「はーい」「失礼しました」ガラガラガラッ。
―――「失礼しました」ガラガラガラッ。‥ふう···取りあえず持ち直したみたいで良かった、距離も近づいてきたし、ひとまず順調かな、うん。大事な参考書持ってかれたのが地味に痛いけど、予備があるから大丈夫!、しかしあそこまで心因性疾患の参考書に興味持つとはな…見せられたページを隅々まで熟読する子はそこそこいたけど、本そのものに興味持ったのはあの子含めて3人しか見たことがない…、何かのスイッチ押しちゃったかな···、まあいっか、取りあえずあの子のカルテの下書きをざっと書いてから、このあとある集まりに備えよう···。
ーー相談室を出てから数時間後、私は自分の部屋で例の本を読んでいた、これが意外と面白い、幻覚一つとっても『シャルル・ボネ症候群』以外に『不思議の国のアリス症候群』、『ファントムアイ症候群』、『閉眼幻視』など色々あるらしい、読書に没頭していたからだろうか、いつものように目の前に現れた幻覚を2連続でスルーすることができた。自分でもびっくり。明日は土曜日だから夜ふかししようと思ったものの、睡魔には抗えず、結局いつものように残りの1日を過ごして、眠った。···今夜は湯船で溺れなかった、良かった良かった。
ーー〈翌日〉
ゴソゴソ、ムクッ…目ぼけまなこをこすりながら目を覚ました、今日は幻覚と同じ夢を見なかった、いや見たかもしれない、記憶が曖昧でよく覚えていない、こんな起き方は久しぶり···でもないか今日明日は休日、有意義に使わないとなあ〜 ······有意義に使わないとなあ〜···
──〈月曜日、相談室〉
やはり、何かのスイッチを押してしまったらしい、その日の事を話終えた彼女の口からはあの参考書から仕入れたと思われる知識が飛びだした、若い子の吸収力はすごいなあ~…は半分冗談として、私としても守備範囲内の話題なので会話が物凄く弾んでしまう、どうも学校の相談室で出る話題ではないんだけどなあ…楽しいからいいいや。
ーー「失礼しました」ガラガラガラッ、···今日の相談は一際話が弾んだ、「共通の話題」の強さを思い知らされたようだ、この症候群は怖い、この症候群は不思議、といった話題から始まり、「この症状の説明エグいよね~」といった具合に弾んでいった、いや~楽しかった。
ーーモグモグモグ…
いつものように夕食を食べていたときだった、目の前が急に巨大樹が沢山生えた薄暗い森になった···あれ、森が薄明るい···?溜まっていたストレスが解消されたのかな?、そう思ったとき、胸が軽くなった感じがした。
奇病と特殊性癖 創作集団「Literature」 @Literature_R4
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