華斬 轢/星と月
ここは歌舞伎町、ネオンがギラつく今日この頃。仕事帰りの星河 彗という男が路地裏で倒れてる男を見つけた。20代前半といったところか、と瞬時に推測をする。どうせ、この辺の輩にでも絡まれて殴られたのだろう、と星河は考えた。白いシャツは茶色く汚れ、ところどころに血が滲み、腕や横腹が裂けて中から白い肌と赤い血が見えたからだ。
「……ハァ」
面倒なことになった、そう星河は悩む。
「おーい、あんちゃん。大丈夫かい?」
星河は倒れている男の横にしゃがみ込み顔をのぞき込んだ。前髪が長いせいで顔色を見ることはできなかったが、規則的な寝息を聞く限り身体に異常はないようだ。
「よわったな…」
星河は少し顔をしかめて、渋々と男の体を持ち上げたのだった。
朝7時、星河は目を開けソファから離れる。向かう先は寝室。昨晩拾ったあの男が眠る寝室である。扉を数回ノックし開けると、そこにはベッドの縁に座り窓の外を見る男の姿があった。
「よう。よく眠れたか?」
男は少し体を揺らし、顔と上半身だけを星河に向けた。
「……あの、ここは…?」
「ここは俺の家だ。昨日、路地裏で倒れてたところを拾ったんだ」
星河は、昨日のことを男に話すと、男は素直に礼を言い頭を下げた。星河も大したことじゃないと声をかける。
「頭なんか下げてないでこっち見ろ。…俺はまだお前の名前すら聞いてないんだ。教えてくれるか?」
星河は、男の目があるであろう位置に目を向けた。
「…僕は、朧……と言います」
それから月日は経つ。
「それが朧さんとオーナーの出会いだったんすね!」
「そんなことがあったなんてな。初耳だ…」
ここは歌舞伎町で人気のホストクラブの1つ。朧はこの店のNo.1であり、絶賛オーナーに片想い中である。
「彗さんがホストクラブのオーナーだったとは、思いもよりませんでしたよ……」
星河に助けられた朧は、星河にスカウトされホストとなった。
『お前は俺の店で働くんだ!前髪を切れ!んな良い顔隠しちゃもったいねぇ!』
とキレられ、半強制的にホストとなったのだ。
「彗さんは僕の憧れの人です…」
朧がホールの真ん中にいる星河を見た。
「ま、憧れってより好きな人だよねぇ?朧く〜ん?」
隣にいたホストの1人が朧に言う。
「はっ?い、いやそんなことは…」
目を泳がせ、顔を赤くする。そんな朧に追い打ちをかけるホスト達。
「バレバレっすよ〜。朧さんがオーナーのこと大好きなの、みんな知ってますよ〜」
「いつも目で追ってるもんな」
「顔に書いてあるよ?『彗さん好き』ってねっ」
恥ずかしさが限界を超えたころ、星河がホストやボーイに声をかける。
「お前ら、そろそろ開店だ。準備しとけよー」
そう言ってバックヤードへ入っていく。
「はーい」
各々がやるべきことを終え、配置につく。1秒、また1秒と開店時間が迫る中、朧は星河を思い浮かべた。色々な感情、想いが溢れ出てくる。好き、愛してる、もっと触れたい、独り占めしたい。純白な恋愛感情やドス黒い欲望が朧の心の中を埋め尽くしていく。
「…でも、僕は人を好きになってはいけない……」
自分にだけ聞こえる声量でつぶやく。手を胸に添え深く深呼吸をした。
「考えるのは後にしよう。今は仕事が先だ」
音をたてて扉が開く。ホストたちが並び、扉の向こうにいる客を迎える。
「ようこそ、浪漫溢れる夢の都へ。今宵もアナタを誘いましょう」
長い夜が終わりを告げ、ホスト達は客を見送り扉を閉めた。
「今日もお疲れさん。売上は……いつも通り朧が1番か」
「またっすかぁ…。朧さんには敵わねぇなぁ…」
それぞれ、朧に祝いの言葉を述べた。
「んじゃ、解散だ。ゆっくり休めー」
ホスト達がそれぞれ帰る中、バックヤードに戻っていく星河を朧は呼び止める。
「ん?どうした?」
「あの、彗さん。……僕はあなたに恩返しができていますか?」
ずっと考えていたこと。ホストになったのは星河に恩返しがしたかったからだ。時々、自分は星河に恩返しができているのかと悩んでいたのだ。
しばらく沈黙が続いた。何も答えてくれない…?と朧は不安に駆られる。
「……あぁ。そんなことか」
星河は、ぽつりと言い朧の頭にポンと手を置いた。ビクッと朧の体が跳ねる。
「安心しろ。もう十分ってほど返されてる」
お疲れ、と言い残しすぐに星河はバックヤードへ入っていった。朧はバックヤードへ入っていく星河の背中を見つめ、見えなくなった瞬間、視界が歪みその場にしゃがみこんだ。
「彗さんの手が頭に…?」
嬉しさが朧の心を満たしていく。
「好きです…。彗さん……」
好きだと自覚するたびに満ちた心は欠けていく。手に入らない悲しみ、拒絶されるかもしれないという恐怖、羞恥心、負の感情が朧を襲う。
「……帰ろう…」
寝る準備を済ませた朧はベッドに倒れ込み、またたく間に夢の世界へと入っていった。
朧は特殊な力を持っていた。それを自覚したのは高校生の時だ。当時、クラスではあまり目立つことのなかった朧は初めて人を好きになった。ダメ元での告白が成功し恋人ができた数日後、相手は自殺をした。学業、人間関係は良好でクラスでも人気者だった。自殺する原因は見当たらなかったが、家族によれば精神状態が危うかったと言っており、それが原因ではないかという結論にいたった。朧はそれを信じなかった。高校3年生の夏、同じようなことが起こった。こうして、相手が自殺する原因は自分にあるのではないかと思うようになったのだ。成人してからも、同じことが起こった。そして、こう結論づけた。『自分には他の人とは違う何かがある』と。まずは、人に惚れやすい。もう一つは両想いになった相手を自殺に追い込んでしまうこと。そのことがわかってから朧は、恋人を作らないよう努力をした。朧が好きになっても、相手が好きにならないよう冷酷な人間となった。無愛想が原因で暴力沙汰に巻き込まれることもしばしばあったが、なんとか切り抜けていた。星河に会うあの日までは。あの日は特に暴力が酷く気絶しているところを星河が助けた。見ず知らずの人間を介抱し、仕事まで与えてくれた星河に、朧の心は揺れた。そして憧れと尊敬は恋心に変わる。
「…星河さん」
朝7時、寝転がりながらスマートフォンを起動すると、星河からメールが1件届いていた。
『11時、俺の家に集合な。返信はしなくていい』
「め、めメールだ!彗さんから…?」
内容が一切書かれていないメールに朧は違和感を覚えたが、それよりも星河からメールが来た喜びの方が強かった。顔のニヤケが止まらず、手で頬を抑えながらベッドから離れたのだった。
午前11時、星河の家に着くと、待ってたと言わんばかりに星河は朧の手を引き、車に乗せて近くのショッピングモールを訪れた。
「な、何を買うんですか??」
「何って、お前の服」
目を点にしている朧を無視して、服屋に入る星河。店員と楽しそうに言葉を交わしつつ、服を2〜3着選び、朧に渡す。
「へ…??」
「ほら、早く着て来い。楽しみにしてるぞ」
背中を物理的に押され、無理やり更衣室に押し込まれる。朧の頭の中にはハテナが大量に浮かんでいたが、言われた通り手に持っていた服に着替えた。更衣室を出ると星河は『やっぱりな』と口にし、店員とまた話し始めた。
「あの、僕は何をされて…?」
星河は上機嫌らしく、いつもより声が高い。
「最近頑張ってっから、ちょっとした贈り物をな」
「い、いや、大丈夫です!気持ちだけで凄く嬉しいので…!」
朧は必死に服を断ろうとするが、星河は止まらない。既に何着か買っており、断るに断れなくなっていた。買った服を紙袋に入れ、服屋を出たかと思うとそのまま飲食店に入り食事を取った。
「あの、なんで贈り物なんて…」
食事が終わり、コーヒーを飲んでいる星河に聞く。
「努力してるやつにご褒美をあげちゃ悪いか?」
星河は逆に聞いてきた。朧は少し下を向き答える。
「いえ、悪いことではないと思います…」
それを聞いた星河は、微笑んで席を立った。
「さぁて、帰るかねぇ」
朧も慌てて星河を追う。服も食事も奢ってもらった朧は、申し訳なさそうな顔で車に乗る。
「俺が勝手にやったことだ。気にすんな」
優しく接してくれる星河に朧はこれ以上ないほど、気持ちが昂ってしまった。『やっぱり好き。優しい、大好き』と気持ちが爆発する寸前であった。朧は必死に抑え込もうとする。この気持ちは、あってはならない。出してはいけない、と。
「ついたぜ、今日はありがとさん」
ここは、朧が棲んでいるマンションの地下駐車場。爆発しそうな感情を抑えるのに必死だった朧は、到着するまで黙り込んでいたという失礼な態度をとったことに気づく。
「え、あ。すみません!せっかく彗さんと2人のお買い物だったのに、無愛想な態度をとって…!」
「たかがそんなことで、俺は不機嫌になったりしないぞ」
軽く笑っている星河に朧は胸をなでおろす。
「だからそんな、謝るなって」
「…はい……」
朧はそんな星河を見て気が緩んでしまった。少し、ほんの少しならと自分が今まで抑えていた言葉を口にしてしまう。
「…彗さん……。す、きです…」
笑っていたはずの星河は、ピタリと動きを止めゆっくりと朧を見る。
「俺が好きなのか?」
星河はつぶやく。言ってしまったと後悔をする朧だが、既に言葉は届いてしまっている。
「なぁ、朧。俺のことが好きって言ったか?」
いつも通りの声色なのに、何かが違う。朧は星河を見た。真偽を問う顔は、どこか物哀しそうであった。
「…はい!好きです!僕は、彗さんが好きで好きで!」
朧はこれまで想ってたことを吐き出した。溜め込んでいた感情を出し尽くし、再び星河を見る。
「………」
今か今かと朧は星河の言葉を待った。だが、星河が発した言葉は朧が望んだ言葉ではなかった。
「…それは、きっと勘違いだ」
「……」
今までの想いを否定された朧は、声を出すことができなかった。
「人は優しくされたら、好きになってしまう生き物だ」
『違う、違う…!彗さん…!!』
心の中では否定ができるのに、体が言うことを聞かない。
「俺の親切を素直に受け取ってくれたもんな、勘違いさせて悪かった。謝るよ」
「…っ…!」
『声出て…!早く!』
朧はじわりと目頭が熱くなるのを感じた。
「それじゃ、今日はありがとう。ゆっくり休んでくれ」
星河はそれだけ言って、朧から目を背けた。
「……がう。」
「…ん?」
朧は星河の手を掴み叫んだ。
「違う!この気持ちは勘違いなんかじゃない!本当に、本当にあなたのことが好きなんです!」
星河は目を見開き、朧を見る。
「確かに親切にしてもらって嬉しかったし、あなたに憧れていました!でもいつの間にか、あなたを目で追うようになって、たくさんのことを知って愛おしく思って、もっとあなたを知りたいって、もっともっとあなたに僕を知ってもらいたくて、ずっと彗さんのことしか考えられなくて…!」
一気に喋ったからか、過呼吸のようになってしまった朧を星河は優しく抱きしめる。
「気持ちはわかったよ…。悪かった…。………俺も好きだよ」
朧の耳元で、囁く星河。朧は、そのまま星河の胸で涙を流し続けた。
その夜、2人は関係を持つようになる。朧の力を知っても、『そんなの知らねぇ』と聞く耳を持たなかった。その日から一転、2人は充実した日々を送った。いつか来る別れを忘れて。
夜の街に、普段と変わらぬサイレンの音がこだまする。
「っ…ぁ…?お、ぼろ…?」
愛する人の名を呼んだ。
「…っ!?彗さん!聞こえますか…?彗さん!ねぇ…!起きてくださいよ…!!」
ぼやけた視界から、見慣れた姿を見つける。手を伸ばすと、温かい手が握り返してきた。朧から嗚咽のようなものが聞こえてくる。
「…っとに、お前は泣き虫だなぁ……」
ハハハと笑うがその衝撃で顔に痛みが走り、星河は唸り声をあげた。
「誰のせいですか…!あぁもう!動かないで…!」
星河は、朧の後ろを見た。
「…どうしてくれんだ。俺の店が、ボロボロじゃねぇか…」
瓦礫と化した店を見つめ、ため息をつく。開店と同時に入ってきたのは、爆弾とイカれた元従業員。違法薬物を服用したことでクビになり、復讐を誓ったと後に取り調べ室で証言した。
「彗さん!ダメです…!死んじゃ、嫌だ…!!」
「わりぃな…。……愛してるよ」
そして静かに目を閉じた。
あれから数日後、朧は歌舞伎町が一望できるほどの高いビルの屋上に来ていた。月よりも眩しい地上では、アリのように人々が生きている。
「ごめんね。彗さん。僕は彗さんがいない世界で生きていくことなんて、できないみたいだ。」
眩いビルの光を背に、一歩後ろへ下がる。風が背中に当たり上へ駆けていった。
「彗さん!僕も愛してる!あなたのいる世界が、僕は好きなんだ…!」
今宵も月は星を輝かせ、星は月を支えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます