第2話
頬に熱いものが降ってきて、わたしは昔の思い出から、今の状況へと引き戻された。
「目を開けて、それだけでいいから。声を聞きたいなんて言わない、笑ってほしいなんて言わない、だから」
季神がわたしを抱きしめている。濃く甘い、神の国にしか咲かない花のにおいがする。
この花には酩酊作用がある。神々にとっては何でもない香りだが、人間には幻覚を見せ、痛みも苦しみも感じなくさせてしまう。
わたしが歩けなくなってから、気づけば季神はいつもこの花を身にまとうようになった。季神に抱きしめられ、その甘い香りに包み込まれるたびに、わたしは、かつてここまでわたしを案内してくれた、いずこかの神の贄だという、あの人の言葉を思い出す。
『神に何かを期待されることがあるならば、それはとても、恐ろしいことだよ。神に関心を持たれるということはね。とてもとても、恐ろしいことだ』
それがどういう意味なのか、理解できた頃にはもはやわたしは自力で起き上がれることさえ稀になっていた。
季神は初め、わたしに関心を持たなかった。それからしばらくして、彼らしい気まぐれから、わたしを愛するようになった。
ぼくが飽きるまでの暇つぶしだよ、と彼は言った。わたしもそれを信じた。なぜなら季神は気まぐれで残酷な神だと聞かされていたからだ。
でも、結局彼は、わたしに飽きることはなかった。
わたしは彼に愛された。伴侶と呼ばれた。ほとんどの時間をともに過ごすようになった。
季神と過ごす時間が増えるほどに、彼の纏う天上の草花の毒がわたしをおかしてゆくようになった。
坂を転げ落ちるようにわたしの状態が悪化してゆくと、季神はなんとかしてそれを止めようとした。それすらもかなわないと知ると、一秒でもわたしの命を長く保たせようと、腐心するようになった。
酩酊作用のある花、神々の酒、天上の清浄な空気、薬、祈り――ありとあらゆる手段でわたしは生かされた。
贄のなかにはいつまで経っても死なせてもらえない者もいる。
今のわたしがまさにそれだった。自力では指一本動かすことさえままならないのに、それでも、わたしはまだ死んでいなかった。
神に愛されるということは、神に執着されるということは、こういうことになるのだ。あの人はきっとそのことを知っていて、わたしにはあえて何も言わなかった。今まで何人もの贄を見てきたとあの人は言ったのだ。きっと、わたしがこうなることも、はじめから予想できていたのだろう。
わたしは、何も教えてくれなかったあの人を恨むつもりはない。
季神が気まぐれにわたしを愛さなければと、憎むつもりもない。
わたしはもう満足してしまった。そして疲れてしまった。嘆くことにも、後悔することにも、苦しむことにも、絶望することにさえも。
ただ、わたしは願うだけだ。こうして季神の愛に包まれながら、いつの日か完全なる眠りにつくことを――――。
神々の愛着 二枚貝 @ShijimiH
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