国家転覆案

狐うどん

第1話 死亡

 魂の重さは21gだと、かの有名なダンカン・マクドゥーガルの実験から言われるようになった。果たしてそれは真実か否か。それは今はあまり関係がないのだが。何故こんな事を言い出したかというと、まあ、簡潔に言って仕舞えばやらかした。そう、やらかしたのだ。やらかして、死にそうである。乾いた笑いしか出てこないのは仕方がないだろう。


「Oh......shit!!」


 この際口から漏れ出る品のない言葉には目を瞑っていただこう。神様に向かってうんこでも投げ飛ばしたい気分だ。いや、神にではなく正確な情報を寄越さなかった情報司令部に向かってぶん投げるべきか。とにかく、この状況はとんでもなくクソである事は嘘偽りのない事実だ。しかし幸いにも、俺には家で帰りを待つ妻子もいなければ一生涯の親友と呼べる友もいない。慕ってくれる部下はいるが、信頼してくれる上官はいるが、それは仕事上の話だ。「ああここまで、ここまでなのか」という悲壮感あふれる、まるでハリウッド映画のようなセリフが浮かんでは消える。増援は見込めない。生存も見込めない。空軍は制空権を取れただろうか。俺の大隊はどうなった?くそ、くそ!まだこの命を散らすにはやり残したことがありすぎる。どんな無茶な任務だといえ、上からの遂行命令があるのならばそれに従い、応えるべきであるというのに。ああしくじった、もう目を開いていられない…。くそ、俺がlostしたことをあいつらに伝えないといけないのに……。ああくそ、くそ………








     同時刻、メガノフ戦線上空

 そこは混乱に陥っていた。地上から支援を行うはずの第一四四アルアミスの大隊が未だ到着していないのが主な理由に挙げられる。そのほかにも、貰っていた情報よりもはるかに多い敵の数にも困惑を強制させられていた。


『おい、アルアスミスの大隊はまだか⁈』


『隊長殿…!それが先ほどからアルアスミス大佐との連絡が取れず……』


『通信妨害でも受けているのか⁈繋がるまで粘れ‼︎』


『りょ、了解!』


 上空で、無線機を介して交わされる言葉はそれを聞いている人間の不安と恐怖を煽っていく。あるものは〝あの〟第一四四大隊が敵部隊に壊滅させられたのではと不安になり、あるものはアルアスミスが敵戦力に敗北したのではないかと不安になり、あるものはもう敵の術中にはまっているのではないかと不安になった。そう思考した全員が、単なる杞憂で終わって欲しいと願っている。が、残念なことにその全てが今の状況である。

 超大国とも呼ばれるまでに発展したこの国も、ただただ流れるように肥大化していっただけかもしれない。数の利に質の利で、戦術の利で善勝した事例は少なくない。戦場に出ている人間が、必ずしも母国を裏切らないとは限らない。針の穴よりも小さな穴を掻い潜り、剣山を素足で登るより険しい道を歩き、自身を最新の機器を使い徹底的に守り固め、自国に情報を垂れ流すスパイが居ないとも限らない。この肥大化した国では、戦争は養分である。と同時に毒でもある。人間を、詳しく言えば軍人を、として認識し、として認識している国のトップがいる事は事実だ。前線にいる兵士をなんだとも思っていない後衛の情報司令部が寄越した情報は確かに不足があった。いや、不足しかなかったというべきか。それを薄々、陸軍も空軍も気が付いていた。しかし上がやれと言ったのだから仕方がない。それを知ってなお作戦遂行に移した現場が悪いと判断されるのを知っておきながら。だから、その通信が入った時には、最悪極まれりと報告されたも同然だった。


『アルアスミス大佐の生命活動の停止を確認いたしました』


 無慈悲にも脳みそに叩きつけられる現実。無駄に丁寧な物言いで無線機を介しそれを淡々と方向する情報党。戦場においてこれほどに苦しい現実があろうか。仲間の死、というのも苦しいことだが、今作戦で最も頼りにしていた人物が永遠に戦場を去ったのだ。空軍は今にも踵を返したい気持ちで溢れた。しかし、最悪の報告はそれだけではなかった。


『第一四四大隊の壊滅を確認いたしました』


「あっ、ああ神よ!ああ我らが主たるイエス様よ!あなたはこれを望まれたというのですか!」


 思わず部隊の隊長が空を仰いだのは仕方のないことだ。まだ無線機の向こうの情報党に「お前らの寄越した情報が適当だったせいだ」と八つ当たりしなかっただけマシだ。情報党は情報司令部の党の一つとはいえこの状況には関係がないからだ。


『隊長殿、どういたしますか⁈』


 別の無線機からは部下の切羽詰まった声が聞こえてくる。撤退は今作戦が全て完了してからだと言われている。しかし、陸からの支援がなければ今作戦は機能しない。アルアスミスの大隊が地上からの支援を行うことが前提条件にあったのだ。このまま撤退すれば敵前逃亡と見做され、無理に作戦を継続しようとすれば今度は部隊が被害に遭う事は目に見えている。上に指示を仰ごうにも作戦を秘匿するために無線は繋がっていない。

 戦場において孤独となるのは仲間と逸れた時ではない。自分以外が全員lostした時でもない。今のような、どこにも助けを求められないような状況である。


『隊長殿!どうなさるんですか⁈早くご指示を!』


 無線の向こうからは攻撃を受けている音が聞こえる。部下の焦った声が聞こえる。部下だけではなく、自分も敵戦力の対空砲撃から逃げているところである。

 一部隊を預かるとは、作戦を遂行させなければいけないという理性と、部下を犬死にさせたくないという感情の間に板挟みになる可能性を視野に入れなければいけない。部隊長は幾度となく戦場を経験してきて、覚悟はあったはずだ。しかしいざ自分がその立場となると冷静な判断というものがし辛くなるものだ。


「ああくそ!」

『情報党!我々第一三三特別作戦部隊は一度撤退する!』


 何も言わずに撤退し、敵前逃亡と見られては敵わない。面倒だが、敵からの砲撃を避けながら報告を入れる。しかし、帰ってきた情報党の答えは残酷なものであった。


『遺憾ながら許可できない。作戦完了前の一時撤退は許可されていない』


『このままでは全員犬死にになる!戦略的撤退だ!』


 負けじと食ってかかる。しかし前衛の兵士が死のうが、前衛を経験していない後衛にはこれと言ってダメージがないのだ。つまり、これまた厳しい答えが返ってくることになる。


『すでに増援が向かっておりますので。戦略は参謀法部が立てていますのでご心配なく』


 この時部隊長の脳裏に浮かんだのは、「あの時に八つ当たりしとけばよかった」で、ある。少々的外れな感想な気もするが、実際にはもっと憎悪のこもったものであるだろう。

 

『……ああクソッタレ、分かったよ!一三三特別作戦部隊!作戦を強行する!敵観測地点のみ狙え!上は地獄行きの片道切符しか用意していなかったようでな!すまん、俺と死んでくれ!』


 くそ、と小さくつぶやいて部隊に知らせる。戦場において重要なことは、無慈悲な判断だ。たとえ聖人君主だとしても戦場において生半可な覚悟では、生きていくことはできないのだ。殺すか、殺されるか。いつか戦争が終わりその判断が後に批判され、自身が戦争犯罪者として吊し上げられても、だ。


『『了解いたしました、部隊長殿、中尉殿!!』』


 地獄への招待状だとしても、上が言うのならば喜んで。帰れる保証がなかったとしても、隊長が言うのならば喜んで。死地とて我らの敵にあらず。いざ行かん、我らが祖国に永遠を––––




第一話 死亡


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国家転覆案 狐うどん @kituneudon_en

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