赤鬼はつらいよ

月井 忠

第1話

 ピンポーン。


「はい」

 インターホンから男の声が返ってくる。


「すいません、地獄から来た者ですけど、今よろしいでしょうか?」

「え? ええ」


 男は怪訝な声を上げた後、ドアを開けた。


「おわっ! 赤鬼か? で、なんすか?」

「只今、お得な情報を提供している所でして、この機会に是非!」


 俺は早口でまくしたて、パンフレットを手渡す。


「こちら、徳々修行プランなんてオススメです。お寺に行って過酷な修行をすることで徳を積み、地獄での刑期を減らせます」

「名乗るのが先じゃない?」


 案外冷静な相手らしい。

 仕方なく名刺を渡す。


「私、地獄日本支部関東営業所、赤鬼のZINと申します」

「ヤンキーみてえだな」


 名前は上司につけられたもので、俺も早く改名したい。


「それで、徳々修行プランどうですか?」


 男は真顔のまま黙り込む。


「では、楽々生き地獄プランなんてどうでしょう? これからずっと生き地獄を味わうことで刑期を減らせます」

「てかさ、なんでオレ地獄行き決定なの?」


 自分の胸に聞け。


「私に聞かれましても……」

 俺も真顔で返す。


「死んだ後のことなんて知らねえし、帰れや」

 男は乱暴にドアを閉める。


 初訪問だとこんなもんか。


 時計を見ると、もう夜の七時だ。

 七時以降の営業は禁止されている。


 帰るか。


 俺は駅へ向かって歩きだす。




 今、地獄は満杯状態だ。

 こうして飛び込み営業をかけ、生きている間に地獄の刑期を減らしてもらい、なんとか満杯状態を解消しようとしている。


 以前は、死んだ者を異世界に転生させることで解消しようとしたが、すぐに問題が発生した。

 元々、地獄行きになるような人間だ。


 異世界に行っても、悪行三昧で異世界側からクレームが来たのだ。

 向こうは勇者を求めているようで、膨大な転生費用と見合わないとのことだった。


 ちなみに、今でも細々と事業は継続している。

 格安転生を実現した世界では、転生者を奴隷として使い潰しているらしい。


 こちらとしては転生者をどう扱おうと一向に構わないので、どんどん送りこんでいる。


 しかし、これも焼け石に水だ。

 異世界で死んだ後は、結局地獄に戻ってくる。


 問題の先送りでしかない。


 俺は電車に乗り込むとネクタイを緩める。


 早く内勤に戻りたい。

 俺は今、獄卒採用試験の勉強中だ。


 受かれば地獄で亡者どもをいたぶる仕事に就ける。


 こんな不毛な営業はこりごりだった。


 あの男のように地獄行きになるような奴は年金も払っていない。

 老後のことも考えられないような奴が、死後のことを考えられるとは思えない。


 ピロリン。


 携帯を取り出すと業務メールが来ていた。


「今日の地獄門」というタイトルで、地図が貼ってある。

 マークの場所は駅前の居酒屋「アル中墓場」のすぐそば。


 あの一件から、営業所は毎日地獄門の場所を変えることにした。


 それはとある青鬼の不始末から発生した。


 青鬼は地獄門の鍵をどこかで落としたらしく、そのことを報告しなかった。


 気持ちはわかる。


 青鬼も獄卒採用試験を目指していた。

 鍵の紛失を報告すれば、向こう何百年かは営業畑だ。


 鍵は運悪く最悪の人間に渡った。


 迷惑系YouTuberだ。


 鍵を手にした若者は地獄門を見つけ出すと、鍵を使って地獄に入る。


 動画のタイトルは「地獄、行ってみた」。


 再生数はそこそこ伸びたらしい。

 青鬼は、あれから姿を見ない。


 俺はポケットに手を入れパスケースを取り出し、キーチェーンの先を見る。


 あれ?


 そこにあるはずの地獄門の鍵がない。


 Suicaはあるのに鍵がない。


 背中に冷や汗が流れた。


 青鬼の末路が頭をよぎる。


 この国では財布を落としても中身と一緒に届くらしい。

 しかし、あの青鬼はどうなった?


 気づくと地獄門の前だった。


「地獄行き」と書かれた紙が貼ってある普通のドア。


 俺は呆然とその地獄門を見ていた。


 ドアノブの横に目を移すと、ハッと気づく。

 マンションのオートロックで良く見るテンキーがあった。


 そうだった。


 今日から鍵は危ないということで、暗証番号に変わったのだった。


 鍵は朝、営業所に返していた。


 ホッと一息ついて、暗証番号を打ちドアを開ける。


 なぜか通路の先には一人の男がいた。


「では、配信初めたいと思いま~す。皆さん、ここどこだと思います? なんと地獄への通路です。そうです! 地獄門、見つけちゃいました~。そして皆さんに耳寄りな情報あります。なんと地獄門、暗証番号で開けられるんですよ~。暗証番号なんだと思います~? 0459でジゴクですって。はい、ここ笑うところ~」


 背中に冷や汗が流れた。


 いや、俺が悪いわけではない。


「ちょい、ちょい、ちょーーーーい」

 と俺は駆け寄った。




 結局、俺にお咎めはなく、むしろ配信を止めたことで上司から褒められた。


 地獄門はというと、暗証番号をやめて鍵に戻った。


 もちろんこれでは前と同じなので、セ◯ムに入ることになった。


 今のところ問題はセコ◯の方で対応してくれている。

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赤鬼はつらいよ 月井 忠 @TKTDS

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