Wonderland in Alice hole

@shiiiima

 私はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン数学者だ。論理学者でもある。さて、最近は専ら数学の方の研究に打ち込んでいる。いや、嘘だ。その最近はとうに過ぎてしまった。数学に対する情熱も興奮もどこかに置き忘れてしまった。いや、未だに難題に出会う度に胸の奥の消えかけた部分が再燃しようとするのは確かだ。しかし、その機会が起こらないよう無意識下に努めているように思う。もう、私は歳なのか。教壇に経つ時に思う。大概の学生は平凡で、平凡な態度、平凡なアイディアを持つ。私はそれを否定しない。それはそれで美しい人類の姿だと思うからだ。例えるなら中世の華美を象徴する城達の一番地味な庭先の一番ちっぽけな、だが手入れはされているツゲの木のような。何が言いたいのかと言うと素晴らしい庭園にも目立たないものの手入れはされている庭が必要なのだろうということだ。ううん、例えば苦手なんだ。許してくれ。しまいには学生にも私の例えは長くて分かりずらい童話でも聞いているようだと揶揄されている。数式だけ書いてもらえればわかりやすいのにという声すらある。だが、そんな声も嬉しい話だ。少なくとも私の童話を最後まで聴く努力をし、私の数式は私の童話よりよっぽど分かりやすいと感じた学生の存在を裏付けているからだ。何が言いたかったかと言うと、いや、もう忘れてしまった。筆を走らせるうちに主題を忘れてしまうのも私の悪癖でもある。だが、完璧な人間には付け入る隙がないだろう?人と上手く付き合うには自分の弱みをさらけ出すことも必要だと人生を通じて学んだのだ。まあ、それほど友人と呼べるような者もいないのだが。しかし仕事をするのに必要なのは友人ではなく、互いにある程度信頼を置いている同僚である。友情というものは同じ時間と空間を分け合うのに必要だ。しかし、そうした所で目の前の書類の山も煩雑な手続きの一個も消化しえない。

 思い出した。完璧な人間のくだりで思い出したよ。失われた私の情熱についての話だった。そして教壇に立ち学生達を見るとというくだりで脱線してしまったのだ。その、なんだ。おおよそは平凡な学生だがやる気に満ち、なおかつ非凡な学生というのもいる。それを見るとかつての私を思い出すのだ。なに、皆やる気に満ちろもっと向上心を持てなどという説教じみた話でも老人の自慢話をしたい訳でもない。まあ、老人なのは確かだが。つい、つまらない自虐をしてしまうのも私の悪癖だろうか。何が言いたかったのだろう。少し読み返してみる。そうだった、かつてのやる気に満ち溢れた自分を非凡で勤勉な学生に投影してしまう話だった。彼らはいや面倒だから勝手だがある一人に限定させてもらって彼は、いつも面白い行動をする。私はそれでも講義のために早めに講義室へ足を運び教科書を開き何の話をするか、どういったポイントがあるのかを押える。よって誰もいない講義室に足を運びポイントを押さえそれとなく窓を眺めているとぞろぞろと学生がやって来るのだ。しかし、彼が講義にやってくるようになってからは別の日常が始まってしまった。講義室に入るともう既に彼は居て、爽やかな挨拶をくれる。そして必ず口を開いてこう言うのだ。「先生、本日の講義についてなのですが、」と。彼は彼ほどの頭脳があれば問題にすることでも内容な事象しかし、学問的には確かに根幹に関わるような事象についてのいくつかの質問を用意しており、必ず私から発展的な内容まで聞き出してしまうのだ。尋問を受けているような気分になるが決して悪い気持ちはしない。不思議と気分が良くなりすらすらと話してしまう。気がつくと講義室には人が満ちており話が終わる頃には講義の時間に差し掛かるのだ。しかも講義のポイントについては彼の質問で十分に深められているのが驚きだ。第二に彼は私の研究室までやってきて質問をする。それは講義前のやわな質問ではなく彼が個人的に取り組んでいる問題に対しての質問であり彼が行き詰まったり、正誤に不安があるときに質問に来るのだ。確かに学問的には最先端とは程遠いものだが、学生にしては途方もなく深い学問に精通しており、彼が私のような歳になれば太刀打ちも出来ないような素晴らしい学問屋になるはずだ。彼の素晴らしい所は私の発言を全て鵜呑みにせずしっかりと咀嚼している所であり、以前意地悪で間違った情報を与えたところ彼は立ち止まり少し考えたあと論理的に私の提案を否定して見せたのだ。その時初めて彼のことを非凡とした。ただの勤勉な学生ではなく非凡で勤勉な学生としたのだ。ふざけるな!そんな学生いる訳が無いだろう!!!!

 ああ、彼とは私自身であり私とは彼である。かつての私は本当に素晴らしかった。どうだすごいだう!ああ、これは私が以下に素晴らしかったかを諸君らに見せつけるためにつまらない書き出しから書いた自画自賛のための小話だ最後まで読んだ君、ざまあみろ。なんの意味もないなんの価値もない自慢話を無防備なその身体に調節刻み込んでやったぞ!!

 はあ、そうだ。私は最近は専ら童話作家だルイス・キャロルという名前で活動している。

 と綴りきったあと彼はペンを置き、少し伸びをしたあとうたた寝を始めた。開ききった窓からはあたたかな日が差し込んでおり、薄暗い室内に明かりを灯している。柔らかな風が彼の頬を撫でる。

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