地獄の門の鍵

紫陽花の花びら

第1話

 兄ちゃんの本棚には怖い本や、きもい本が何冊もある。拷問、地獄、お化けとか、表紙なんか、おどろおどろしていて本当気味悪い。

 ある時兄ちゃんに聞いてみた。

地獄とか好きなのかって。

そしたら、

「馬鹿。好きなわけないだろ。 念のため読んでるの」 

って。念のためって何?

「念のためって。なんの念?」

「だから念のためだよ」

「ああ~怨念がおんねんかぁ」

「はぁ? ばぁかぁ~その念じゃないわ。用心する事だよ」

それから兄ちゃんはあ~だこ~だと話していたが、要するに死んで地獄に落ちた時の為に、知識を持っていたいらしい。

「良いか。地獄の沙汰も金次第。これは……」

「そんくらい判るよ。で、具体的には?」

「それは、まず金を貯める。そして地獄界に行かされる前に、地獄の門を通る時に、ほら先週妖怪のアニメでやってただろう? あれだよ」

「あれかぁ。ならお金いるね」

「だろ? この漫画書いた人は凄い人で、妖怪やお化け、摩訶不思議な世界に超詳しくてさ。その人が地獄の門のことを漫画にしたんだから絶対地獄はあるんだよ。

えっと、獄の門の写真が載っている本はと……」

兄ちゃんは本棚から一冊の本を持ってきた。それはロダンと言う人の彫刻の写真が載っている本だった。これはヤバイ! だってみんな裸で下を向いているんだ。洋服は悪魔に取られたのかも。それより何より、苦しそうな人たちだらけの彫刻を見ているだけで悲しくなってきた。

「兄ちゃん悲しい」

「うん、わかる……この文が怖いんだ。ここに入るもの一切の望を棄てよって。わかる? 地獄に入ったら希望も救いもないんだ。

幾ら気持ち入れ替えてもさ」

悪いことだって色々あるけど、みんな一緒になっちゃうのかな?

「悪いとこしたら地獄に落ちるって言うけどさ、この世界中の人たちみんな、一回や二回噓ついたり、嫌なことしたことあると思うんだ。じゃあ、みんな地獄に落ちるよね、だったら天国なんて入らないって事だよ。それにもし、お金でやったことが消えるなら、お金持ちは得するね。なんか狡いよそれって」

お兄ちゃんはペラペラと本を捲っていたけど、途中から俺の話し真剣に聞いている。

「本当だな。お金で罪が消せなければ地獄ギュウギュウ状態だな」

俺とお兄ちゃんは顔を見合わせ思わず笑ってしまった。

「地獄行きにならないようにするは如何したら良いのかなぁ。お金は狡いし」

本当にどうしたら良いんだろ? 

天国行きと地獄行きを決めるのは誰なんだろ。知らない神様に決められるのかなあ。そんなの嫌だよ。

 その時、ドアをどんどん叩き怒鳴る家の閻魔様。

「ちょっと! あんた達! まだ寝てないの! 電気代がもったいないでしょう!」

怒りながら部屋に入ってきた閻魔、間違えた! 俺たちの優しいお母さんにあの写真を見せた。

「何これ? うーんと……地獄の門か、あ~ロダンね、見てるだけで気持ちが落ちるね」

無敵なお母さんも、これは嫌なんだ。

「ねぇ、お母さん聞いてもいい?」

「何? わかること聞いてよ」

確かにってそんな事判る訳ないでしょ! と思いながら俺は、

「天国行きと地獄行きを決めるのは誰だと思う?」

お母さんは唸っている。ものすごく唸っている。兄ちゃんは黙々寝る支度をしている。

「まずお母さんの考えだから、合っているとか間違っているとかは判らないよ。それでも良い? 良いね、なら話すけど。お母さん天国も地獄もここにあると思っているの」

そう言って胸と頭を擦った。

「何かが起こったら、まず何故起きたか考える。人でも何でも、傷つけても、傷つけられて自分が苦しむ。これ地獄。そんな嫌な事がないのが天国よね。だから自分が痛いと感じることは、誰でもが痛いと思え。自分が嬉しいと感じることは誰でもが嬉しいと思え。大切なのは良く考える事。そして天国の気持ちに近づく勇気を持つことかな」

「でも母さん……地獄の門を一度開いてしまったら、締める事なんか出来るのかな。誘惑とか、疑念とかさ。それにのみ込まれる事だってあるよね」

お母さんは深く頷いた。

「お兄ちゃんは凄い。本当疑念が一番厄介。これが起きてきたら、なかなか消えてくれない。この疑う心はどうしたらなくなると思う?」

俺も兄ちゃんも考えた。

そして兄ちゃんが口を開いた。

「信じる事……あっ! でもその前に話すこと。相手を知ることかな」

「うんうん。そうだよね。信じるにはまず相手知ること。それには人に興味を持つこと。色々な人がいる事をまず知って、それから心通わせる事が出来たら良いね」

俺にはまだ難しい。

「だからさぁ、地獄に落ちないようするには如何するの?」

お母さんは俺の全身を擦って、

「ここ。ここが大事なの。頭で考えるでしょ? これって良いこと? 悪いこと? って。そして辛いと体は重くなるの。嬉しいと軽くなるのはわかるよね。天国の門の前にいるのか、それとも地獄の門の鍵を開けようとしているのか。優が感じて考える。それが鍵だと思う」

良し! 考える。沢山考える。そして周りの人と話すよ!




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