サン・ミケラ大聖堂 : ジン & デミトリ vs 大賢者イザヤ ③

 潮目が変わった、とジンが言った。


 その言葉はイザヤをさらに苛立たせるものだった。


 たしかにデミトリの飛ぶ斬撃は、無視できない威力を誇る。

 ただの風圧ではなく魔力を帯びている以上、イザヤも魔術による防御を行わなけばならない。


 しかしそれだけでイザヤを倒せるほど甘くない。

 


「甘いことを言っておる」



 イザヤは無表情でそう言った。


 彼は老木の杖を振るい、光の弾丸を無数に創り出す。

 次の瞬間にはそれらが一斉に放たれ、ジンとデミトリに襲いかかる。



「ふっ」



 その光の弾丸をジンがすべて斬り落とす。



「はああっ!!」



 そこでデミトリが上段から大剣を振り下ろし、またも魔力を帯びた剣圧を放つ。


 剣圧は唸りを上げながらイザヤに迫る。



「無駄じゃよ」



 イザヤは剣圧を難なく回避する。



「まだだ!!」



 だが、デミトリは直後に二撃目を放った。



「むっ!」



 渾身の一撃を、二度放つ。

 それは体力面でも魔力面でも、かなり自分を酷使している行為である。


 だが、その効果は大きかった。

 イザヤは避けきれず、光の魔力で剣圧の魔力を中和しつつ、杖に魔力をまとって弾いた。

 直撃は避けたイザヤだったが、彼の右手には痺れが残った。



「ちっ、接近してきておるのう。そうはいくか」



 イザヤはすぐさま飛び退いて、ジンとデミトリから距離を取った。


 デミトリの飛ぶ剣圧だけを警戒するのは危険だ。

 その間もジンはひそかに間合いを詰め、気が付いたら数秒前よりも二、三歩近づいているのだ。


 この間合いの詰め方が曲者だ。もし見落としてしまったり、隙ができてしまえば、すぐさま間合いを詰めて斬りかかるつもりだろう。



「まだまだ、行くぞおっ!!」



 デミトリは吼え、立て続けに剣圧を放つ。

 その剣圧は大地を割りながら、イザヤに襲いかかる。

 どの一撃も高火力を誇り、まともに喰らえばイザヤでも軽傷では済まない。


 しかし、イザヤは感づいていた。


 このデミトリの剣圧攻撃は、そう何度も放てるものではない。

 良くてあと5発ほどで魔力も枯渇し、筋肉も悲鳴を上げるだろう。

 デミトリの体力と魔力がどこまで保つのか正確な数字はわからないが、お世辞にも燃費の良い技とは言えない。



「ぐ、うっ……はぁ、はぁ」



 やがてデミトリは片膝をついた。


 嘔気、頭痛、寒気といった魔力切れの症状がデミトリを襲う。

 それと同時に、膝、腕などの四肢にも疲労がたまり、痛みと痺れが走る。



「やっと打ち止めのようじゃな」



 イザヤは笑った。

 目論見通り、デミトリは疲弊した。

 

 そもそも強烈な光の中に閉じ込められたことで、目を閉じてイザヤの位置を探しつつ攻撃していた。それゆえ普段よりも集中力を使い、疲労しやすい状態になっているのだ。

 ジンなどはそこまで影響がなくても、デミトリにとっては目が見えない戦いの中で渾身の技を何度も放つなど、相当な負荷となっていたのだ。



「まさか即興で剣圧を飛ばせるようになるとは驚きじゃったぞ。まだまだ粗削りじゃが、後々脅威となる剣士だと言える」



 イザヤはデミトリの将来性を危惧していた。

 この程度の剣士なら、双竜帝国や魔大陸にはゴロゴロいる。


 だが、成長性という観点からすれば、目を見張るものがある。



「もう動けぬおぬしに興味はない。ジンを仕留めた後、おぬしも確実に始末する」



 イザヤはデミトリを見くびっていない。

 今はジンという老剣士の方が格段に脅威的だが、このままデミトリが生き残って成長すれば、いずれ聖王国にとっても脅威となるだろう。



「ふざけ、るな」



 デミトリは肩で息をしながら、立ち上がる。

 立つだけでやっと、という状態だ。


 ジンはそのデミトリに対し、肩を貸した。



「ジンよ、まさかその若い剣士が、まだ戦力になると思っておるのか」



 イザヤは問いかける。


 ジンはイザヤの問いかけに返答せず、デミトリに耳打ちした。



「あと一発だけ、撃てるか?」



 デミトリはうなずいた。



「ならば持ち手を変えて、刃を向けずに振り下ろせ」


「……あ、ああ」



 ジンの助言の意図は、デミトリには読めなかった。

 

 だが、デミトリはなんとか立ち上がると、再び剣を上段に構え、集中した。



「ふぅーーー……」



 デミトリは呼吸を整えて、全身の力を最適な状態に分散させる。

 ただ単に全身を脱力するのではなく、必要な場所には力を入れつつ、余計な力を抜いていく。



「馬鹿の一つ覚え、か」



 イザヤは鼻で笑った。


 この一発でデミトリは完全に動けなくなるだろう。

 動けなくなれば、当然何もできなくなり、ジンはデミトリを守りながら戦うしかない。

 デミトリを見捨ててイザヤに接近するという選択肢もあるが、ジンの性格上、無為に仲間の命を見捨てることはないだろうとイザヤは推察した。



『これで邪魔な剣圧攻撃がなくなる。あとは少しずつ、遠距離からチェスのごとくジンを追い詰めれば良い』



 イザヤはヨセフの光輪を使ったことで、現在は光魔術しか使えなくなった。

 このまばゆい光を放つ妨害魔術を使っている最中は、光魔術以外の魔術が使えなくなってしまう。もし氷や炎といった魔術を使えば、その時点でヨセフの光輪の光量は弱ってしまう。


 そのような制限があるのだが、イザヤはこの戦法こそがジンにとっては最適解と判断した。

 ジンといえど目が見えなければ、イザヤに近づくことは難しい。気配を読み、卍抜を発動しながら近づくという方法もあるが、すぐに接近することはできず、その間にイザヤはいくらでも距離を離すことができる。


 つまり、ジンも、デミトリも、すでに詰んでいるのだ。


 

「これ、が……最後だぁああっ!!」



 デミトリはまたも上段から大剣を振り下ろした。


 だが、その直後、


 ジンがすっと移動して、デミトリの前方に割って入った。



「なっ!」


「なんじゃとっ!?」



 デミトリもイザヤも、驚愕する。

 イザヤは自分の目を疑った。ジンは味方の渾身の一撃に、自分の身を晒したのだ。

 そしてデミトリは、自分の前方に急に影が現れたことに驚いて、慌てて目を開き、ジンの背中を目にして凍りついた。


 デミトリはすでに剣圧攻撃を放った。いや、放ってしまった。

 その威力と切れ味はすでに実証済みである。命中すれば人体は真っ二つになり、硬い石材も粉々に砕けてしまう。


 そんな剣圧攻撃の射線上に、ジンが割って入ったのだ。


 しかし、



「今だ」



 ジンはその剣圧を背中で受けつつ、前方に跳んだ。


 そして剣圧はジンの体を両断することなく、ただひたすらに前方に向かって押し飛ばしていく。

 そう、デミトリはジンに言われるがままに、剣圧を放った。

 刃の腹の部分をイザヤに向けて、思いきり振り下ろしたのだ。


 ゆえにその剣圧は、剣圧となる。

 ただひたすらに爆発的な推進力を生み出す、強烈な圧力となったのだ。



「このっ……」



 イザヤはただちに魔術を放とうとした。


 が、


 一瞬にしてジンはイザヤに接近し、すれ違いざまに胴を一閃した。



「言ったはずだ。俺の太刀が、お前を斬ると」



 上半身と下半身が分かたれた大賢者に、剣鬼は言い捨てた。

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大魔王の孫娘×老いた剣豪の下剋上 ~ 居合の神は、魔族の姫君の王配(保護者)となる 鈴ノ村 @kan-suke

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