サン・ミケラ大聖堂 : ジン & デミトリ vs 大賢者イザヤ ②

 イザヤは預言者としても知られている。

 聖王国では実質上の最高司祭として君臨し、預言の大天使ガブリエルの加護を得ていることで、彼はサン・ミケラ大聖堂にて天使の預言を受け取ることができるのだ。


 ガブリエルの加護を持つ者は、聖王国にて一人だけ。

 預言の大天使ガブリエルの加護は、他の大天使ミカエル、ウリエル、ラファエルの加護よりも特別なのだ。


 そんなイザヤに対して、ジンは預言めいたことを吐いた。


 預言者に対して、死の預言を行う。


 それは冒涜であり、挑発である。


 ただし、もしもこれが、取るに足らない人間が放った言葉ならば、ただの戯言として一蹴するだろう。

 イザヤもこの一言など一笑に付して、冷静に追い詰めていた違いない。


 しかし今のジンの刃は、大陸屈指の魔術師イザヤの命に届きうる。

 それゆえに、彼のお株を奪うような預言は、冷静沈着なイザヤの心を少しずつざわつかせた。


 もちろんこれはジンの揺さぶりである。

 敵を揺さぶり、平常心を失わせることは、兵法の基本である。


 イザヤもそれはわかっているが、それでもやはり、わずかな苛立ちを感じたことは無視できない事実であった。



「焼き尽くせ、閃熱よ」



 イザヤは老木の聖杖を振るい、超高熱の光線を放つ。

 

 触れた物体すべてを溶かしてしまうほどの熱量だ。

 当然、鉄も、岩も、人体も、何もかもを貫通する。


 だが、ジンの太刀はあっけなくこの熱光線を両断する。


 この太刀に特別な力はない。魔力もない、ただの太刀だ。

 ただしこの太刀はジンが元の世界からずっと愛用してきた一振りであり、武骨で長大な造りながらも、まぎれもない業物である。

 山城国の刀工『信国』の無銘の大太刀。小柄なジンが超速の抜刀を行い、敵を両断する唯一無二の得物。 


 その太刀は、ジンの手にあることで、天下の一振りとなる。


 長年にわたって培われた技術、染みわたった慣れ、それらの要素により、


 魔術によって発生したエネルギーすらも斬り捨てる。

 

 かの戦女神ドゥルガーの雷すらも、ジンは斬った。

 それは彼が極限まで練り上げた技術と、彼の手になじむ太刀のおかげである。



『鋼鉄すらも溶かす熱光線を、ただの剣で斬りおった。しかも剣の刃はまったく損傷しておらず、無事なまま。一体どのような速度で斬れば、そんな真似ができるのか』



 イザヤはひそかに歯噛みした。


 原理はとても簡単なものである。

 彼の手から生み出される神速の抜刀のせいで、熱が刃を蝕む前に、斬ったという結果までたどり着いているのだ。


 ゆえに刃は溶けない。

 今のジンの剣速ならば、たとえ溶岩であろうと斬り裂くことができるのだろう。



「しかし、足手まといがいれば防戦一方じゃな」



 イザヤの視線は、デミトリに向いていた。


 ジンは卍抜を発動し、常時最短最速のカウンターを放つ状態になっている。

 たとえイザヤがどのような大魔術を放ったとしても、その魔術によって作られたエネルギーがジンの間合いに入った瞬間、斬り捨てられて撃墜される。


 イザヤが発動した光輪のおかげで、ジンもデミトリも目を開けることができずにいる。

 

 ジンはそのような状況下でも、イザヤの光魔術を斬り捨てて己の身を守っている。


 一方、デミトリはその範囲内に避難している。

 まだ彼は視覚以外の情報で戦う術を持たず、ジンの卍抜の範囲外に出れば、即座にイザヤの魔術の餌食になってしまう。


 すなわちデミトリが自分を最低限守れる状態になるか、もしくはジンに襲いかかる魔術の何割かを肩代わりできるようになるしか、この状況を打開する術はない。



「やつの魔術の動きを読めそうか、デミトリ殿」


「……いや、まだだ。これまでの人生で一番集中しているが、ほとんど読めずに、ジン殿に対応してもらっている。助力するつもりだったのに、足手まといになっていることが不甲斐ない」



 デミトリは唇を噛み、自分の力不足を恥じた。

 

 すでにデミトリはジンの指導を受けて、数人の聖騎士を同時に始末できるほどの強さを得た。

 だが、目を使わずにイザヤの魔術攻撃を防ぐなど、今のデミトリにとっては数段上の領域である。



「ジン殿、俺のことは良い。どうかイザヤを倒すことを優先してくれ」



 デミトリは自分を見捨てるように進言した。

 自分の実力に絶望したのではなく、今ここで爆発的な成長を遂げることは難しいため、デミトリは自分の命を投げうつ覚悟を決めた。


 だが、ジンはそうしなかった。



「それはできんな。お前さんも可能性のある人間だ。このような場所で捨て石にさせるには、あまりにもったいない」


「可能性か……正直、相当な難度だが……」


「戦場では、自分を打開せねばならん時が来る。今がその時だ」



 ジンはそう言いながらも、完璧にイザヤの光魔術を撃墜している。

 光の矢、槍、剣など、あらゆる形となって鋭く素早い光の魔術が襲いかかってくるが、目を閉じながらその魔術を切り裂いて消滅させていく。


 デミトリからすれば、ジンのやっていることは神業でしかない。


 どれほど今日のコンディションが良く、その上で上手く集中できたとしても、ジンが今行っている迎撃の半分すらできる気がしない。

 だが、成し遂げなければならない時なのだ。そうでなければジンが消耗するまで何もできないか、もしくはイザヤの言う通りに自害してジンの負担を減らすしかない。



「……そうだ」



 片膝をついていたデミトリは、ゆらりと立ち上がる。


 手に持っていた大剣を再びしっかりと握りなおし、


 そして、


 大剣を上段に構えた。



「ほう、それをやるか」



 ジンは見えない状態でも、デミトリが体を動かした際の空気の流れを読み、今のデミトリがどのような構えを取ったのか理解した。


 デミトリは大剣の柄をひたいの前で掲げ、なおかつ左足をわずかに前に出して、軽い半身の体勢になった。


 そう、イーリアス大祭にて、ジンがヘクトールに見せた構えだ。


 上段の構え。別名、火の構え。


 デミトリがとった構えは、それだったのだ。



「少しぎこちないが、なかなかさまになっているぞ。あと少し左手を下げて、両肘の力を抜けばもっと良い」



 見えないまま、ジンはデミトリの構えに見られる不備を指摘した。



「こう、か」


「おお、それだ。あとは構えを保ったまま呼吸を整えて、余計な力を消していけ」



 ジンの指摘は的確だった。

 デミトリはみるみるうちに堂に入った構えをとった。


 今のデミトリの構えを日本の武士たちが見れば、どこかで日本の剣術を習っていたのではないかと疑うほどだ。



「感謝する……『二の太刀いらず』の剛剣の構え。この構えとともに、気を充実させ、魔力をこめて、なおかつ腕の力は抑えて……」



 なお、デミトリがジンよりも優れている点がある。

 それは一般的な軍人としての魔力を有しており、かつ、それを一般人程度の魔力で出力できるということだ。


 ゆえに、デミトリは一般人レベルの魔術が使える。

 あとはその一般人レベルの魔力と魔術を、どう使うか。



「ぜやぁっ!!」



 デミトリは大剣に魔力をまとい、全身全霊で振り下ろした。


 その瞬間、魔力を帯びた剣圧が、イザヤに向かって発射された。



「むうっ!?」



 まさかまさかの、飛び道具。


 予想していなかったイザヤは飛んでくる剣圧をなんとか避けた。

 その剣圧は地面をえぐりながら進み、最終的にはイザヤの背後にあった聖堂の壁を粉々に砕いた。


 

『魔術……いや、違う。魔力を剣にまとったまま、全力で振り下ろしただけじゃ。じゃが、その振り下ろした瞬間は筋肉も最大限の出力を出す……その肉体の出力が最大の瞬間に魔力も、疑似的な魔力の刃を放ったのか』



 魔力の刃を放つ魔剣士は、この世界に一定数いる。

 自分の得意な属性の魔力を剣にまとい、それを飛ぶ斬撃として放つ。

 それは、魔術に不得手な剣士でも使いやすい、ポピュラーな遠距離攻撃だ。


 しかしデミトリは違う。彼は一般人に毛が生えた程度の魔力しかなく、魔術も会得していない。


 つまり今の魔力を帯びた攻撃は、強烈な剣圧の表面に魔力をコーティングしただけの技なのだ。

 当然、ほとんど魔力を帯びておらず、魔力によって威力や切れ味が上がっているわけではない。


 だが、その魔力こそが厄介だった。



『魔力をわずかでも帯びていれば、その剣圧は魔力を帯びた殺傷性のある飛び道具となる。あの威力と切れ味は、剣圧そのものが生んでいるものじゃな』



 そう、魔力さえ帯びていれば、あとはデミトリ自身の一撃の強さが、威力と切れ味を生み出してくれるのだ。

 並の剣士では及ばないような強烈な一太刀さえ振り下ろせれば、実現可能な技だ。



「ジン殿、少し不格好だが、今はこれで限界だ。目を閉じてイザヤの魔術を読むことはまだできない。だが、イザヤのいる場所を読み取って、この場所から攻撃を届かせることはできる」



 デミトリはそう言いながら、目を閉じたまま大剣を構え直した。



「上出来だ、デミトリ殿」



 ジンはそう言った。



「攻撃は最大の防御。お前さんの出した打開策は、俺の予想をはるかに超えている」



 そこでジンは、イザヤに向けて笑みを浮かべた。



「潮目が変わったぞ、イザヤよ」

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