06



***


 目蓋を開けて初めに見えたのは――残念ながら知らない天井じゃなかった。


 目に映ったのは何もない真っ白な空間。どこまで行っても草一つなさそうな、一時間もいたら気が狂うんじゃと思わずにはいられない、無味乾燥な場所だった。


 ――そっか……僕は……初号機のパロットじゃなかったのか。


 その事実を改めて突きつけられた気がして、ちょっとへこんだ。


 まぁ天井が見えなかった以上仕方ない。気晴らしにそこら辺を一時間ぐらい散歩でもしようと思い……体が動かないのに気がついた。


 なんでか直立したまま指一本動かせなかった。だけど、どうにか動かせる首から上を右往左往させて確認してみても、ロープなんかで縛られてる様子はない。

 不可思議な現象に少しの間首を捻り、一つの心当たりに行きついてハッとした。


 ――なるほどね……これからチート授与か。


 僕も一端の日本人HENTAIとして、当然なろう系も履修済みだ。ここからの展開は数パターン考えられるけど、一番王道な展開はやはり女神登場からのチート授与だろう。


 きっと女神様もタイミングを見計らってスタンバってるに違いない。


 女性に優し過ぎてフェミな団体からSNSを監視されてる僕としては、出(番)待ちしてるファンを無碍にするわけにいかない。細かい気配りが人気の秘訣なのだ。


 さて、と気合を入れ直してから、目をカッと見開いてさも今目が覚めた感じで狼狽えた。


「――こ、ここは、いったい……?」


 迫真の演技で、超常現象に巻き込まれた逸般いっぱん通過高校生だと全身で主張する。


 これ以上ない完璧なフリ。


 これにはもう女神様も辛抱たまらんくなって、勇み足で飛び出してくるに――、


「ンンン目が覚めたようだねッ!」

「チェンジで」


 吃驚し過ぎてデ○ヘルみたいな対応しちゃった。


 でも、これはしょうがない。だって美女神待ちしてたら、いきなり細マッチョの青髪くせっけ眼鏡男子が裸白衣で目の前に出現したんだ、誰だってこうなる。


 ……いや、なんだ裸白衣って。誰が発明したんだこんなの……いい趣味しやがって。


 あまりのファッションセンスに戦慄していると、裸白衣の人は何を勘違いしたのか出来損ないのジョジョ立ちみたいなポーズを決めて、怪しげな笑み浮かべた。


「クックック。突然のことで驚いただろうが……安心するがいい。私は、君の敵ではなぁい!」


 安心できる要素が一つもなかった。そもそも怪しくない奴はわざわざ敵じゃないなんて言わない。

 しかもこいつ……一目見ただけで分かる。こいつは、関わっちゃ駄目なタイプだ。


 まぁ、人前になんの躊躇もなく裸で飛びだしてくる時点で、関わりたいと思う人は限られるだろうけど、それはそれとして目がヤバイ。


 こいつはHENTAIじゃない、変態マッドだ。人の心を持ち合わせてない。


 例えば、全く見ず知らずの子供が亡くなった交通事故現場に花を添えて、マスコミのインタビューに「子供はいないけど他人事とは思えなくて……」って声を詰まらせて涙ぐむ心とか。


 例えば、ブランドバッグのために泣く泣くお股を売りだし、数年後に「私は買われた……」って絶望する自称弱者の傷を、世間に晒して現金化してあげるために優しく寄り添う心とか。


 そういう世に溢れる悲劇を液晶越しに眺めて「分かるー、辛いよね。私もこの間……」って共感と同情を見せかけて、自分語りに余念のない心とか。


 つまり、そういうことだ。なくても問題ない。


 まぁ、どっちにしても地獄ヘルの部分は合ってるからチェンジは妥当な要求だろう。


 だけど、そうなってくると問題は……なぜ僕が地獄に落ちてるのか、ってとこだ。


 今の今まで誰一人として恨みなんて買ったことのない、品行方正って概念を3Dプリンタで出力したら出来上がるような僕なのに……やっぱりレジンが環境に配慮しきれていないのが、環境グレタお気持ちグレタヤクザグレタから不評なのかもしれない。


 やっぱ最近流行りのecoっぽい再生紙へ転向した方がウケるかな、と思い悩んでいると、変態マッドが顎に手を当て、レンズを白く反射させながら覗き込んできた。


「ふむ、少々混乱しているようだね。まぁ無理もない……だがそれでいい! 君が難しく考える必要などない。全てを私に委ね、ただ思うがまま、私の胸に飛び込んでくればイイぃのだ!」


 バッと白衣を翻し、両腕を広げた変態マッドが笑う。まるで恥じらう様子もなく、むしろ全身を強調して見せつけてくるみたいなオーバーアクション。


 この変質者はなんでこんなにも得意満面で変態をしているんだろう?


 あまりに堂々としているから、見たくもないのにいろんな所に視線がいって……、


「ないっ!?」


 あまりの衝撃に、僕は変態マッドの肉体のある一点を、穴をあける勢いで凝視した。


「何ィ!? 何がなくなったと言うんだ!? メディカルチェックで特に問題は」

「タマがねぇ……!! チ……チンも……」

「たま? ちん? ……ふむ」


 僕の視線を追って、腕を広げたままの変態マッドも視線を自分の股間に向ける。


 そこには、あるはずの竿と玉が存在しない、白くのっぺりした空間があった。


「……なるほど。確かに君の時代とはだいぶ服装の趣が違っているかもしれないが……これが今の流行りだぞ?」

「流行ってんの!?」

「トレンドだとも」

「最先端ッ!!」


 変態マッドの返答に、開いた口が塞がらなかった。


 そ、そんな……こんなことが本当にあり得るのか……?

 確かに日本は遥か古より性文化に寛容で、変態の名をほしいままにしてきた。

 結果、世界に日本人HENTAIの称号を認めさせるまでに高めた。


 でも、だからといって現代社会で人前に出るときに全裸でいることが認められるなんて……ん?


「僕の時代ってどういうこと?」

「よぉくぞ聞いてくれたぁッ!!」


 思わず疑問を漏らした瞬間、変態マッドが凄い勢いで詰め寄ってきた。

 紅潮した頬を僕のおでこに擦りつけ、くっそ荒い鼻息を顔に吹き曝してくる。


「イイッ! イイぞぉ!! 実にイイタイミングだぁ。そうだろう、知りたいだろう!? ああ、いいとも。――説明しよう!!!」


 誰も説明してくれなんて言っていないのに、変態マッドはボルテージをさらに上げ、回転しながら僕から離れると、まるで舞台に立つ役者みたいに捲し立てた。


「君はこの空間を目にしたとき思ったはずだ! こんな地平の彼方まで何もない場所が存在するはずがないと!! そして私が突如として現れたとき思ったはずだ! 何もない空間から前触れなく人が現れるはずがないと!!」

「いや、裸白衣でそれどころじゃ」

「イィグザァクトリィイ! 今、君が見ているのは現実の景色ではない! ここは我が研究所が誇る最先端医療カプセル、その内部で作りだされた面会用バーチャル空間! 今、君の目前にいる私も現実の私ではない。視覚、嗅覚、聴覚はもちろん、触覚までも思いのままに再現でき、実際に接触しないまま24時間365日いつでも面会可能!!」


 なんてことだ……話聞かないぞ、こいつ。


 変態マッドの興奮は冷めるどころかドンドン熱を高めていき、語気も息もどんどん荒くなっていくのを傍から見せられるのは新しい地獄のそのものだった。


 せめて、言葉を区切る度に悩ましげに腰をくねらせながら、天に向かって突き上げるのだけでも止めてもらえないかな……駄目? やっぱり?


「そう! 出来るのだ! 現代なら! 個人が観測している世界を一から作り直すような、神の如き所業がぁ!

 出来たか? 君の生きた時代に。いや出来ないだろう!!

 つまぁりッ! 何を隠そう。今君がいる、こぉこッ! ここはッ!! 君がいた時代の遥か未来! 500年後の世界! そうッ! 君は――」


 腰を突き上げすぎて、もはやマトリックスブリッジを決めながら、変態マッドはビシッと指を突きつけて高らかに宣言した。




「――タイムトラベラーなのだッ!!!」




 ――どうしよ。この展開はなろう系になかったぞ。



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転移した未来は、全裸ポージングを見せつけてくるロリ、美女、イケメンとHENTAIが溢れていたけど――そんなこの国を、僕は嫌いになれない。 黒一黒 @ikkoku

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