第75話:師匠VS弟子








『それでは第一回第二マーケット武道大会を開催いたします!!』


 ミクロが普段、訓練に使っている場所に客席を作った円形の闘技場は超満員となっていた。


 その様子はもちろん動画で中継しているのだが、観覧数がぐんぐんと上がっていっているらしい。


「お疲れ様」

「ああ、ありがと~助かる」


 蟹男は闘技場のすみから大会の様子を眺めながら、アリスから飲み物を受け取った。


「あなたタバコ吸うの?」


 葉巻のように太いタバコを咥えて、煙を吐き出す蟹男をアリスが嫌そうな目で見て言った。


「いや、これは厳密に言えばポーションみたいなものだよ。 薬草だからむしろ体にいいかもな」

「ふーん」


 案内していた人たちは今頃、個室から大会を楽しんでいるだろう。

 蟹男は仕事があるので、と言って抜けてきていた。


「次回はもっと人員を増やさないと、あなたがもたないわね」

「次はもうやんないから……アリスはコアを手に入れてからこんな感じだったのかな、と思うと今更ながら申し訳ない」

「まあね。 大変だったけど、元々学校で生徒会とかやってたし割りと得意みたいだから気にしないで」


 そう言って微笑むアリスは出会った頃よりずいぶん大人っぽくなったように思えた。 表情も、言動も、行動も。


 蟹男は責任を嫌い、苦労を嫌うような人間なので純粋にそんなアリスがかっこよく見えた。


「なに……くれるの?」

「いつもご苦労様です」

「急に敬語とか使われると、なんか怖いんだけど……また変な頼まれ事とかないわよね?」


 アリスは蟹男の差し出した薬草タバコを恐る恐る受け取り、煙を肺に入れるのであった。


「あ、結構好きかも」


 薬のようなものとはいえ、蟹男は喫煙者予備軍を増やすという大罪を犯してしまったかもしれない。 そんな罪悪感もなく蟹男はつかの間の休息を楽しむのであった。



***



『さて、大変盛り上がりました武道大会も残るは決勝のみとなりました! ここで噂のドラゴン討伐に貢献したお二人によるエキシビジョンマッチを行います!』


『お相手はタクト・リア・オルゴールさんです!!』


 ざわざわと観客がざわめいていた。


 ドラゴンスレイヤーはかなり知られている存在であるが、実際にその戦いをここで見られるとは思わなかったのだろう。 しかしタクト・リア・オルゴール――吸血鬼は完全に無名である。


『オルゴールさんは現在ドラゴンスレイヤーであるお二人の武術指南役でもあるそうです!!』


 そんな紹介の中、結城とミクロが姿を現すと観覧席からは怒号のような声援が飛び交った。


「こりゃ負けられないな」

「今日こそ勝つ」


 二人も気合十分である。


 そして反対側から、オルゴールが現れる。


――ばさっ


 その姿が露わになった瞬間、会場が静まり返った。


 黒衣をまとい、翼をはためかせゆらりと現れたオルゴールから放たれる強者のオーラが空気を緊張させたのだ。


「やれるものならやってみて欲しいものだ」


 結城とミクロの成長は著しい。 しかし彼らが修練をした何倍もの時間を戦いに費やしてきたオルゴールに不安は感じられなかった。


 それは油断でも、慢心でもなく確信だ。


 とはいえ二人を指南する立場で言えば、彼らに期待している気持ちもある。

 そのためか、もしくは会場の熱にあてられたか、オルゴールはいつも以上に覇気のこもった瞳で二人を射貫くのであった。


『そ、それではエキシビジョンマッチ始め!!』


 その瞬間、ミクロの姿が消えた。


 そして余裕の笑みを浮かべて動かないオルゴールの背面で――ドンッという鈍い音と共に、衝撃が放たれた。


「ふん、遅い」


 オルゴールがそう言って蹴りを繰り出した。


 ミクロは避けることも無く、吹き飛ばされた。


「? 今日はいつにも増して動きが悪い――」


 ミクロは獣人由来の俊敏性と、戦術勘が優れている。 普段であれば避けられていた攻撃がはからずもクリーンヒットしたことで、オルゴールの思考に空白が生まれた。


「っ」


――ひゅっ


「なるほど……不意打ちに全て注ぎ込んだか」


 オルゴールが前へ向き直ると、そこには振り切った状態で無手の結城が立っていた。


 結城はオルゴールの思考が止まった瞬間を狙って、全ての魔力を剣に注ぎ込んで投げ飛ばしたのだ。

 結城にはミクロのような速さはない。 隙をつくためには投げるしかなかった。


 自身の主力武器を初手で捨てるという蛮行は、さすがのオルゴールも予想はしていなかった。 頬からつつっと流れた血をオルゴールはなめとって――


――嗤う。


「だがお前は死んだ」

「分かってます」


 オルゴールはそう言って結城の首に手刀を添えた。


 モンスターとの戦闘では一対一になることは少なく、実際の戦いであれば結城はここで他のモンスターに殺されていただろう。 戦闘の大会であり、初見である、という前提でしか使えないだまし討ちのような技だ。


 しかしそれでも結城はこれまで一度も触れることすら叶わなかった相手に、ついに傷をつけたのだ。


「ただ以前のお前の剣なら当たっても傷はつかなかった。 その点においての成長は認めよう」

「……はい! ありがとございます!」


 負けたのに結城は晴れやかな表情で退場した。


 早すぎる展開と動きに会場は置いてけぼりだが、オルゴールは生徒の成長を目の当たりにして良い気分だった。


「さてお前はどうかな」


 そう言って蹴り飛ばした先で倒れていたが、ゆらりと起き上がった一番弟子に意識を向けるのであった。


 

***









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地方ダンジョンは破綻しています~職業選択ミスって商人になったけど、異世界と交流できる優秀職だったのでファンタジー化した現代も楽勝です~ すー @K5511023

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