第74話:四つの塔と祭り







 片浜守里たちが来てからしばらくして業務が落ち着いてきた頃、蟹男は自由な時間と配分によって手に入れたポイントを使って創った塔を見上げて満足げに頷いた。


「これはなんの施設ですか……?」


 特に相談もせず蟹男が勝手に創ったため、初めてそれを見せられた守里は驚きつつも、怪しげな視線を彼に向けた。


「これは商業施設のようなものだよ。 最近人が増えすぎて街がパンクしてきたし、それに異世界からの出店希望が多すぎるから、一部はこちらに来てもらうつもりだ」

「なるほど」


 この街の利用者が増えてきたことはもちろん、最も問題は第二のマーケットの露店が並ぶ広場だ。


 そこまで出店者が増えることはないと蟹男は予想していたが、ここで手に入れた虹色ダンジョンのドロップをマーケットで販売し、その美味しさに魅了された人々が次から次へと出店希望者が集まってきたのだ。


「これから塔をさらに二つ作る予定だ」


 蟹男は安くて何でも揃う量販エリアと、質の良い高級品が集まる高級エリア、日本の店が集うエリア、そしてもう一つが元々あった学校のある学園塔の四つの塔を目玉として運営していきたいと考えていた。






「何かイベントをしたい」

「イベントって何をするんですか?」


 守里の淡々とした問いに、蟹男はニヤリと笑った。


「お祭りだ!」

「具体的には? テーマは? 出店を出しますか? 規模は?」

「……武道大会と縁日の出店くらいしか考えてなかったけど」

「なるほど、では安全の確保、ルール決め、治療班の手配……縁日をやるならば、小規模で良いのでグルメ系のイベントも行うべきですね。 戦いに興味がある人ばかりではありませんし、日本食は異世界でも好評のようですから。 それとーー」


 想像以上に考えることが多いことが判明した蟹男は、頭が付いていけず守里の言葉はぐるぐると思考の迷宮に入ってしまった。

 

「よし、細かいことは任せた!」

「……承知しました。 ただ初めるからには、途中で投げ出すのはやめてくださいね?」


 守里が呆れたため息を吐いて、強い視線で念を押してきたので蟹男は安易に提案したことを後悔しつつ、かくかくと頷くのであった。





 イベントは守里とカルロス主導で行われた。


 結城は警備として加わりつつ、武道大会に参加するようだ。


 そして蟹男は食材提供してくれた異世界人やダンジョン運営側の人たちに付いて、イベントやダンジョンについて案内するという主催らしい、しかし本人としては酷くつまらない業務を行うこととなった。


「あなたがこんなイベントをするなんて意外だったわ」

「お祭りとか好きだったから。 縁日で遊びたい、ついでに武道大会くらいの気持ちだったんだ……こんなに大規模になるとは思わなかった」


 蟹男がため息交じりに言うと、アリスは色々察した様子で茶化すように笑った。


「今のあなたすごく商人らしいわよ」

「……うるせーやい。 俺にちゃんとした商人は向いていないことが今回のことでよく分かった」

「だから彼女をあなたのところへ派遣したの。 優秀でしょ?」


 彼女――守里は優秀すぎるくらいに優秀だった。


 蟹男の突拍子もない提案にも狼狽えず、無理だと否定せず現実にするために本気で動いてくれる。 ありがたい存在だが、優秀過ぎて蟹男は時々自分の存在意義を疑うほどである。


「こういうイベントは主催より、参加する側でいることに限るよ」

「それは確かに。 でも今の世情でこんなイベントをしようとして、出来てしまうのはあなたくらいだから諦めて。 普通はまず生きること、そしてコツコツ町を発展させていくものよ。 あなたは考えなしな部分もあるけど、それは決して悪いことばかりではないことは覚えておいて」

「……慰めてくれてありがとうよ」

「ほんとよ? 私はあなたの町を見て、やはりあなたに頼んで正解だったと改めて思っているんだから」


 誰かに責められたわけではない。 ただ蟹男自身が、自分への自身のなさを拗らせているにすぎなかった。


 確かに中身を細かく見れば、蟹男には足りていない部分が山ほどある。

 しかし人には良いところも、悪いところもあって、悪いところだけを見てダメな奴だと思い込み自信を失うのはもったいない。


 誰も褒めてくれなくても、世間に認められていなくても、自分を許せなくとも、身近な誰か一人が言葉を掛けるだけで人は案外救われてしまうものだ。


 最近マルトエスは学校、ミクロは修行や警備と忙しく話す機会も少なくなっていた。 いつもだったら彼らが蟹男を支えていたのだ。


 蟹男はそのことを今回のことで痛感し、二人に深く感謝するとともにこのイベントが終わったら休みでも取って彼女たちとゆっくり過ごそうと密かに決めるのであった。






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