第73話:フロアボスの嬉しい悲鳴
「盛況みたいね」
フロアをオープンしてから、噂が人を呼び想定以上の人間がやってきた。
学校の教師はマルトエスが講義する予定だったが、完全にキャパオーバーだったので動画教材も併用しつつ行われた。
「まあな……」
「あんまり嬉しそうじゃないわね? 魔力吸収率的にも、人類の戦力底上げを果たしたなんて言われてるんだから分配が楽しみじゃない」
視察にやって来たアリスが楽しそうに語る。 確かにその通りで予想以上の滑り出しに蟹男も初めは喜んでいた。
「人類なんかどーでもいい! そんなことよりこんなに忙しくなるとは思ってなかったんだよ!」
蟹男の想像ではダンジョンのフロアボスは創るまでが大変で、その後はのんびり出来ると思っていたのだ。
異世界人の送迎は蟹男にしかできない。
初めは十人いかないほどの出店だったのに、虹色ダンジョンが出回ると続々と参加希望者が現れた。
そして街でのトラブルの対応なども決定権は蟹男にあるので判断し、自分で改善しなければならない。
その上、頭脳担当であるマルトエスは学校でいっぱいいっぱいだった。
「助けてくれ……」
蟹男の悲痛な呟きに、アリスは苦笑いして慰めるように肩を叩く。
「ファイト!」
「鬼畜か!? 他人事だと思ってさぁ!」
「まあ運営側の人手不足は明らかだし、他のフロアに比べて圧倒的に成功してるここの街創りが滞るのはマスター側からしても困るのよね」
アリス曰く、他のフロアもダンジョン創りを進めてはいるが食料生産や資材の生産などの労働場のようになっており、どれもダンジョンとしては必要なものだが、街としての発展はあまりしていないらしい。
「山河さんがダンジョンに専念できるように、人手の件は相談しておくわ」
「助かる……マジでありがとう」
「いいわよ。 何度も助けてもらってるから、お互い様よ。 話を持ち掛けたのは元々私だしね」
〇
後日、結城とカルロスそして見知らぬ女性を連れたアリスがやって来た。
「彼らは今日からあなたの部下という形になるわ」
「山河さん、お久しぶりです」
「……久しぶりだ」
蟹男は見知った二人が来てくれたことに安堵しつつ、残る女性に視線を向けた。
「初めまして。 私はギルド長補佐を務めておりました、
「……彼女は俺と同じギルドに所属していた。 優秀な秘書だ」
キャリアウーマンといった雰囲気の守里に、蟹男は心強さを感じるとともに不安も感じた。
蟹男はダンジョン運営を仕事ではなく、ゲームをするような緩い感覚でやっている。 それが運よく周囲に評価され、一部からは高潔な人物などと噂されているらしいが実際はやりたいようにやっているだけなのだ。
彼女がどういう性格なのかは分からないが、ダンジョンが仕事のようになるのは嫌だったのだ。
「そんな心配そうな顔しないで。 ちゃんとその辺も考えた人選だから」
蟹男の考えていることはお見通しだったのか、アリスは耳打ちして片目を瞑ってみせた。
「……さっそくだが業務の選定と、割り振りをしていこう」
カルロスの一言によって、第二のマーケットにおいて蟹男にしかできない仕事とそれ以外で別けていく。
第二のマーケットを開放してから初めての会議は長い時間を要するのであった。
***
「私が……左遷ですか?」
ダンジョンに人類が逃げてからしばらく、私――片浜守里――は以前のままギルド長の元で働いていたが、ついに異動することとなってしまった。
「いやいや、左遷なんてとんでもない。 むしろ昇進と言えなくもない」
ギルド長に言い渡された配属先はアリスの推薦でフロアボスとなった男の補佐だった。 そのフロアには一度行ったことがあるが、確かに他のフロアに比べて運営側の人員が不足しているように思えた。
なるほど、昇進というのもあながち間違いでもない。
あの街はこのまま成長すれば、このダンジョンにおける中心地に成り得る賑わいとポテンシャルを秘めていると私は感じていたのだ。
「承知しました」
元より断る権限もない。
私はすぐに準備を整えて、同僚のカルロス、そして彼の知り合いである日向結城と共に第二マーケットへ向かった。
「これはひどい」
配属してすぐに行われた会議の結果、フロアボスの蟹男に細かい計画などなく、感覚と勢いで経営するタイプの男であることが判明した。
つまり補佐である私の激務が確定した瞬間である。
寝て起きるまでを計画させ、彼の気づいてない問題点を指摘し事前に対処しておく。 加えて彼のような感覚タイプはモチベーションの維持も不可欠だ。
本来であれば私の役を担うマルトエスという女性がいたらしいが、その方は現在別の重要業務を担っていて手が離せないらしい。
「後は運営人員を増やしてください」
ある程度、山河さんの仕事環境を整え終えた私は進言した。
どれだけ仕事の効率を上げたところで、最終的に物を言うのは人数だ。 これ以上時間的余裕を確保したければ、人を雇うしかない。
「分かった。 雇う」
「……承知しました」
彼は即答で答えた。
私はその素直な返事に、彼は簡単に騙されそうだと少し心配になってしまうのであった。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます