第72話:第二のマーケット
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男は蟹男たちが街を構えるダンジョンの別階層の住人だった。
最低限の衣食住と、日々の労働を淡々とこなしていたが第二マーケットの噂を聞いて、やってきたのだ。 少し前にオープンと同時にそちらへ移住したらしい友人がやってきて熱弁していた――あそこには正しく人生がある、と。
とにかく楽しいから遊びに来いと、偶然会った時に誘われ疑い半分でやってきたのだった。
「やあ、ダンジョンフロア第二マーケットへようこそ」
入口に入ると待ち合わせしていた友人が陽気に迎えてくれた。
「どうよ、この街は?」
まるで自分の街であるかのように誇らしげだが、今は突っ込む余裕もなかった。
驚愕だ。 あまりに俺が住むフロアと違いすぎる。 まるでゲーム世界のような街並みが広がり、そして大勢の人が行き交っていた。 何より雰囲気が明るくて活気があるのだ。
「すげえ」
「だよな! でも驚くのはまだまだこれからだぜ?」
彼がしつこい誘いを鬱陶しいと思ったが、今となっては感謝している。
社会が崩壊し、災害級モンスターによって地上を奪われ、もう死ぬまで単調で、夢もない暮らしが続くのだろうと思っていた。 生きていられるだけありがたいのだと、自分に言い聞かせていた。
「街を回りながら案内してやるから、なんでも聞いてくれ」
そう言う友人に俺はお上りさんのように、聞きまくった。 仕方がないのだ、視界に入るもの全てが見たことも無いものばかりなのだから。
友人曰く、ここには異世界由来の品を販売する店があるらしい。
それは食材から、魔法に関する道具や、人材など様々あるようだ。 どれも男心をくすぐられるが、俺は今すぐそれらを手に入れることは出来ない。 さすが異世界の品だ、あまりに高額過ぎた。
「ああ、高いよな。 でもそれFマネーで買うもんじゃないんだ」
ここでは虹色ダンジョンのモンスタードロップ、または魔力で取引を行うのが通常らしい。
「いや、俺は魔法使いじゃないんだが」
「それは俺もだ」
「じゃあどうやって? モンスターと戦えって? さすがに命の危険を犯す気はないぞ?」
「魔法が使えないなら、使えるようになればいい」
友人の職業は確か拳士だった。
しかしそう言って笑う友人の立てた指先に灯る光は紛れもなく魔法に見えた。
「あそこに塔が見えるだろ? この街に来たらまずはあそこへみんな行く必要がある」
その塔は学校らしく、なんと魔法技術に関する講義が行われているのだとか。
「そこでの講義はなんと無料なんだ」
「うっそだろ? 話が上手すぎて逆にこええよ」
「詐欺じゃねえよ? マジだよマジ」
金銭などはかからない、しかし一応条件はあるらしい。
そりゃそうだ、と俺は落胆しかけたがその条件は非常に簡単なものであった。 魔法をダンジョンの壁に打ちこむことが努力義務となっているらしい。
「義務っつっても本当に余裕がある時だけでいいんだってよ」
「……それってなんか意味があることなのか?」
「運営側にとっては意味のあることなんじゃないか? 噂では人間の戦力を底上げして、地上を取り戻すためなんて言われてたりするな」
「はあ、そりゃすげー話だな」
本当かは分からないが、世界を救うために奔走する人物を想像し、俺はその高潔さに尊敬の念を抱いた。
「そしてこの街の一番の見どころは市場だ」
「こんな世の中で市場って……何が売ってるんだよ?」
「お前全然知らないんだな?」
「結構前に携帯は売っちまったんだ」
この街の動画の存在は知らなかったが、見たくても見れなかったのだ。
ダンジョンに移住してからは生きていくので精一杯で、友人を作る余裕もなかったから。
「この市場は露店のようになっているが、中身は本物の異世界の店だ。 なんでもある」
「なんでも……?」
「そうなんでも、だ。 武器、食べ物、便利な道具、そして人も」
俺は彼の意味ありげな笑みに、ごくりと生唾を呑むのであった。
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