地獄の門の鍵
旗尾 鉄
第1話
俺は、電話で指定された公園のベンチで新聞を読んでいる。待ち合わせまであと数分だ。
俺は鍵屋だ。合い鍵を作ったり、開かなくなった鍵を解錠したり。ただし、それは表向きの仕事。メインとなる収入源は裏稼業のほうだ。
裏稼業。それは『いわくつき』のアイテムを扱う鑑定士兼トレジャーハンターである。『いわくつき』といってもいろいろだ。俺の専門はオカルト系、たとえばオーパーツだとか、聖杯伝説にからむ遺物だとか、ときにはUFO(未確認飛行物体)やUMA(未確認生物)なども関係してくる。
詐欺や冗談ではない。誰もが架空のおとぎ話だと思っている伝説やオカルト話の中には、ホンモノが少なからず混じっている。この仕事にスカウトされて、俺はそのことを嫌というほど思い知らされた。
公園の入り口に、黒塗りのベンツが止まった。黒づくめのスーツに身を固めた白人の大男が助手席から降りて、親指を立てて乗れと合図してくる。拒否する理由はない。今回の依頼主は、金払いがとてもいいことを知っているからだ。俺を乗せると、ベンツは速やかに走り出した。
いつもの部屋に案内され、しばらく待っていると依頼主がやってきた。
「三千万で、これの合い鍵を作ってくれ。地獄の門の鍵だそうだ」
地獄の門の鍵とはまた、突拍子もない話だ。南郷は話を続けた。これまでに何度か南郷の依頼を受けたから、向こうも俺のポリシーを知っている。依頼に関することは、すべて話すこと。絶対に秘密を作らないこと。それが、俺が依頼を受ける絶対条件だ。
「古代ローマ遺跡の、そのまた下に眠っていた遺跡から盗掘されたらしい。それを巡り巡ってわしが買いとった。門の場所も調べがついている。本物なら面白いと思わんかね?」
「地獄の門って、ダンテのあれですか?」
イタリアの詩人ダンテ・アリギエリが書いた『神曲』の中に、地獄の門が登場する。
「さあ、わからん。もしかすると、そのモデルになった門なのかもしれんぞ?」
こんな話は聞いたことがない。面白い。この鍵の状態では、実用には耐えられないだろう。だが合い鍵さえ作れたら……。俺は好奇心が激しく刺激されるのを感じた。
合い鍵作りは、一ヶ月以上かかった。その間に南郷は、イタリア行きの準備を周到に進めていた。
合い鍵が完成するのを待ちかねたように、俺たちは出発した。飛行機で一路ローマへ、さらに別の飛行機をチャーターしてイタリア某所、鍵が発見された古代ローマ以前の遺跡へと向かう。南郷は上機嫌で、子供のようにはしゃいでいた。
到着してみると、くだんの遺跡は想像していたのとはずいぶん違っていた。世界遺産に登録されているような、ローマ帝国時代の荘厳な建築物ではない。小高い丘の麓、崖状になっている場所にその遺跡はあった。現地で雇った人夫が付近のがれきを取り除くと、緩い下り坂が現れる。どうやら、天然の洞窟を利用して造られた遺跡らしい。
狭い入り口をくぐると、中は通路のようになっていた。天井は、俺の身長ギリギリくらいの高さだ。ほんの十メートルほど進むと行き止まりで、その行き止まりに、問題の青銅の扉が取り付けられていた。
扉は両開きで、確かに門のように見えなくもない。表面にはレリーフや文字が彫られているようだが、錆びついていて判読できなかった。
ここから俺の仕事だ。表面は錆びているものの、直接の風雨や外気に触れていなかったおかげで保存状態はそう悪くない。俺は油と錆落としを駆使して、慎重に手順を進めた。
いよいよ鍵を差し込み、回す。ガチャリと重苦しい音がして、鍵が外れた。門がゆっくりと開いていく。人夫たちはお宝発見を想像して、歓声を上げた。得られた財物の二割は彼らに贈る約束だったのである。
だがそのとき、俺は、なんともいえない嫌な予感に襲われた。もう十年以上もオカルトに関わってきたことからくる、本能的なカンだ。ここはマズい。
俺は様子を見るよう警告した。しかし二人の人夫が制止を聞かず、小躍りして中へと飛び込んでいった。
数分後、二人は這いずって出てきた。すでに体調に異変をきたし、立てない状態だった。
病院へ搬送され、検査の結果、二人は複数の猛毒性細菌や病原菌に冒されていることが判明した。治癒の可能性は低いという。彼らは中で、大量の人骨やミイラ化した遺体を見たと語った。たぶんあの遺跡は、墓所、あるいは業病に冒された者を隔離する場所だったのだろう。不衛生な環境によって病原菌の巣窟となった。彼らはまさに、バイオ兵器の中に飛び込んだようなものだったのだ。
『神曲』によれば、地獄の門にはこう記されているという。
「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と。
地獄の門の鍵 旗尾 鉄 @hatao_iron
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