第14話 復元
僕は朱莉に四島さんのことを話した。朱莉はとても悲しそうな顔をする。
「四島、もとに戻らないのかな……」
「僕からは何も言えなかったんだ。さやっちさんが少し話してたけど、その後も変わらなかった」
「そうなんだ……」
「朱莉は……朱莉はあのときどんなだった? どうやって違うってわかった? 四島さんにどう伝えればいいだろう」
少し彼女には聞きづらかったが、何かきっかけがあればと思い、聞いてみた。
「あの廊下で会ったとき、先輩が誰か知らない人に思えた。この人なんでこんなに必死なんだろうって。聞く気はなかったのに、どうしてか聞いてあげなきゃって思って――」
「うん」
「南先輩とか、ガラスとか、絆創膏とか、五十嵐じゃなくて先輩に繋がる言葉を聞いてたら、――違うなって急にわかって、自分がしてたことがおかしいって気づいて混乱した」
「じゃあ、四島さんの場合、鍵は柚月さんかな」
「そう……だね」
僕は柚月さんに電話をし、今日のこと、それから朱莉の洗脳が解けた際のきっかけの話をした。彼はやはり動揺していたが、洗脳が解けるかもしれないと聞いて礼を言った。これから話してくると。
◇◇◇◇◇
翌日、東のカタコンベの情報を仕入れていたので、食堂で情報を交換して対策を練ることになった。僕たちのパーティも使える呪文や数が増えていたようなので、一度、できることのチェックも必要だった。
三島が昨日使った連なる稲妻は第四位階の魔法。これが3回。さらに第五位階の範囲鈍足も1回使える。うまく効けば逃げるときに使えると三島は言う。
佐伯さんは第四位階の雹の嵐や連なる稲妻を3回、さらに第五位階の死の呪文を2回使える。死ね死ね言っていたら本当に死の呪文を覚えてしまった。恐ろしい……。ただこの死の呪文は弱い怪物にしか効かない代わりに、眠りと同じく混戦でも使える利点があるそうだ。
それぞれに火球も7回使えるので頼もしい。まさかこの二人が頼もしいと思える時が来るとは思いもしなかった。
僕も守ってもらっただけあって無事に成長し、幾ばくかの近接戦闘の能力と、治癒や回復の魔法を得た。治癒はもうひとつ上の段階の中位の治癒を得られた。回復は、毒や麻痺の回復。治癒も回復も呪文を反転させることで怪物に負傷や毒、麻痺をもたらすらしいけれど、あまり効率が良くないという話なので使った試しがない。そもそも治癒は朱莉のためにできるだけ残させてもらっている。
そして帰還の魔法をやっと使えるようになった。僕にとっては重要な魔法。最悪の場合、朱莉やさやっちさんを救うために使うことは厭わない。あんなのはもうごめんだ。
なお、僕が持っていた魔術師の魔法はそのまま増えていない。そういうものなのだそうだ。
五十嵐や柚月さんは上位の治癒のほか、蘇生の魔法が使える。いずれも使える回数が増えた。そして最悪の場合でも彼らが生きていれば何とかなる――とは言うが、そんな最悪の状態にはなりたくない。あの蘇生は何度も見たいものではない。
さやっちさんや四島さんは何が変わるわけではないが、怪物を先に見つける感覚が鋭くなっているとは本人たちの話だ。加えて、罠の解除の腕が上がったという。またほとんど使う機会はないが、不意打ちでの一撃や背後を取っての一撃は盗賊の強力な武器らしい。
前衛は誰もが頼もしくなっていった。司祭の目からという部分もあるが、とても人間が耐えられるようなものではない、巨大な怪物からの一撃を耐えているし、必要とあらば受け流している。
そして今回、大きく変化したのは白木。彼は転職でとうとう侍になった。侍というクラスは何故か魔術師の魔法が使える。理由はわからない。何故? そして魔術師の魔法が使えるということは、障壁の魔法も使える。白木は板金鎧を好まず、小札の鎧を未だに使っているが、その欠点を埋められる。そして武器。今までの身の丈ほどもある直刀に変わって長い太刀が支給された。詳しくないが野太刀というやつかもしれない。
もちろん、転職してすぐは使い物にならない
さて、僕らにもたらされたのは良いことばかりでななかった。四島さんだ。彼女の立ち位置が吉川くんに近いままだった。柚月さんは説得できなかったのだろう。あまり機嫌のよい顔ではない。
◇◇◇◇◇
明日からの攻略の打ち合わせが終わると、僕とさやっちさんの足は自然と柚月さんの方へと向いていた。彼は四島さんに話しかけようとするが、かつての彼女が吉川くんにしていたようにスルーされている。柚月さんもそこまで積極的に引き留めようとはしないものだから彼女は吉川くんと共に行ってしまう。
「あの、柚月さん。昨日はどうでしたか? 何かきっかけになるようなようなものを伝えられましたか?」
「いや、今みたいにまともに話すこともできなかったよ」
僕の問いに俯きがちな顔で答える。すると、さやっちさんは――
「もうちょっと積極的に行かなきゃダメでしょ? そんなんじゃ逃げられちゃうよ?」
「彼女の言う通りです。僕も無理にでも食いついていきましたから」
「だけどね、なんて声を掛ければいいかわからないんだ。涼が傍に居るのは当たり前になりすぎて言葉が浮かばないんだ……」
「情けないこと言ってないでがんばんなよ」
「そうですよ。四島さんだってきっと本意じゃないです」
朱莉からの好意の話までは明かすわけには行かなかったが、こればかりは何とかして柚月さんに頑張ってもらうほかない。僕も恋愛云々は経験が無いけれど、洗脳には打ち勝ってもらいたい。
◇◇◇◇◇
翌日、東のカタコンベに入った。僕たちが南のカタコンベの断片を持ち帰ったことで東のカタコンベにはパーティが増えていたし、また一部は新たに北のカタコンベへ挑戦していたが、続いで西のカタコンベの断片を持ち帰ったことで皆、東か北のカタコンベに入っていた。
「北の藤崎んとこもさー、二つのパーティでやってるらしい。ほとんど元うちのクラスだってよー」
「委員チョーのとこか。あそこ運動部多かったよな」
「リア充グループか? そこには負けたくねえな」
宮下と三島と佐伯さんがそんな話をしている。だれでもいいから断片を持ち帰ってくれればそれでいいと思うんだけどね。そして地下深くへの道は、他のパーティによって開かれていたため、地下四階まで怪物との遭遇は無かった。
彼らが言うように、いくつかのパーティは僕らの成功を目にして、6人を超える編成も現れてきた。そのため、孤立していた人もどこかに合流できてはいたが、中には分裂したパーティもあるらしい。分裂してる余裕なんてあるのかな……。
東のカタコンベは既に先行したパーティにより道が開かれていた。ほぼ素通りする形で地下四階まで進む。問題はむしろここからだ。
地下四階への階段を降りると、降りてすぐの場所、あの文字の記された場所に二つのパーティが居た。
「よっす! ミッチこんなトコで何やってんの?」
「おっ、孝史か。いつものアレに出会って逃げてきた」
「ドラゴン? そんな強いのか」
「いやー、なんかさ、前よりしつこくなってきてるんだよな」
「ドラゴンが?」
「通路まで結構な距離を追ってくる」
「前は違った?」
「ホールからは滅多に出なかったからな」
とりあえず一度はドラゴンと戦ってみる必要もあるが、まずは右手から左周りにホールを周る通路を進む。
「ミッチ彼女できたってさ。最近そんな話ばっかで凹む」――平瀬くんがぼやいている。
「大丈夫大丈夫、タカフミくんにもいつかいい彼女ができるって」――宮下が言う。
「宮下に言われたくねえ……」
「誰でもいいから告ってみりゃいいんじゃね?」――吉川くんが言う。
「一昨日、告ったろ……」
「しっ! 何か居るよ。でかいの」――四島さんの声に前の三人も身構える。
「おし、見てみるわ」
三島が言って幽視の魔法を使う。第二位階には彼の好きな攻撃魔法は無いから積極的に使ってもらえる。
「でっかい鶏が二羽居る」
「「何それ」」
「鶏なら余裕か」
「あ、すまん、尻尾が蛇だわ。コカトリスってやつだ」
「コカトリス?」
「ああ、触れると石になる。ゲームによっては石化のブレスも吹くな」
「へぇ……」
石になると言われてもな。石ころになるの?
「治せるのそれ?」
「少なくとも僕には使えない」――と、柚月さん。五十嵐も同じく
「さやっちが石になったらエロそう」――何言ってんだ宮下は。
「や、引くわ……」――それは流石にそう思うだろう。
ともかく、石になってはたまらないので最初から飛ばして行った。
離れた位置から魔法と弓で先制し、まず一体を倒すも、意外と足が速く、もう一体に前衛に接敵される。前衛は盾で嘴の攻撃を受け流しながら、僕も含めて魔法を集中させ、無事にもう一体も倒した。
「ぜんぜんエロくないね」
宮下が一撃貰ったことを除いては。
そしてさやっちさんの辛辣な言葉を貰っていた。
「石というほど重いわけじゃないけど、どうするこれ?」
「これ――って。まあ、治癒も効かないなら僕が運搬の魔法で運んでおきますけど」
「そうしてくれると助かるよ」
そのまま地下五階までの道を進んだ。ドラゴンとの遭遇はなかったものの、ウーズや小巨人の群れなどに遭遇した。
◇◇◇◇◇
地下五階。構造はやはり同じく
確認のため、一室に入り壁を壊してみる。するとやはり同様の死体安置室になっていた。
「これ、一度壊してみません?」
僕はあの球体の破壊を提案する。
「それはさすがにまずくね?」
「いや、それはやめた方がいいっしょ」
「でも、吉川くんは前に壊したんだよね」
「あれは、ついカッとなってというか、なんというかな」
「動いたら話ができるかも」
そう言うと、さやっちさんが短い悲鳴を上げて腕を取ってくる。
「やめようよ、怖いよ……」
「何かわかるかもしれませんし、やってみません?」
柚月さんに提案した。彼は多数決を取ってみようと言う。
結果、柚月さんと僕、四島さん、三島、宮下、白木、佐伯さんは賛成。他はさやっちさんの反対以外はそこまで積極的な反対意見は無かったので壊すことに。
さすがに照明をすべて壊すと真っ暗になってしまい、みんな初めて地下というものを再認識して一時混乱したけれど、すぐに灯りの魔法を使ったため事なきを得た。
結局、しばらく待ってみたけれど死体が動き出すことはなく、次回もう一度見てみようという話になった。その後、宮下のことも含めて一度帰還することになったが、灯りの魔法は結構な距離まで視界を良くしてくれるため、敵の姿が良く見えるようになった。逆に相手からもよく見えるため、戦闘を回避することは難しくなる。
石化は聖堂まで連れていくことで何とか戻すことができた。厄介な能力のため、対策が必要かもしれない。
◇◇◇◇◇
そして翌日。僕たちにさらなる変化が訪れた。
「ミナトっち、あれってもしかして……」
さやっちさんが話しかけてくる。あれとはつまり、公園で待ち合わせしている二人、つまり柚月さんと四島さんだ。久しぶりに二人が一緒に居る。ただ、違和感があった。以前の二人とは違う。少し近い。どちらかというと恋人同士。そんな風に見える。
「四島さんが元に戻ったにしては近いよな。吉川くんはどうしたんだろ。」
「ミナトっち、あれ」
さやっちさんが袖を引っ張る。見ると吉川くんがやってくる。
「涼、おまっ、何してんの。柚月先輩から離れろよ。オレの彼女だろ」
「は? 何言ってんの、私のカレシは柚月だし」
「この間、告白してオーケー貰っただろが!」
「告白してきたの柚月だし、吉川と付き合うわけないでしょ」
「どしたの?」――平瀬と宮下がやってくる。吉川くんたちも僕らに気付くが止まらない。
「柚月! どういうことだよこれは」――吉川くんは柚月さんに詰め寄る。
「どうもこうも、涼は前から僕のこと好きだったって言ってくれたから……」
「うん、……そうだよ」
「えっ、どういうことよ」――宮下が驚いている。
無理もない、ここ数日の四島さんを見る限りでは吉川くんと恋人同士だったのだ。けれど今、恥ずかしそうに俯いてる四島さんこそ本来の四島さんだったはず。けれど――。
「ちょちょちょちょ、四島ちゃん的には柚月さんなの? 昨日は吉川だったよね」
平瀬がその辺を聞いてくる。
「四島ちゃん、前から柚月さんのこと好きだったんだよね。朱莉から聞いてたよ」
さやっちさんが駆け寄って聞くと、四島さんも頷く。
「はぁ? そんなの納得できっかよ!」
吉川くんは柚月さんに殴りかからん勢いで迫るが、当の四島さんが間に入って吉川くんを睨みつける。しかしこんな場所で洗脳の話をするわけにもいかない。
吉川くんは四島さんに遮られると、やってられるか――と怒って宿舎に戻って行く。
「さやっちさん、みんなと先に行ってて」
僕は吉川くんを追って宿舎に向かった。
◇◇◇◇◇
「吉川くん、ちょっと部屋で話ができるかな」
部屋に戻る吉川くんに声をかける。
「はぁ? 何の用だよ二股野郎」
「いや、二股は誤解だからほんとに。四島さんのことだけどさ、ちょっと思い当たる節があるんだ」
「どういうことだよ」
「いや、ここではちょっと話せないことなんだ」
チッ――彼は舌打ちして部屋に入る。僕も慌ててついていく。
「で、何が思い当たんの」
「君、祭壇に四島さんのことを祈ったって言ったよね」
「そうだよ、あんたもだろ」
「いや、僕は違うって、ほんと。マジに」
僕は祭壇に祈ると――おそらくは寝ている間に――洗脳されて、記憶や性格まで変えられてしまう可能性があることを説明した。つまり、彼女が好きだった幼馴染が、柚月さんから吉川くんに変えられてしまったことを。
「確かに何でかオレを幼馴染って言ってたけどよ。クソッ!」
「下手をすると君も君じゃなくなるし、四島さんも四島さんじゃ無くなってしまう。祭壇に祈るのは危険なんだ。だから――」
だから何と声を掛ければいいのか。結局、金貨を集めるのは望みを叶えるためだ。彼の今の望みは四島さんだろう。でも、今は元の世界に帰りたい。そしてそのためにも彼は欠かせないだろう。
「――だから、彼女のことは、祭壇抜きに考えた方がいいよ」
そのくらいしか言えなかった。ただ、おそらくは柚月さんも金貨を使って祭壇に祈っている。正しい方向に戻しただけかもしれないが、祭壇を使っている時点で何かが狂っている可能性がある。
僕は、できれば探索には協力して欲しいと言い残すと、宿舎を後にした。
◇◇◇◇◇
その後、皆とカタコンベに入ってすぐのところで合流した。
さやっちさんは皆に洗脳の話をしてくれていたみたい。ただ――
「沙耶ちゃんにも聞いたけどさ、沙耶ちゃんは洗脳されてないの?」
「あたしは無い」――さやっちさんが平瀬くんに言い切るが、そこは微妙かもしれない。
「少なくとも僕が祭壇に祈ったのは、元の世界へ帰るのに1回、飴を手に入れるのに2回だけ。あとは佐伯さんの蘇生に1回、食堂で食事を手に入れたり、鎧を買ったりするのも入るならそれもかな」
「ほんっとにさやっちのことは祈ってない?」
「誓って」――と宮下に言う。
「いや、じゃあよ、さやっちが変わったのは?」――三島が聞く。
「変わったって?」
「さやっち、最初の頃はギャルみあったけど、いまどっちかっていうと清楚系じゃん? 背も高くなった」
「まじで!?」
平瀬が驚く。柚月さんたちも驚いている。
「それはどっちかっていうとあたしの願いかな……。彼好みになれたらって――あ、今はもうやめたよ?」
「そこまで……」――平瀬くんがため息をつく。
「変わったって言えばあかりっちでしょ? てゆーか変わりすぎー」
「ああ……」――三島が半分呆れて納得する。
「どど、どういうことそれ?」
「どちらかというと、佐伯さんの見た目は今のさやっちみたいな感じだった」
僕はそう平瀬くんに説明する。
「えぇぇぇ! なにそれー、勿体ねえ~」――平瀬くんが膝をつく。
「お、おれは今の佐伯のほうが好きだからな」――三島が言うが、微妙に動揺を感じる。
「あたいは変わりたかったから問題ナーシ!」
正直、祭壇に祈るなとは言えなかった。ただ、洗脳の危険性だけは告げておいた。
◇◇◇◇◇
その後、僕たちは地下六階まで降りると、西と同様に階段までの探索を行った。そして今回試してみたが、未発見の階段の探知はできなかった。少なくとも一度見たか、或いは訪れた場所でなければ探知ができないとかそういう制約があるのかもしれない。
無事に宿舎まで帰ってくると、朱莉が出迎えてくれた。扉のところで待ち構えていて、危うく唇を――そして虫歯菌も――奪われるところだった。
「もう大丈夫そう?」
「明日から私も行こうと思うんだ」
「無理しないで休んでたら?」
「欲求不満で先輩を襲ってもいいですか?」――彼女は首をかしげながら言う。
「それは困る」
朱莉も復帰することを柚月さんに連絡しておいた。
そして何故か彼女は未だに僕の部屋に居る。
食事がこっちに配膳されるから――とは言うけれど、これたぶん、部屋に戻ればそっちに配膳されるよね。
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