第13話 四島

 結局、あのあと僕たちは探索どころじゃなくなり、疑問を話し合った末、教会へ戻った。儲けは少なかったとは柚月さんたちの意見だが、僕たちにとっては大きく、板金鎧を買うことが出来た。そして案外簡単な調整のみで翌日から使うことが出来そうだった。


 買い物を終えた後、さやっちさんが朱莉に会いたいと言うので、彼女を僕の部屋に連れてきた。



「朱莉? 帰ったよ」


「……おかえり」


 朱莉は枕を背に半身を起こしていた。


「起きられるの? 動けるようになった?」

「……あ……またおんなのこ……つれこんで」


 弱弱しい声だが、そんなことを言う彼女。


「篠崎ちゃん、朱莉って言うんだね。佐伯ちゃんと被るけどあたしも朱莉って呼んでいい?」


 頷く朱莉。そしてまだ足はうまく動かせないらしい。それでも十分すぎるほどの回復力だった。


「……せんぱい、ほかにも……おんなのこいる?」


「見たことあると思うけど、佐伯ちゃんはミナトっち的にはナシナシだから大丈夫だよ」

「それに佐伯さんは三島と付き合ってるからね」


「四島ちゃんはどうなの?――いま朱莉のパーティと一緒に探索してるんだ」

「誰でも見境なく手を出すみたいに言わないでくれるかな……」


「……しじまはね……おさななじみのゆづきさん……すきなんだって。だからだめ」


「そんなことしないってば……」

「なる、ちょっと近かったもんね」



 その後、朱莉とお喋りしたさやっちさんは帰っていた。


「……ちゅー……おかえりのちゅー」


 さやっちさんが出ていくのを見計らって朱莉が唇を突きだしてくるので、またおでこにしておいた。彼女に文句を言われる。


「だって虫歯菌が移るでしょ?」――僕が笑って言う。


「……せんぱいのいじわる……」


 いま思い返すと、理科室での彼女のあの虫歯菌の話はつまり、キスを意識させるため、僕に当てての言葉だったのだろう。それがいじわるに繋がっているかと思うと、ちょっとおかしかった。


「虫歯菌って無くせるんだろうかなあ」


 そんなことを話していたら、部屋をノックする音が聞こえ、柚月さんが訪ねてきた。



 ◇◇◇◇◇



「ちょっといいかな。他じゃ話せないようなことなんだけど……」


「朱莉、柚月さんとちょっと話してくるけどいい?」


「……ここでいいよ……ここにいて」


「篠崎さん、少し良くなった? 二人のところ悪いね」



「それで話って?」――僕は椅子を勧めたあと、そのまま話し出せないでいる柚月さんを促した。


「さっき五階で言ってたじゃない。怖いことが起こるかもって。何か知ってるの?」


「ああ、うん。そう……ですね、その前に差し支えなければ柚月さんのを教えてもらってもいいですか?」


「僕かい? 人並なことさ。お金だよ」


「お金に困ってたとか?」


「いいや。ただお金が儲けられれば、いろいろと他の幸せにも繋がるでしょ? やりたいことの資金にもなるし」


「まあ、そうですね。じゃあ問題は無いのかな? 朱莉のこと言っていい?」――朱莉も頷く。


「問題って?」


 他言無用ですよ――と僕は断り、彼に約束させた上で朱莉と五十嵐に起こったことを話した。さやっちさんのことは一先ず置いておいて。


「なるほど。少し前に篠崎さんたちが少し変だったことがあったからそれだね」


 柚月さんは意外にもすんなり信じてくれる。


「そういうわけで祭壇に祈るのは危険だと思うんです。お金が目的ならまあ、大丈夫なのかなとは思いますが」


「なるほどそれで」


 柚月さんは僕の質問の意図も理解してくれたようだ。お金なら少なくともここでは意味をなさないから、ある意味いちばん純粋に求め続けられるのかもしれない。


「ただ、達成感が無いのも本当だけどね。ここでは得られた感触が無いから」


 彼は自嘲した。確かにそうかもしれない。そして僕はもうひとつ、元の世界に帰れないかもしれないことを話した。


「そんな馬鹿な!」


 彼は立ち上がって声を荒げる。僕は単純にこちらと向こうの世界の望みを叶えただけでは帰れないことも話す。そして帰れるかどうかはわからないが、少なくとも祭壇には50万枚の金貨を要求されることを。


「そんなに必要なのか……。他に方法は無いのか……」


 柚月さんは肩を落とすと、独りで考えたいと部屋に戻って行った。


 朱莉も心配そうだったため、五階であったことを話した。僕たち百人、そして最初に帰っていったはずの人たちを含めた人数程度の問題ではない可能性が高い。あの地下の宿にいったいどれだけの人間が眠っているのだろう。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、僕は板金鎧を受け取ってから集合した。一緒に行った三島と佐伯さんも板金鎧。昨日、試しに障壁を掛けていたが、問題はなさそうだった。これで白木と盗賊の二人以外は板金鎧になったので、かなり安定すると思われた。


 一団はとりあえず五階の探索は無視することにし、六階からの探索を勧めることとなった。西のカタコンベの六階は南と同じく、複雑で階段までが遠いようだったため、地道に複数経路を探索していった。六階には、巨人、翼の生えた人型のデモンキンと呼ばれる武器を持った連中、デモンキンを率いてくるデーモンと呼ばれる悪魔、そして南にもいた白いウサギ! が居た。


 巨人は通路に収まりきれてないため魔法が容易に当たり、移動も鈍いが、戦士たちは迂闊に近寄ると強烈な一撃を貰うため、頑丈な盾が必須だった。板金鎧は鎧自体が防御が高いため、盾は不要、もしくはあまり大型の物を持たないので、これは対策が必要だった。


 デモンキンは魔法を使うやつが居るため、司祭の沈黙の魔法が効けばそこまで大した相手ではなかった。ただ、それを率いるデーモンはいくつか異なるタイプが居て、特徴を覚えるまでが大変そうではあった。数は少ないので前衛の速攻である程度対処できるのが救い。


 そしてやっかいなのが白いウサギ。こいつは風のように素早く、そして鋭い牙を持っていた。鎧を切り裂き、腕や首を刎ねる勢いだったし、実際刎ねられた。唯一、死者を出した相手だったが、柚月さんの蘇生の魔法で生き返らせることが出来た。相変わらずここのコンビニエンスな蘇生は肌に合わない。


 そんな形で三日かけて地下六階を探索した僕たちは、階段までのルートを複数開拓し、地下七階の探索準備に入ることができた。


 その間、朱莉も徐々に回復し、歩けこそしないものの食事が取れるようになったので、テイクアウトできるものを部屋に持ち帰り、一緒に食べたりした。



 ◇◇◇◇◇



 地下七階探索の二日目、異変は起きた。


「ミナトっち、やっぱり近くない?」

「近いよね」


 地下五階の宿舎の一室での休憩の合間、さやっちさんと話しているのは四島さんのことだ。彼女の立ち位置が吉川くんに妙に近いし、普通に会話している。いつもなら馴れ馴れしく寄ってくる吉川くんを辛辣な言葉で追い払うことも珍しくないのに。そしてそれをチラ見する柚月さん。彼本人は気にしてない風を装っている。


「あたしちょっと聞いてくる」

「さやっち!」


 僕は引き止めようかと思った。祭壇の力だとわかっていても本人に何といえばいいかわからないから。だけど四島さんが柚月さんを慕っていることを朱莉から聞いていたため、引き止めきれなかった。


 さやっちさんは四島さんを連れて部屋の隅に行き、クロークを二人で被って内緒話を始めた。


「よ、吉川くん、今日は珍しく四島さんに辛辣な言葉は貰ってないね」


 僕はさやっちさんの会話がこちらに聞こえてこないよう、話を振った。


「へっへ、実はな。ついにオーケー貰ったんだよ」

「オーケーって……つまり……」


「付き合って欲しいってな」

「ええっ」


 ――柚月さんが驚愕している。おそらく彼も四島さんの気持ちには気づいていたのだろう。ただ――。


「吉川くん、もしかして祭壇に彼女とのこと祈ったりした?」


「へへ、まあね。ついこの間までは女のことを祈るなんてカッコ悪くてできなかったんだけどな。あんたを見てたら悪くないなって思ってな」


 僕がきっかけ!? 柚月さんそんな目で見ないで!


「いやあの、僕は別に祭壇に祈ったりはしてないよ? そもそもそういうのを祭壇でどうにかするのって違うと思ってるし」


「ほんっとに沙耶ちゃんも朱莉ちゃんも祭壇の力じゃないの?」


 平瀬くんが聞いてくるので否定しておいた。さやっちさんのあれは祭壇の可能性があるが、僕の望みではなかったし、話がややこしくなるので伏せておいた……。



「(四島ちゃん、吉川のこと幼馴染って言ってた……)」

「(やっぱりそういうことになるんだ)」


 休憩の終わり際にさやっちさんが教えてくれる。四島さんと吉川くんは幼馴染じゃない。二人が祭壇からの影響を受けている。



 その後、七階を探索した結果、女神様の祭壇らしきものがある部屋を見つける。幽視を使って確認すると、少し大きめの枝のようなもの。おそらく脚か何かが祀られているのがわかった。


「南だと、あれを手に取ると上に居たデーモンみたいなのがまとめてそこら中の床から現れた」


「同じ罠がありますかね」――僕の問いにおそらくと返す柚月さん。


「なんだよ、行かねぇのか? 魔法ならまだたくさん残ってるぜ」

「こっちも十分だぜ!」


 佐伯さんと三島はやる気満々。ただ――。


「やるのはいいですけど、前回のように散り散りに逃げるようなのはどうかと思うので――」


 僕はもし撤退する場合は、帰還の魔法を準備して何人かは撤退の時間を稼ぎ、金貨については撤退する者に託すのはどうかと提案した。その場合は自分は残ると。さやっちさんも付き合ってくれると言うが、彼女は時間稼ぎには向かないので撤退組に残ってもらいたい。


 ただ、この提案には他の全員に多少なりの難色を示された。れいの金貨に対する渇望だろうか。面倒だけれど、全員の預かった金貨を記録しておくしかなかった。



 ◇◇◇◇◇



 不意打ちを受けてもいいように円陣を組んで進む。祭壇には女神の断片。こんなものが本当に価値があるのだろうか。四島さんが罠を調べ、断片を手にする。同時に周囲の床から巨大な何かがいくつも立ち上がってくる。


 ――すかさず僕たちは三つの火球の魔法で迎え撃った。

 ――間髪入れずに白木は大型の剣でうちの一体を殴りつける。

 ――同時に柚月さんは沈黙の魔法を放つ。


 怪物どもが床から現れる、その瞬間を初めて見た。魔法は奴らに効いている。姿は南のものと同じ、巨大な人型。鋭い爪とねじ曲がった角、蝙蝠の翼をもち、黒い肌をしている。熱に焼かれ、倒れこそしないものの叫び声を上げている。僕の火球はこれで尽きた。あとは守りに徹する。


 怪物どもは炎を吐いてきた。防御に徹していた前衛が被害を受けるが、吉川くんと平瀬くんは手練れの前衛だ。不意打ちさえ受けなければ円陣が崩れることはない。五十嵐と柚月さんは宮下と白木に治癒をかける。下位の治癒なのでまだ余裕があるだろう。


 ――詠唱を完了させた三島が連なる稲妻を放つ。同時に何体かを巻き込んで焼く。

 ――佐伯さんは雹の嵐を呼び、こちらも複数を巻き込んで怪物を切り刻んでいく。


 運悪く集中砲火を浴びた一体が崩れ去る。


「よっしゃー! もう一発行くぜ三島!」

「おうよー!」


 怪物どもは前衛に襲い掛かるが、吉川くんや平瀬くんを崩すことが出来ない。宮下もまたしぶとくなっている。どうなってんのこれ? とか今更思わない。理屈はわからないが、戦士たちは頑強になっていく。そして司祭になると彼らがあと何発くらいは持つか、誰が被害が大きいか、そういうのがわかるようになる。さやっちさんの視力が良くなったように。


 さらなる票の嵐と三島の火球で怪物どもは半壊し、前衛が攻勢に転じると、一体、また一体と怪物が倒れていった。


「やったぜあかり!」

「カズ、おめ日和ったな、火球使ったろ!」

「あれは一応考えてだな……」

「日和ってんじゃねえよ」


 佐伯さんが三島の首に腕を回して絡んでる。佐伯さんは背が高いから背が低めの三島とそう変わらない。しかし問題はこっちだ。


「吉川、手に入ったよ」

「これで二つ目だな、涼!」


 喜ぶ二人だが、柚月さんは何とも言えない顔で見ている。


「あれはマズいよね……」


 さやっちさんが心配そうに声をかけてくる。


「さやっち、この戦いが終わったらオレと付き合って!」

「いや、オレっちと結婚して!」


「やや、そういうのはちょっとあたし約束できない……」


 恋人たちに当てられたのか、宮下と平瀬くんがさやっちさんに告ってくる。言葉にしてくるだけ彼らの方がずっと健全だ。


「それよりみんな、宝箱はいいの?」


 さやっちさんが困っているので、気を逸らすためにも床から湧いて出た櫃を差して言う。恋人たちには悪いけれど、前衛と後衛のパーティに分かれて四島さんに罠と開錠をお願いする。


 ――罠は無く、かなりの量の金貨が手に入り、僕たちは教会へと帰った。この調子なら他の断片も問題なく手に入りそう。


 そして一度聖堂で断片を見てもらうことにしたが、やはりその断片にも女神の力は無いと言われる。やはりすべての断片を集める必要がありそうとの結論に達した。



 ◇◇◇◇◇



 部屋に戻ると、朱莉が待っていてくれた。服も何故か彼女のものが僕の部屋に支給されたらしく、部屋着を着ていた。どういう仕組みになっているのかわからないが、とにかく、探索で余った治癒の魔法を彼女に使う。


 柚月さんのパーティのおかげで、僕は魔法をかなり節約できていたので、朱莉の肌もずいぶんと綺麗になってきた。


「よかったね。後に残ることもなさそう」


「先輩、気にしてくれてたんだ」


 朱莉は顔や喉の状態も良くなった。喋るのもつらくなさそう。


「足はまだ無理そう? いちばん酷かったから」


「もうちょっと甘えていい……ですか?」


「どうしたの急に?」


 急にしおらしくなった朱莉に聞き返す。


「あまり調子に乗ってると追い出されそうだから……」


「少しは自覚があったんだ」


 僕が笑うと彼女はちょっとだけ臍を曲げた。以前はよく揶揄われてたと思う。


「追い出したりしないけど、あんなのでも結構凹んでたんだよ」


「……」


「でもいいよ。らしいところも懐かしくて嫌いじゃない」


 彼女には元気になってもらうのが何よりいちばんだから。


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