SS_No.5:銭湯の湯上がり美人なお隣さん
10月も半ばを過ぎてくると、途端に気温が落ちる。半袖では心許なくって、段々と服の厚みが増していく。
朝晩は特に冷え込む。肌を通り過ぎる秋風でぶるりと震えた。
こういう日はシャワーだけではなく、熱い湯船に浸かって温まりたいものだ。
そのため、ゴシゴシと浴槽をスポンジでこすり、ぬめり1つ残さず準備をしていたのだけれど……。
「冷たい」
「……そうね」
風呂場で鎖錠さんと並んで呟く。
浴槽に溜まり揺れ動くそれに湯気はたたず、手をつけると返ってくるのは身を凍らせるようなひんやり感。
風呂のボタンを押し忘れたわけじゃない。となると、結論は1つしかなく、
「湯沸かしが壊れたぁ」
秋の半ば。冬に差し掛かろうとする時期に、とんだ災難が寒さを伴って僕たちを襲ってきた。
■■
「……あー、あったけー」
カポンッ、と桶の音がどこからか聞こえてくるようだ。
広すぎる浴場。富士山の絵を背に独り占めするのはあまりにも贅沢で、身体だけでなく心まで暖かくなり満たされる。
はぁーっと息を吐き出すと、浴場いっぱいに広がる湯気に混ざって消える。ふへっ、と理由もなく楽しくなってきた。
「こういうのもたまにはいいよなぁ……」
頭の上に畳んだタオルなんて乗せてみたりして満喫してしまう。湯沸かしが壊れた時はなぜ今なんだと頭を抱えたけど、これはこれでよかったのかもしれない。
湯沸かしが壊れたのが発覚後、メーカーに修理の連絡をした。けれど、どんなに早くとも明日になってしまうとかで、壊れ方によっては部品の発注で更に日が伸びるとか。
困った。どうしたものかと冷たい風呂の水をかき混ぜていると、鎖錠さんが『……隣の、』と言い淀み『……お風呂、使う?』と控えめに提案してきた。
その提案に、顔の中心に向けて力がこもる。それは、ちょっと……。
女の子の家でお風呂に入るのはなんだか気が引ける。鎖錠さんと一緒に暮らしていて今更な話ではあるけれど、気後れしてしまう。他所様のお家というのもある。
それに、と頬肉を持ち上げて渋い顔をする。
鎖錠さん母とバッタリ対面なんてしたくなかった。鎖錠さんが会いたくないだろうというのもあるけど、彼女に黙って母親に会っていたなんてバレるのだけは避けたい。
そんな事態になったら、浴槽に張った水に飛び込むより凍えてしまいそうだ。
そのため、鎖錠さんの提案は謹んでお断りした。
彼女も本気ではなかったみたいで、気を悪くした様子もなくあっさりと意見を引っ込めた。
とはいえ、お風呂には入りたいのだ。
ということで、近くにスーパー銭湯とかないかなーとスマホで調べたら、おっと思うのがヒットした。徒歩圏内にある公衆浴場。ただし、スーパーはつかない。ただの銭湯だ。
まだ残っていたんだ。驚きと興味が湧く。
そんなこんなで、鎖錠さんと連れ立って心の赴くままに銭湯へ来た、というのがこれまでの流れだった。
「ひー、あっつーい」
紺色の布に白で『男』と描かれた暖簾を
髪は湿ったまま。ドライヤーを使おうと思ったんだけど、20円で3分。お金取るのかという驚き。物珍しさはあるけれど、髪を乾かすぐらいでお金を使いたくないなぁとそのまま出てきた。
火照る身体を手で扇ぐ。ただやっぱりそれだけじゃあ身体の熱気は飛んでいかない。
休憩所みたいなものなのか、古びた木製の椅子が並んでいる場所があった。正方形のような形をしたやたら大きなテレビがあり、近くには背の高い扇風機が回っている。
こういう雰囲気を昭和とか、平成初期っていうのかなーって、感じたこともないのにノスタルジックになりながら、扇風機の前を陣取る。
「あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛」
出した声がグワングワン震える。タワーファンじゃこうもいかないので、なんだか新鮮で楽しくなってくる。
わぁーっと声を出して遊んでいたら、「……なにをやってるの」と呆れた声が後ろから聞こえてきた。
「あ゛ー、宇宙人ごっこ?」
だった気がする。詳しくはないけど。
「バカ」
と、ため息まで吐かれてしまう。
鎖錠さんも楽しいからやってみればいいのに。そう言おうとして振り返ると、出迎えるのは当たり前だけど湯上がりの鎖錠さんで。
「……なに?」
「…………へ? あ、や」
声が出なくなる。
身体から湯気を立ち上らせ、鎖錠さんはしっとりとしていた。髪も乾かして濡れていないのに、どことなく濡れたような艶がある。
熱いのか、いつものパーカーは腰に巻いて、黒いノースリーブのシャツ1枚。ピッタリと肌に張り付いて、魅惑的な身体のラインが浮き彫りになっている。
その姿がなんだか妙に艶めかしくって。
鎖錠さんのお風呂上がりは家で毎日のように目にしているというのに、どうしてか目が離せなかった。
銭湯という特殊な環境だからだろうか。それとも、熱い風呂に長湯しすぎてのぼせた?
落ち着かない。潤った白い首筋に魅入ってしまっていることに気が付き、慌てて視線を上げると薄く細めた真っ黒な瞳に出迎えられる。
見すぎて怒らせたか? と、熱さとは関係ない汗が額からこぼれ落ちるが、どうやら違ったらしい。顔に向けて手が伸びてきて、石のように身を硬くする。
「……髪、乾かしてない」
「あ、あぁ。ドライヤー勿体なかったから」
指先で、耳の傍に垂れる髪の一房を摘まれてなんだかくすぐったい。
「ほんとに……湯冷めして風邪ひいたら、なんのために銭湯まできたかわからなくなる。
ほら、後ろ向いて」
肩に触れられ、そのまま扇風機とご挨拶。
扇風機の風を頼りに後ろからタオルで頭を拭かれる。
「子供そのものね」
と、幼稚園か小学生のような扱い。
妙な胸の高鳴りに唇をへにょへもさせながら、なすがままにされるしかなかった。
隣室の玄関前で顔の良すぎるダウナー系美少女を拾ったら、ちょっとエッチな同棲生活を送ることになりました。 ななよ廻る @nanayoMeguru
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