SS_No.4:メイド服が忘れらないので着てもらった

 久しぶりに昔買ったラノベを読むと、懐かしさと面白さが同時に去来する。

 何度読んでも名作は名作で、飽きるなんてことはない。


「やっぱりメイドさんは最高だな……」

 と、1人部屋で呟く。

 相当ヤバい発言をしている自覚はあるが、良いモノは良いのだ。認めていかなければならない。


 そして、思い出すのは9月半ば。

 どういう経緯か、妹にメイド服を着させられた鎖錠さんの姿だ。

 クールで優秀なメイドという見た目。実際にお世話されてみたいと思うのは当然だろう。


「よし」

 パタンっと本を閉じる。

 衝動のまま、やるべきことは1つだった。



 ■■


「メイド服着てくれない?」

「…………は?」

 キッチンでお昼の用意をしていた鎖錠さんに手を合わせてお願いすると、ゴミでも見るような蔑まれた目を向けられてしまった。

 こうなることは予想していたため、心構えはしていた。

 けれど、実際にやられると想像の何倍もダメージがデカい。生まれてきてごめんなさいと謝りたくなる。


 でも、今日は引くわけにはいかないと、お願いお願いと繰り返し頼み込む。

 この機会を逃せば、次に見られるのはいつになるやら。もしかすると、永遠にそんな機会は訪れないかもしれない。

 ならば今こそが最後のチャンス。

 鉄は熱いうちに叩けとばかりに、鎖錠さんに猛攻という名の駄々を仕掛ける。


「ね? ね?」

「……鬱陶しい」

 虫でも払うようにペシッと叩かれたが、最後には諦めたように「はぁ……」とため息を零す。

 なんだかんだ押しに弱いよな、と高まる期待に心震わせていると、ジロリと睨まれた。怖い。


「そもそも、メイド服は妹さんが持ち帰ったでしょう」

「そうだね」

「なら、どうせ着れない」

 これでこの話はお終いと、中断していた調理に戻っていく。

 けれど、そんなものは想定の範囲内だ。むしろ、その言葉を待っていたまである。


 キラリと目を光らせる僕。

「じゃあ、あれば着てくれる?」

「…………持ってるの?」

 軽蔑どころか、もはやドン引きの反応。

 持っていた包丁の先端をこちらに向けて、上半身を仰け反らせている。


「持ってないからとりあえずその包丁は下ろしてくれない?」

 言葉を誤れば刺されそうだ。

 身の危険を感じて両手を上げると、怪しみながらも鈍く光る包丁を下ろした。

 ただ、手には握ったままで、余計なことを言えば刺すぞと言わんばかりの状況に、頬が引きつる。


「で?」

「いや、うん」

 冷めた追求に、んんっと喉を鳴らす。

 額から冷や汗が流れ落ちた。


「とにかく、メイド服を用意できれば着てくれる?」

「…………」

 眉間に皺を寄せ、なにやら苦悩と軽蔑が入り混じったような複雑な表情をする。

 どうあれ、歓迎していないだろうことは間違いなく、内心これは無理かなと諦めかけていると、鎖錠さんが包丁を持ち上げたのでビクッと身体が跳ねる。


 身を守るように胸の前で腕を構えると、包丁は僕ではなく、まな板の上に乗っていたトマトに下ろされた。

 パッカリ真っ二つに割れたトマト。なんだか自分の末路を見ているようで、血の気が引く。

 けれど、返答は意外なモノだった。


「……用意できればね」

 やった。

 バンザーイ、バンザーイと喜ぶ。

「言質取ったからね!

 約束破ったら嫌だからね!?」

「……はぁ」


 もう知らんとばかりに目も向けられなくなるが、我が世の春なので気にならない。

 どうせ用意できるはずがない。そう鎖錠さんは高を括っているのだろう。

 しかしそれは、彼女が切っている完熟トマトのように甘いと言わざるおえない。


 先日、不名誉な事件を経てとはいえ、頼りになる助っ人を僕は知っているのだ。



 ■■

 

 後日。

「じゃーん」

 と、死んだ目をする鎖錠さんの前に広げて見せたのは、メイド服。

 しかも、フリッフリのミニスカタイプである。

 どうよとばかりに胸を張ると、頭痛を抑えるように鎖錠さんが眉間を揉む。


「……どうやって用意したの?」

「服飾部のクラスメートに頼んだ」

 鎖錠さんが着るならと快く引き受けてくれた。クラスメートの野次馬ちゃんである。

 少し前にとんだ恥をかかされたが、全て水に流そう。

 それほどまでに、今の僕は機嫌が良かった。


「約束したよね?

 メイド服を用意できたら着てくれるって。

 ね? ――ね?」

「……っ。~~っ」

 ずいずいっとメイド服を鎖錠さんの眼前に突きつける。

 声にならない悲鳴を上げた彼女は払いのけようと腕を構えたが、最後には諦めたようで。


「……わかった」

 両腕をだらりと下げて、観念したように零した。


 結果。

「さいってい……」

 フリフリミニスカメイド鎖錠さんの爆誕である。

 ニーソとミニスカの絶対領域がエロティック。

 今回は布面積が少なく、胸元がガン開きタイプなので、深い谷間がど迫力である。

 羞恥で紅潮した肌がなんともセクシーだ。汗で濡れているおかげで艶増々である。


 罵倒すらもご褒美ですというと脛を蹴っ飛ばされたが、今日の僕にとってはそれすらもご褒美なので無敵だ。最強紳士リヒトくん。


「むふー」

 鼻息荒く眺めていると、「っ」と身体を隠そうとするのが逆にエロさを引き立てている。

 二の腕の間でおっぱいが圧迫され、開いた胸元から零れてしまいそうだ。


 と、いかんいかん。興奮して忘れていた。

 ポケットからスマホを取り出した僕は、鎖錠さんにレンズを向ける。

「ちょっと……っ」

 すると、鎖錠さんが非難の声を上げた。

「なにしてるの……!」

「あー。いやー」

 頭をかく。ドサクサに紛れて撮ってしまおうとしたが、失敗してしまった。


 バツが悪くなり、視線をそっと床に落とす。

 ここは正直に言うしかないか。

「その、ね?

 メイド服を用意してもらう代わりに、それを着た鎖錠さんの写真を見せる約束を――」

「死ね……ッ」

 手近にあったクッションを顔面に投げつけられる。

 辞典じゃなかっただけまだ温情があるかと、甘んじて受け入れて背中からベッドに倒れ込んだ。



 ■■


 そのまた後日。

 結局、エロメイド鎖錠さんを撮らせてもらえず、クラスメートの女の子にごめんなさいと謝罪することになってしまった。

「いいよいいよ。しょうがない」と、彼女は気にした素振りも見せず笑って許してくれる。

 よかったと胸を撫で下ろすのも束の間。

 代わりにお願いを1つ訊いてねと提案される。

 無理なお願いをした上、約束を破ってしまった手前、僕に出来ることならと了承。


「大丈夫大丈夫。日向君にしかできないから」

 と、彼女が笑いながら口にした約束は――


「なんで僕がメイド服を着てるのさ――ッ!?」

「ほら!

 もっとスカート上げてチラッと!

 見えるか見えないか。その瀬戸際を攻めなきゃ!」

「ひーんっ!?」

 正に因果応報。

 ミニスカメイド服で女装させられた上、クラスメートの女の子に写真を撮られるという羞恥プレイを味わった。


 しかも、どういう経緯かその写真は鎖錠さんの手にも渡り、

「……よく似合ってるよ。

 ふふっ」

 と、先日のお返しか、それは楽しそうにせせら笑われた。

 暫くの間、鎖錠さんのスマホの壁紙となり、事あるごとにからかいの種にされてしまうおまけ付き。


 もう二度と、欲望のために安易な約束はしない――。

 心の中で涙を流しながら、僕は固く決意した。

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