不参加の言い訳を777文字以上で述べよ。

岡本紗矢子

アンラッキーの話をしよう

 KACが終わった。とっくに終わった。

 参加する気ではいた。以前の開催期、全ネタコンプリートはできなかったものの何とかついていこうと頑張ったときに、まさに「参加することに意義がある」と実感したからだ。次から次へと繰り出されるお題。短い日程でやってくる締め切り。それを強引にでも「何か」に仕上げ、満足の一本でもそうでなくても、でやーと背負いでぶん投げる――この繰り返しは、細かく考えすぎて手が止まる自分のくせを修正し、ゆるんだ執筆の【筋肉】をわずかなりとも引き締めるのに役立ってくれたと思っている。貴重なエクササイズイベント、それが私にとってのKACであった。

 ところが、KAC期間に入った3月2日のことだ。朝、下の子どもがぐずぐずしていた。もともと行動のゆっくりな子ではあるが、今日はゆっくりというより動きたくないといったていで、顎をテーブルにのせ、潤んだ眼を犬のように上目遣いにしてぼんやりしている。いつもの彼ではない。熱は出ていなかったが、なんとも不調そうに見える。

 ふだん、だいたい在宅で仕事している私には、その日に限って予定があった。他県まで取材に行かねばならなかったのだ。だが、幸い夫が在宅できるという。学校を休ませることにして、彼に任せて外出した。当日、何度か体調を確認してみると、「お腹が痛いと大騒ぎしたけど、眠って起きたらおさまった様子」「ちょっとだけ熱が出ている」「だるそうだけど大したことはなさそうで、今は起きて遊んでいる」などと、元気ではなさそうなものの、はっきり病気とも言えないような感じの報告が返ってくる。不調は不調のようだが、とりあえず大したことはないのかな……と、その日は安心して仕事をこなし、帰宅した。

 しかし明けて3月3日。まず本人の熱が爆上がりした。さらに、学校から電話がかかってきた。いわく、「あのう、お迎えをお願いします。岡本長男くん、39℃近い熱が出ていまして……」――。

 うわあああ。きた。これはキタぞ。

 学校でインフルエンザが流行っているのは知っていた。うちの子は流行に疎いくせに、感染症の流行にだけは普通に乗っかるのが常なので、これはもう言わずもがなだろう。昨年の夏、コロナで一網打尽にされたときと同じだ。

 受診してみる。案の定、ふたりともインフルエンザだった。これで今夜の寝ずの看病は決定した。思えば赤ちゃんの頃も、寝つかないお子様抱えて【夜中に散歩】したっけなあ……と数年前の記憶がよみがえる。ハハオヤとはいつまでも深夜営業から逃れられない稼業なのだ。

 受診して帰ってくるまでの間に、上の子どもの具合は急降下して、地に落ちた。気持ち悪い、頭が痛い、顔が熱い、足の関節が痛いと、際限のない訴えが私に投げかけられるようになる。厄介なことに、この人は頑として薬を受けつけない。よって対処法は、冷やす・さするなど、きわめて原始的な手法しかない。というわけで、帰宅したそのときから看病大会が始まった。ひたすら冷やし、ひたすらさすり、合間にご飯は作ったが食べる時間はなく、時々下の子がぼくも忘れないでと不調を訴え、手を引っ張る。【ぐちゃぐちゃ】だ。ひとりじゃ手が足らない。しかし夫は帰ってこない。ちょっとくらい手伝ってくれてもと猫に視線を投げてみるが、彼らは【ぬいぐるみ】みたいにのんびり寝ているのみだ。いやまあ、いいんだけど。見ればわずかに気持ちが和むんで。

 少しの切れ目もなく夕方が夜に変わり、夜から夜中に突入した。ちょっと寝るとすぐ呼ばれ、起きて対応してまた寝る、それを何度も繰り返したが、幸い朝になると下の子の症状はだいたい落ち着き、上の子も、熱はあるものの大騒ぎはしなくなってきた。ほっとする。コロナ感染時はこの大騒ぎが3日続いたことを考えると、早く抜けるぶんだけインフルエンザの方がやはりましだ。

 と、気を抜く気満々でいたときだった。今度は自分の調子がおかしくなってきた。そうだった、インフルエンザは抜けるのも早いけどうつるのも早かったのだ。潜伏期間は確か1日か2日だっけ――うん、熱っぽい。うん、だるい。うん、うつったな。

 このパターンだと、たぶん夫にもうつるなあ……と思って彼の姿を探すと、部屋の隅でひっそりと熱を計っている後ろ姿が見えた。インフル様の完全支配が確定した瞬間であった。


 と、このような騒動ゆえに、KACどころではない3月をスタートさせることになった私。家庭の全機能回復に費やされた期間はほぼ一週間、まさに【アンラッキーな7日間】であった。それでもひとネタでもねじこもうと、ちょっと頑張っては見たものの果たせず、そのうちに3月2日に対応してきた取材案件の締め切りが迫ってきて、作品を書いている場合ではなくなった。そして、とうとう一作も参加しないままに、今年のKAC期間は過ぎ去ってしまったのであった。


 以上、不参加の【言い訳】を述べることによって今年のキーワードを全回収しようと思ったのだが、惜しい。【本屋】だけはどうやっても絡ませられなかった。そもそも本屋さんが近くになく、欲しい本はネットで買うばかりなので、絡ませられなくても仕方ない。ブックオフでいいから、近くにオープンしてほしい。切なる願いだ。


 ではさようなら、KAC。また来年。

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不参加の言い訳を777文字以上で述べよ。 岡本紗矢子 @sayako-o

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