第2話【インタビュ-】『ADAMON』考察_一人目の証言者

「誤解があるようだから、ここではっきりさせよう。『DAIHYO』は起業家でも科学者でもない。ある有名なバンドのギタリストだったのだ」


 M・サイトウと名乗る自称『神の音楽研究家』の70代後半の男性は、こう断言する。


「私の調査によると、もともと彼らはポストロックのバンドだった。しかし、より音楽の本質へ迫る必要があると考えた当時の『DAIHYO』は、ヘヴィメタルと呼ばれる失われたジャンルへ足を踏み入れようとした。当然、他のメンバーからの猛反発に合うことになる。まあ、そりゃあそうだろう。大方の予想通りバンドは解散になり『DAIHYO』だけが残った。


 彼がなぜ、そんなことをしたのかって? そりゃあお前『ADAMON』の秘密へ迫るためさ……話が見えないって? まあ落ち着いて最後まで聞け。

『ADAMON』をただの商品名だと捉えているからそういうことになる。物事はもっと本質を見なければならない。そうだろう? 昨今の急激な砂漠化に関する論調もそうだ。その原因を『神の鉄槌』に見出している意見が多いが、あれは実は……いや、やめておこう。『ADAMON』の話だったな。話がそれた。


 単刀直入に言うと、実は『ADAMON』は彼が作曲した楽曲のコード進行を表しているのだ。なに?それが急速充電用アダプタと何の関係があるのかって? だから、慌てず最後まで話を聞け、と言っておるだろう。君は実にせっかちだ。本当にプロのインタビュアーなのか? ええ? そんなことでやっていけるのか? と、まあ良い。話を戻そう。


 A、D、Am、と、ここまでは良いな? ああ、ここでAmに違和感があると思うかもしれない。が、これはただの転調だよ。問題は、そのあとのONにこそある。これをオンコードだと解釈するのはいささか浅はかだと言わざるを得ない。じゃあ、いったい何なのか。いや、そう難しく考える必要はない。これは見たまま、Oコード、と、Nコードなのだ。そんなコード存在しない? だからこそだよ。だからこそ画期的なのだ。そう。『DAIHYO』は自らの手で新しい音階理論を生み出したのだ。そしてそれが『ADAMON』が世界最小とするための理屈に通じているのだ。私の長年の研究により、その結論が導かれたのだよ。


 えっ? 音階理論と半導体設計にどういう共通点があるのか、だと? ええい、うるさい。そもそも、そんな枝葉末節にこだわること自体が、昨今の世界の混迷を生み出していることがまだ分からんか。まったく、話の通じない人間ばかりで非常に困る。

 いいか。よく聞け。『神の鉄槌』により、この世界の根本をなす物理法則に微妙なズレが生じたのだ。このぐらいは、いかに君が無教養であったとしても、耳にしたことはあるだろう。もともと、すべての理論は根っこでは繋がっているのだ。音と電気の理屈などそもそも紙一重だったのだから、『神の鉄槌』によりその理論が偶然一致することになったとしても、何ら不思議ではない。

 なに? これだけ言ってもまだわからない? 君は本当に……と、怒っても仕方がない。バカの壁があるのは重々承知だ。そうだったな。私のような高等な頭脳を持つ人間は、その知の一端を平民たちへ分け与える義務があるのだった。仕方がない。いいか。よく聞くがよい。


 かつては特許制度というものがあり、最先端技術がある程度オープンにされていた時代もあった。しかし、現代は違う。日進月歩で生み出される新しい技術、理屈は全て開発者の手の内に秘匿されているのだ。この世界の理屈を包括的に理解するすべは、もう無くなったといっても過言ではない。つまり、まだ知られていないだけで、音階理論はそのまま半導体の設計に流用が可能なのだ。これだけは間違いない。


 だが、冒頭に言ったように誤解してはいけないのは、あくまでも『DAIHYO』の本質は、いちギタリスト、ということだ。失われたヘヴィメタルというジャンルを再興するため、『ADAMON』という画期的なコード進行を元にした楽曲を、今も日夜、極秘で製作中に違いないのだ。そんな中で、ついでに形になった充電アダプタ『ADAMON』を世に出したに過ぎない。まあ彼にとっては、いわば神の楽曲を発売する前のプロモーションだな。分かる人にだけ伝えようとしたのだ。

 あ、そうだ。充電機器からのあの子供にだけわかる甘い匂い。なるほどなるほど。それも、O、Nという新しいコードの理論を採用していることが影響しているに違いない。そのはずだ……えっ? 今思いついた理屈じゃないですかって? いやいや、何をいっているのだ。つくづく君は愚か者だ。そう言わざるを得ない。そもそも今思いついたかどうかなど、そんなことが重要なのかね? かつて、さる有名な物理学者は、リンゴが木から落ちる所を見て、万有引力を発見したのだ。さすがの君も、知らないわけではなかろう。まあ今後は、そのことを肝に銘じて自らの言動に注意するが良い。

 さて。まだまだ語り尽くせていないことも多いが、そろそろ時間が来たようだ」


 そう言うと、自称『髪の音楽研究家』は無造作に伸ばされた髪を後ろにたくし上げ、椅子から立ち上がった。傍らに放置されていたくたびれた黒いカバンを、肩にかける。


「それから、これは極秘なのだが、今『DAIHYO』は『ADAMON』をコード進行とする神の楽曲を演奏するため、バンドメンバーを集めようとしている。もちろん、ヘヴィメタルのバンドだ。そのために世界中に触手を伸ばしているはずなのだ。私はそこにアプローチをしようと思っている」


 そう言い残したM・サイトウは扉を開けて出て行った。再び旅に出るのだろう。

 白い壁面に囲まれた窓のない室内には、肘掛椅子だけが残った。



 手元の資料をめくり、次のページを確認する。

『ADAMON』に関する仮説を考察するために『局』が見つけてきた二人目の証言者は、C・ナリッチと名乗る妙齢の女性だ。自称『神の言語研究家』とのこと。

 次のインタビューも期待できそうだ。

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ADAMON 高丘真介 @s_takaoka

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