塩ネギやっこと焼き鳥

 若い頃は米でも麺でもいいから、とにかく飲んだ後にはきちんとごはんを食べなければ気が済まなかった。

 しかし、ここ数年はのんびりと晩酌をしながら適当なアテを食べてれば満足するようになってしまった。これは進化なのか退化なのか。諫早誠人には判断がつかなかった。


 とはいえ、いざとなったときに食べるものがないことほどひもじいものはない。ストッカーの中にマルタイの棒ラーメンとサリ麺の袋があることを確認し、冷凍庫の中には米、冷蔵庫の下段には餅があることを確認して大丈夫だろう、とうなずく。

 豪勢な飯にはとんと縁がない諫早だったが、そのかわり——というわけでもないが、下手に安いものを買って不満を募らせるぐらいなら、少しは値が張ったものを買ったほうが幸せになれることが多いと考え、実践している。

 棒ラーメンを買うならちゃんとマルタイを買う。餅を買うなら、水稲もち米100%のを買う(澱粉等を利用してるのはNO)。

 なんて考てるうちに4時っすよ、ということで、久々にタイムズカーシェアで車でも借りて業務スーパーにでも買い出しに行こうかという淡い計画はパー。

 そもそも夜勤明けで久々に強い睡魔を感じていた諫早は帰宅早々、ちょっとだけ仮眠をクレメンスと万年床に飛び込み、起きたのが2時過ぎだったので砂上の楼閣もいいとこだった。

 起きてから何をしてたかというと、うっかりプライムビデオで『ブラックフォン』を観てしまったのだからしようがない。キング臭の強い、しかし全体的に親父よりもスッキリとしつつサービス精神も忘れない快作で、見終わったあとはホクホクの諫早なのだった。


「しかし、だったら素直に酒飲みながら観ればよかったな……」


 先に立たない後悔と切なさと心強さ(?)よ。ここでおもむろに冷蔵庫からミツカンポン酢と炭酸水を取り出し、ポン酢サワーを作って飲み始めてしまうから、さらに買い物が億劫になる。ぐだぐだである。

 換気扇を回し、ショートホープを吸いながら(それにしても腹減ったなあ)である。

 冷蔵庫には三連の充填絹豆腐とキムチがある。別々に食べてもいいし、キムチ豆腐にしてもいい。が、


「……焼き鳥食べたい」



 諫早の住むそばには商店街がある。下町の風情を残した商店街で、いわゆる焼き鳥屋はないが鶏肉専門店の焼き鳥もあるし、近場には一本70円で買えるテイクアウト専門の店もある(こちらはうなぎもあるのだが買ったことはない)。

 いまの気分的には食べたいのはそのどちらでもなく、むしろファミマの焼き鳥なのだが生憎と近場にファミマはない。セブンだらけだ。憎きはドミナント戦略よ……。

 ということで素直に近場の焼き鳥を購入し(途中でいっそ中華屋で飯を食ってしまおうかという誘惑を振り切って)、家に戻るとまな板を取り出す。


 充填豆腐、滅すべし!


 まだ1パックも食べてないというのに賞味期限は明日である。充填豆腐の賞味期限とは以下略。


 長ネギを取り出し、10センチほどの長さに切り、それをみじん切り。小皿に容れてアジシオコショーを大目に振る。ごま油をひたひたになるまで入れ、終了。

 ネギ塩をどさっとふりかけた居酒屋で定番のやっこ。あれを作りたくて何度か試行錯誤したのだがなかなか思う味が出せなかった。白だしを試したり色々した挙句、最後には一番シンプルな現在の形に落ち着いた。要は塩味とごま油が効いてりゃよかろうなのである。

 焼き鳥は買ってきた袋のままテーブルに置き、取り皿代わりの白いお皿(強化ガラス製のアレ)、キムチ、豆腐は小ぶりなアレを縦に三枚に切りずらして斜めに寝かす。

 ビアボールを購入したときに付いてきた薄青いグラスに氷とレモンサワーの素を入れ、炭酸を注ぎ、待つのが面倒くさくなって先程用意したネギ塩を豆腐にかける。本当は作ってから適度に時間を置かないと馴染まないのだが、そこの折り合いは自分でつければいい。それこそが自由だ。


 諫早は誰もいないのにグラスを軽く上げて、小さく乾杯をするとぐびっと飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐだぐだキッチン スロ男 @SSSS_Slotman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ