第3話 真の戦いはこれからだ

「さぁて。どうしようかしら」


 メアリー・ミード伯爵令嬢、改め、ただのメアリーは、森の中をテクテクと歩いていた。


 乗馬服とブーツは動きやすいし歩きやすい。


 だからといって無限に歩いていればいいってもんでもない。


「道に迷ってしまったわ」


 メアリーが屋敷を出てからしたことと言えば、歩くことだけだ。


 誰にも会わないし、店どころか民家一軒ない道を、ただひたすらに歩いていた。


「これだから箱入り娘はダメね。優秀と言われていても、実践ではダメダメだわ……」


 手持ちの水と食料で凌いできたが、残量を考えたら危ない気もする。


「どうしましょう。野生の凶悪な動物とか出てきたら怖いし……」


 メアリーは剣術なども嗜みのひとつとして身につけていたが、野生動物がルールを守って戦いに挑んでくるとは思えない。


「森の中から獰猛な野獣が……」


 などと、考えるものではない。


 ゴソゴソッと音がして何かが飛び出してきた。


「あぁっ⁈」


「……っ⁈」


 飛び出してきたソレは、メアリーの声に驚き固まった。


 恐る恐るといった感じで首を巡らせこちらを見る。


(なぜ私が怯えられる側⁈)


 などと思いつつ、よくよく見れば。それは薄汚れた、ただの人間だった。


 こうしてメアリーと冒険者イオは出会ったのである。



 一方その頃、ミード伯爵家では……。


「どういうことだ⁈」


「申し訳ございません」


「当家には最初から娘は居なかったものと思って下さいませ」


 マリーナとの婚約に思いを馳せ、頬染めながら屋敷を訪れたシリル第二王子殿下が大声でどなっていた。


 ミード伯爵夫妻は、平謝りである。


「それでは……私は誰と婚約すればいいのだっ⁈」


「殿下……それは……」


「適当なご令嬢を見つけて下さいませ、としか……」


 優秀で後ろ盾のしっかりした令嬢を婚約者に据えれば王座が見えてくる状況なだけに、第二王子殿下の狼狽ぶりはすさまじいものがあった。


 ミード伯爵夫妻にしても、戸惑いは隠せない。


 実子が消えた今。後継ぎのことを考えたら、養子をとるしかない。


 縁続きの家から、ミード伯爵家にふさわしい男子を養子にとることは可能である。


 しかし、養子にとった男子が現ミード伯爵夫妻を大事にしてくれるかどうかは分からない。


 豊かで栄誉ある老後どころか、貧乏で誰も相手にしてくれない惨めな老後が見えてきたミード伯爵夫妻は茫然自失の体で、慌てふためく第二王子殿下の姿を眺めていた。


 それから少しして王宮では、厳しい王妃教育に耐えられなかった男爵令嬢が逃げ出すという騒ぎが起きた。


 王太子は必死で男爵令嬢を探し出し、結果として王位継承権を手放した。


 とはいえ、公爵位と豊かな領地を与えられた。


 生活には困らず、悠々と暮らせる状態は男爵令嬢にとってご褒美でしかなかった。


 新たな王太子となったのは、第二王子シリルである。


 しかし不思議なことに、王太子となったシリルの婚約者は、なかなか決まらない。

 

 もたもたしている間に、一部の貴族たちと平民とが反旗を翻し。


 あれよあれよという間に、王国は議会制民主主義の国へと変わったのである。


 新たに選出されることとなった議員のなかに、元ウイル・テンプル男爵令息の姿があった。


 勘当されたウイル・テンプル男爵令息の隣には、マリーナ・ミード伯爵令嬢の姿があり。


 その腕の中には、スヤスヤと眠る赤子の姿があったという。


 

 一方、冒険者イオと劇的な出会いを果たしたメアリーは、彼と共に旅をすることになった。


「まさか、あの森を抜けるのに三週間もかかるとは思わなかったよね、イオ?」


「ああ。簡単に抜けられる森だったハズなんだがな」


「それってさー、パパがママと離れたくなくて、わざと迷子になったんじゃないの?」


「あー、それかもー。パパ、あやしぃ~」


「ええ、そうだったの? アナタ」


「ええっ⁈ いやいやいや、そんなことないよー」


「それか、アレだ。ママの美しさにドキドキしちゃってマジで迷子に……」


「あー、わかるー。パパ、そーゆートコあるよねぇ~?」


「こらっ! 親をからかうんじゃないっ!」


「あら、違うの?」


「ああ、あぁ、いや、その、メアリー……」


「ふふふ。イオってば、真っ赤よ?」


「キャー! パパとママ、らぶらぶ~」


「ラブラブだぁ~。キャー!」


「こら、お前たち」


「ふふふ。アナタたち、はしゃぎすぎると危ないわよ。海に落ちないでね」


「「はーい、ママー」」


 メアリーとイオは共に旅するうちに、恋に落ち。


 恋人となり。


 やがて夫婦となって。


 生意気盛りの娘ふたりの母親と父親となった。


 冒険の旅は続き。


 今は船に乗って、一路、生まれ故郷の国を目指す。


「マリーナおばさんの旦那さん、次の首相に決まったんですって」


「おー、スゴイなぁ」


「えー、じゃあ、じゃあ、私たち、ビップ?」


「ビップってなぁに? お姉ちゃん」


「ビップは要人ってこと。国として重要な人物、とかさ」


「おービップ。スゴイね、ビップ」


「ふふ。そうね。私たち、ビップかもしれないわね」


「ん? 私の奥さんはビップでいたかったのかな?」


「ふふふ、そんなことはないわ。私の旦那さま」


「えーなになに? それってどういう事?」


「知りたーい。なにー?」


「ん? お前たちのママは、昔、王太子の婚約者だったんだよ」


「王太子、ってなに?」


「王子さま?」


「次の王さまになる王子さまのことよ」


「えー! それじゃ、ママは王妃さまになるトコだったの?」


「王妃さま? お姫さま?」


「ふふふ。そうね」


「えー、ママかわいそー。王妃さまじゃなくて、パパのお嫁さんになっちゃって」


「うん、かわいそー」


「なんだよ、それー⁈」


「ふふふ。ママはパパのお嫁さんになれて、幸せよ?」


「なぜ?」


「なぜぇ~?」


「それはね。アナタたちのママになれたからよ」


「うふふ~。ママ大好き~」


「私も好き~」


「あら、私ってば大人気ね」


「パパも好きだぞ?」


「ふふふ」


「あーパパずるいー」


「エッチ―」


「誰がエッチだ、誤解を招く言い方はよしなさぁーい」


 メアリーは娘ふたりに抱きつかれ、その上からイオに抱きしめられて、幸せそうに笑った。


 王国はあっという間に民主主義国家となり。


 旧王族たちは、力を奪われてただのお飾りとなった。


 第一王子で男爵令嬢と結婚したサイクスは領地を奪われ、平民となったそうだ。


 農家に転身して慣れない力仕事に悪戦苦闘していたらしいが、ふたりの間に出来た三人の子供の為に頑張っているらしい。


 第二王子で王位継承する予定であったシリルは、議員となったそうで。


 結婚相手には恵まれず独身のままらしいけれど、政治的な手腕は意外にも優秀で未来の首相候補と言われているらしい。


 国王と王妃は、その地位を奪われて。


 わずかばかりの年金を与えられ、田舎でひっそりと暮らしているらしい。


 元王妃は孫に会いたいと泣いているそうだが、散々イジメた元男爵令嬢アグネスが頑として会わせないようだ。


 元ミード伯爵夫妻であり、私の両親である人たちは、商売に手を出したそうだ。


 うっかり始めた商売が上手くいってしまい、ひと財産築いたらしい。


 その財産を狙って、親戚たちが群がっているようだ。


 爵位が意味のない現在、養子をとる必要もないはずだが。


 養子になりたがっている親戚は多いらしい。


 欲にまみれた親戚一同でも群がってくれるだけ賑やかでいいだろう。


 あの人たちは顧客の要望には上手く答えられたのかもしれないが、血の繋がった我が子に求めるモノは間違えた。


 その溝は埋まらない。

 

 あの日から随分と時が過ぎ。


 私たちはそれぞれに幸せを手に入れた。


 正しいか、正しくないか。それは分からない。


 ひとつ言えることがあるとすれば。


 私たちはそれぞれに自分らしく生きている、と、胸を張っていえるだろう。


♦♥♦―――――おわり―――――♦♥♦

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