最終話【公爵家跡取り、『エリタス・フォーエンツオラン』誕生する】

 ここはあの広い広いテーブルのあるお部屋。わたしが初めてこの家の主と対面したときと同じようにこの広い部屋に三人だけ。わたしが〝〟を告げるとフォーエンツオランさんは喜色満面、奥さんの方も〝驚き〟の表情を隠せない様子。奥さんの方は〝無表情〟と〝嫌悪顔〟の二種類しか見ていなかったので、また別の表情が見られてこっちの方も軽く驚いている。


「では役所絵里さん、我がフォーエンツオラン家の跡取りになってくれるということで、くれぐれも間違いありませんな」確認するように念を押されている。まだ〝信じ難い〟という思いがあるのかもしれない。


「はい」とはっきり返事した。


「いや、頼んだ側がこういうことを言うのもなんだが、『条件』はあれだけでよかったのかな?」とフォーエンツオランさんに訊かれる。


「『ルゥン』には今後もギルド組合員を続けてもらいたい。ただそれだけです」


「しかし不思議な条件だ」


「本来なら跡取りも決まって、将来もこの家が安泰、というはずですけど、そこは怪しいでしょう? 『錬金術』という避けては通れない問題がありますから。彼女の生活の安定のためにはふたつの所属が必要なんです」


「慈悲深い女の子だ」とフォーエンツオランさん。本当に感嘆したような声で言った。わたし的にはそういうことにしておこう。


「ルゥンみたいなコを紹介してくれましたから。ああいうコがわたしの専属で傍にいてくれるのなら、わたしも心安らかにこの世界でも過ごせそうです」


「それはなによりだ」


「ところで、わたしからひとつお願いがあるんですが」と申し出る。


「もはやエリは私たちの娘だ。なんでも言ってくれ」


「図らずもいまわたしの言わんとしていることを、お父さまは言ってくれました」


「わたしのことを『お父さま』と呼んでくれるか、これは嬉しい。もちろん『お母さま』とも言ってくれるんだろう?」


「もちろんです。お母さま」

 〝奥さん〟の表情に動揺か驚きか、たとえにくい変化が一瞬だけ現れた。第四の表情というべきか。しかし他人の娘から突然母親呼ばれたらそうもなるか。こっちはこっち、わたしはわたしの話しを続けていくだけだ。


「それでわたしの〝お願い〟なんですが、この際違う世界で改めて人生を始めるという意味で、名前を改名したいと思っています」


「もう決めているみたいだね」


「はい。『エリタス』と。元の名前の名残を残しつつも新たな名前。『エリタス・フォーエンツオラン』、これをわたしの新しい名前にしたいと思っています」


「『エリタス』、『エリタス・フォーエンツオラン』、いいじゃないか。それで行こうエリタス」


「はい。お父さま、お母さま」


「あなた、」と例によって〝奥さん〟じゃないや、お母さまか、何事かをフォー、じゃない、お父さまに囁いている。

 しかしどうも様子がおかしい。


「エリタス、その、申し訳ないが、こちらのお願いもきいてはくれまいか」


 ここへ来て条件の追加?

「お話し次第、とお答えしておきます」


「うーむ、そうだろうな」と悩む様子のフォーエンツオランさん。


 なにを言うつもりなんだろう?

「もう一応親娘なんです。言うだけなら言ってくれてけっこうです」とわたしが口にすると、

「エリタス、その髪なんだが、色が〝黒〟というのはどうなんだろう。せめて栗色にでも染めてはもらえないだろうか」


 へ? 栗色って黒みがかった茶色ってカンジだったっけ?

「えーと、それは〝娘に見えないから〟とかいう理由ですか?」


「フォーエンツオラン家には後継者はいないというのはもう社交界には知れ渡っている。その点についてじゃないんだ」


「じゃあなんでわざわざ髪を染める必要が?」


「俗なことばで言わせてもらっても構わないかい?」


「解りやすい方がいいです」


「端的に言ってに見える。フォーエンツオラン家としてはこれは少し困る」本当に困ったような表情でフォー、じゃない、お父さまは言った。

 思わず吹き出してしまった。なんかもう笑いが止まらなくなってる。だってその表情が。

 だけどこれ『お父さま』から『フォーエンツオランさん』に格下げにされてもしかたない〝案件〟だよ。


「お断りします。わたしはこの長い黒髪が気に入っているんです」断言してやった。


 お母さまの方は僅かに眉間にしわを寄せ、お父さまは、

「やはりエリタスならそう言うと思った」


 なら言ってくれなくてもよかったと思うが、そこは奥さ、じゃない、お母さまも邪険には扱えないといったところか。


「ではもう〝髪の色〟のお話しはこれでいいですね?」とわたしは念を押した。


 新しい両親からはもう異論は出なかった。不承不承なんだろうけど認めてくれたみたい。



 しかしわたしが〝不良〟かぁ。。なんだかおかしさがこみ上げてくる。髪を染めようなんて、わたしの人生的に発想の埒外ではあったけど、やろうと思っても〝あっちの世界〟では絶対にやらせてくれなかったろう。

 それが自然のままで不良になるんだ。異世界デビューだね、わたし。


                                 (了)

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あなたは悪役令嬢になれますか? 〜エリタス・フォーエンツオラン、無双転生者を下僕(しもべ)にする?〜 齋藤 龍彦 @TTT-SSS

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