第2話(鈴木道夫)

僕の中にはもう1人の僕がいる。そんな妄想に耽ることがたまにある。

僕は、鈴木道夫。何となく大学に入学して、何となく日々を過ごしている21歳。21歳ともなると、友達と酒を飲むこともある。

とりわけ、僕が好きなのは宅飲みだ。友達と家で飲むのは安心感がある。

この安心感が僕の体にアルコールを染み渡らせてくれる。


あの日も、僕は友達のハズキの家で飲んでいた。

「何も変わらないなあ。」

ハズキは僕に言う。

「ああ、そうだね。」

何となく答えてみる。

僕は知っている。僕たちは先に進むのが怖いのだ。先に進むことなく、自分が楽に要られるこの部屋にいたいのだ。

このやり取りに意味がないことを忘れるためにも、僕は酒を流し込む。アルコールはすべてを忘れさせてくれる。

偽物の安心を与えてくれるこの液体から、僕らは逃れられない。

「道夫もっと飲めよ。」

二人で何度も乾杯を繰り返し、気づけば夜も更けていた。


不快感で目が覚める。何かがおかしいと感じた。

「そろそろ帰るよ」

ハズキは僕に背を向けたままうなずく。飲み終わった缶と瓶を片付け、僕は帰路に就く。

頭が痛いし、何かはっきりとしない。もやがかかっている。

何か忘れてはならないことを忘れた気がしているが、今は一刻も早く家に帰りたい。

自転車には乗れないから、荷物をかごにおいて押して歩く。


家につき、メッセージが送られていないか携帯を開いてみる。なぜか、スマホにはひびが入っていた。

おかしい、と感じながらも、メッセージを確認する。

「いつ会える。」

見たことのないアイコンからのメッセージが来ていた。頭がガンガンする。何かを僕は思い出せない。

ハズキからもメッセージが来ていた。写真だ。断片的な記憶がよぎる。


「道夫、あの子かわいくない?」

ハズキはとても楽しそうだが、千鳥足だ。

「俺がもらうぞハズキ。」

ずかずかと歩いていく。


そこまでで、僕の記憶はない。

確かに、昨夜の記憶ははっきりしていない。家で飲んだ後、俺は寝たと勝手に思っていた。

ハズキの家で飲むことはしょっちゅうだし、いつも気づけば二人で同じベットで寝ている。一人用のベットは、成人男性二人で寝るにはやはり小さい。起きたら体が痛いこともよくある。

そういえば、右肩が少し痛い。酒が抜けて痛覚が戻ってきた。この痛みの原因を、僕は思い出した。


女の腰に手をかけ、この後の予定を話していると、後ろから人の気配を感じた。

「俺の女に何してるん。」

金髪の男に声を掛けられた。

「もう興味ないってさ。」

男の怒こる顔が心地よい。そう思ったのもつかの間、相手のこぶしが俺の肩に当たった。

相手の手を抑え、そこからは一方的だった。酒に任せて、暴力をふるうのは快感だったのだろう。


僕は、自分が自分だとは思えなかった。

幸せだったはずの二人を引き裂く。昨夜の僕は、僕が嫌いな種類の人間だ。

絶望はしない。安心に近いものが僕にはあった。今まで仲が良かった人はみな、人に迷惑をかけているやつばかりだった。

そんな中、周りを気にしてしまう僕は孤独感を感じていた。しかし、深いところで実はつながっていたのだ。

後先を考えず、何かあった時には手遅れ。しょうもない人間が、理性という皮をかぶっているのが僕だったのだ。

「今日も飲まない?」

ハズキからのメッセージが来る。すぐに返信をした。僕はすぐに家を出た。

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灰色の春 @yamaaayama

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