エピローグ ~『どうしようもなく好き』~


 ダリアンとの争いに決着が付いてから数か月が経過した。


 ルインは帝国を追放され、王国へ帰還することになった。馬鹿息子を勘当して、世に放ったのは誤りだったと、実家に戻された彼は屋敷で謹慎処分を受けている。


 謹慎はダリアンも同じだった。被害者のクレアが重い罰を与えないで欲しいと嘆願したこともあり、皇帝は彼に半年間の外出禁止の処分を与えたのだ。


 だが二人共悲壮感はない。むしろ憑き物から解放されたように、穏やかな顔になっているという。


 またウィリアムはライバルのダリアンが謹慎しているのをチャンスとばかりに勢力を拡大中とのことだ。暗殺のリスクもなくなり、晴れ晴れとした顔で、統治に励んでいるそうだ。


 ダリアンを裏切ったサーシャは、話し合いの結果、離婚しないことに決めたそうだ。過ちを正してくれる伴侶は貴重だと、彼から愛されるようになり、満足した結婚生活を過ごしているとのことである。。


「ということで、すべての問題に一件落着したというわけさ」


 ギルフォードは王宮の談話室で事の顛末をアレックスに報告していた。彼は朗らかな笑顔で、その内容を受け止めている。


「さすがクレアとギルフォードだな。王国にとってこれ以上ない結果を得られたわけだ」

「結果だけならそうだね」

「含みのある言い方だな」

「まだ一つだけ疑問が残っているからね」

「疑問?」

「クレアの父親についてさ」


 行方不明だと結論付けられたが、ギルフォードは納得していなかった。彼は手を組んで、真っ直ぐにアレックスを見据える。


「結論から聞くよ。叔父さんがクレアの父親だね」

「……どうしてそう思った?」

「先代女王は賢く立場のある人だ。仕事の付き合い以外で、帝国で交友関係を築くとは思えない。それこそ利用されるリスクを踏まえたら、恋人を作るなんて危険すぎる行いだ」

「…………」

「でもたった一人、信頼できる異性がいた。それが叔父さんだ」

「面白い推理だな。だがなぜ俺は父親であることを秘密にする?」


 クレアに名乗り出ることもできたはずだ。それをしなかった理由を問うが、ギルフォードは答えを用意していた。


「王位の争いを産まないためさ。今回のダリアンの騒動でもそうだけど、王位を継ぐ資格を持つ者が現れれば、権力争いの火種になる。だから秘密にしたんだ」

「…………」


 ダリアンは兄だと名乗り、王国を乗っ取ろうとした。同様に、アレックスがクレアの父親だと知られれば、祭り上げようとする者が現れてもおかしくない。特に武力に優れ、三大公爵の領主である彼ならば、それだけの実力も持ち合わせていた。


「もう一度聞くよ。叔父さんがクレアの父親だね」

「さぁ、どうだろうな」

「叔父さん!」

「沈黙は金ともいうだろ。クレアの父親は行方不明。いまはそれでいいだろ」


 アレックスは立ち上がると、そのまま部屋の外へと消える。入れ違いで、クレアが紅茶を運んできた。


「アレックス様は帰られたのですね」


 お茶を用意したのに残念だと俯くクレアに、ギルフォードは笑みを向ける。


「僕が叔父さんの分まで頂くよ」

「ふふ、では存分に味わってください」


 クレアがカップに紅茶を注ぎ、ギルフォードが口を付ける。ほのかな甘味と渋味が舌の上で広がった。


「これは以前飲んだ紅茶だね。変わらず美味しいよ」

「ふふ、お兄様は本当に好きですね」


 嬉しそうに微笑むクレアに、ギルフォードは膝の上で拳をギュッと握りしめる。


「ああ、好きだね。子供の頃から、どうしようもなく大好きなんだ」


 ギルフォードはクレアへの想いを伝える。その声は震えていたが、クレアは気づかないまま紅茶を注ぐ。


「ならお代わりを楽しんでくださいね」


 互いの認識はすれ違ったままだが、いまはまだこれでいいと、ギルフォードは紅茶を口にする。二人の関係をゆっくり進めていけばいいと、満足げに微笑むのだった。



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